少女と紳士
久方ぶりの登場。
帰りの時間は、行きと同様の速度であったことから同じほどであった。
なので、最初に比べ余裕を持つことのできた椛は、飛んでいる場所を逐次確認しながら大まかな地形を把握し、近隣に存在する村や街などを覚えていた。これは、地図に当てはめることでどこにいたのかを導き出し、最終的にはどの方角へ進めばいいのかを調べるためだった。
そして自身の所属しているギルドがあるピメンタ及び、近隣における地図を覚えていた椛は、頭の地図と見下ろした光景を当てはめていく。
「……これが、ここにあって、それでこの距離にこれがあった。あとは、山の形からしてここでしょうし。ふむふむ」
「どう、椛ちゃん?」
「大体は把握出来たと思う。……そうね、これから私たちの戻る場所、シジギウムを、ドラクンクルト基準で考えると南よね?」
「うん、そうだね~」
自身にというように確認をし、話し相手である椋もそれに応えた。
一つ頷き、椛は話を進めていく。
「そしてさっきの空路に、ドラクンクルトの南東に位置するコエニギはほぼ中心に、北東に位置するピメンタは端っこを掠めるようにして通っていたわ。それの裏付けとして、この二つの国の間には大きな山脈があってね、その形と両者の国からの距離がほとんど合っていたこともわかったわ」
「つまり?」
はっきりいって、椋はそこまで言われても地図を詳細には覚えてなどいない。椛もそのことは承知の上なので、この会話の結論を述べることにした。
「簡単に言えば、今戻っているシジギウムから東北東――ドラクンクルトなら遥か東に行った先に、あの荒野はあるということよ」
「お~。じゃあ、ボクたちは次にそこへ行くわけだね?」
「そうなのんだけどねー……」
目的地がわかった。その場所も、方角も。しかし、そういったはずの椛の表情と言葉は苦虫を噛み潰したようだった。
当然、椋はそのことに疑問を覚える。
「椛ちゃん?」
「問題があるわけなのよ、これには」
疑問符で名前を呼ばれただけでも、椛は椋の疑問を理解し返答する。
「はっきりいってね、今回の場合は厄介なのよ。まず、あの荒野の入口へと行くだけでも最短で一週間。諸々込みで二週間なの。それだけで、食費に荷物にいろいろと嵩むわ」
「そして次に、その荒野からあの街へと行くまでの道のりよ。そこからは精霊の力を借りれないわ。だから、最終手段であった精霊の力での強行移動も出来ないし、目算で荒野の入口から街までは一週間とちょっと。だからこれでまた食料が必要になる。ここだと、唯一の救いは精霊が存在しないってことから、他の生命がいないから襲われるって心配はないってところぐらいね」
人間はもとより、生命が生きるためには食料が必要だ。最悪水だけでももちろんしばらくは保つであろうが、それをすれば体調を著しく損ない、まともな活動も難しくなり、緊急時において大きな失敗へとつながる。そして、三人で行動するということで食料は多くなる。といっても、ほとんどのそういった荷物は悼也の影に収納することで解決してきたのだが、ここで問題は発生する。
精霊の力は、荒野に足を踏み入れた時に消えてしまう。そうなれば、全ての荷物をそれぞれが分担して運ぶということになるのだ。これによって進行が遅くなる。
懸念すべき事項は多くあった。
「どうしましょうかねぇ」
ため息。原因は、食費を稼がないといけないということや道具を揃えなければらないということが主だった。世の中に合わせた交換触媒がなければ、生きてはいけないのである。
「なんとかなるよ~。目的は決まってるんだからさ」
「……そうね」
変わらず、椛の親友は明るい笑顔で、椛も彼女の言葉で幾分かは気が楽になった。
『さて、そろそろ到着するぞ』
そんなときに竜王の声が響き、視界には二時間前に自分たちがいた山脈の山頂が見えていた。
「……おかえり」
「ふむ、帰ってきたか」
山頂に戻ると、二つの声が三人と竜王を迎えた。
一つは女性の声で、もう一つは男性のもの。
『なんだ、来ていたのか』
その声に、竜王は親しげなものに対するかのように反応を返す。
「あれ、この声……」
「………………」
「どうしたの、二人とも~?」
それと同時に、二人の人物はその声にそれぞれ覚えがあった。椛は女性の声に、悼也は男性の声に。
三人は竜王の背から降り、声のした方へ向く。そこには、少女と老人が立っていた。
少女の身は小柄であり、頭には猫の耳を彷彿させる帽子を被り、最後に椛が出会った時と変わらぬ姿でそこに居た。
老人は紳士的な雰囲気を纏っていたが、奇怪な姿をしていた。身を覆うだけの外套を羽織り、鼻下には立派な髭を生やし、掛けている片眼鏡は光を反射して光っている。こちらもまた、悼也が出くわしたときと変わらなかった。
「クゥじゃないっ」
「……ん」
「ふむ。久しいな、悼也」
「…………ああ」
見知った顔に椛は笑顔を浮かべてクゥのもとへと近づき、悼也と紳士は互いに近寄るようなことはせず、挨拶だけを交わした。
「で、お前ら何のよう?」
竜から人間へと変身したクロアが、訪問者二人に問いかけた。
確かに、この訪問者たちがこの場所にいる時点で椛に椋、悼也に会いに来たわけではないのだから、この場所の主であるクロアの対応は当然のものであった。
そのクロアの問いに、紳士が一つ頷く。
「ふむ。まぁクゥ嬢と出会ったのはある種偶然なのだがな。端的に述べてしまえば、あそこまで遊んでいたら私たちとて気づくし見にも来るということだ」
「……派手」
クゥも紳士の言葉の後に、小さく付け足す。
確かに、客観的に見ればあの喧嘩という名の死闘はとてつもなく派手であった。何せ、天候を変化させているぐらいだ。
クロアもそのことに少しは自覚があるのか、髪を掻く。
「あー、確かにな。つっても、俺様やったのそこまでないぜ?」
「それぐらい理解しておるよ。しかし、こうなった原因は、お前であろう?」
「……血気盛ん」
「ぐぬっ」
周りは今は晴れているが、地面はぬかるんでおり、至る所に大小さまざまな石に岩。椛たち三人が訪れた時とは全く違う様相になっていた。
また、原因が自分であることを責められ、クロアは言葉を詰まらせる。どうやら、この二人に対しては自身の調子を出し切れない何かがあるらしい。それでも、クロアは弁明するように言葉を放つ。
「仕方がねぇじゃねえか! そもそもここ誰もこねぇしよぉ! 人間の来訪者なんて何時ぶりだよ!? 戦うのだってどんだけぶりだよっ!? 退屈は最大の敵なんだぞ! 暇だったんだよ暇だったんだよ! いいじゃねぇかよこれぐらいー!」
しかし、その言葉はまるで子供。いや、まんま子供の言い訳であった。無論、そんな言葉に紳士はあきれ顔である。クゥも表情には表れていないが、目の奥が冷えていた。
「というか、ほんとそんな理由で殺されかけた私たちって……」
「生きているのが不思議だよね~」
「………………」
この件に関して、一番の被害者である三人も同様の反応であり、今一度今ここにいることに胸をなでおろしてもいた。
「まったく。お前は本当に変わっておらんな。竜の時はまぁまぁまともだが、人間の姿になるとどうも我慢が利かなくなるな」
「……子供」
「あ!? 今なんつったクゥ! てめぇの方が子供だろ、この薄情家出娘が!」
売り言葉に買い言葉。クゥの漏らした一言に、クロアは叫ぶ。
そして同時に、どうにも聞き逃せない単語が飛び出た。
「……ん? 今なんて言ったの! 娘!? クゥが!?」
無論、一瞬の間をおいて、椛が仰天の声を上げる。
「あ? 娘を娘っつって何がおかしいんだ?」
さも当然化のように、クロアは言った。
「え、ちょっと待って。クロア、子持ちなの?」
「不肖で不出来な娘がそこにいる」
「知らんわそんなの」
「まず、お前らがクゥを知っていることなんて俺様は知らなかったからな。言うはずもない」
「……駄目親」
「お前あれだろ? 喧嘩、売ってんだろ? いいぜ、買うぜ。増し増しで買うぜ」
「ふむ。やめとけ二人とも」
今にも殴りかかりそうなクロアと、煽ることをやめる気配のないクゥの間に、紳士が割り込み、抑え込む。それだけでも両者――特にクロア――は前方に傾いていた体勢を元に戻し、二者二様の対応を示す。
「ちっ」
「……ん」
どうやら、仲介には成功したようだ。
それでも、今すぐ険悪な雰囲気は払拭されるはずもないのだが。
「つーか、お前らここに来たのは様子見なんだろ? だったら帰ったらどうだ?」
「そうしたいのは山々だがな。お前以外に知人を見かけてしまった以上、このまま立ち去るというのは礼儀がなっていない」
「わかったわかった。好きにしてろ」
「助かる」
どうも、この紳士とクゥはしばらくここに留まるようであり、その用件はクロアのいる山頂の様子見から今は三人に移行していた。
クロアもそれを理解し、投げやりな言葉を放って洞穴へと入っていくのだった。
「さて、儂とは初対面の者もいるな。そちらのご婦人方」
「あ、はい! 黒椿椛といいます」
「初めまして~。八薙椋です」
「ふむ。初めまして。儂のことは紳士とでも呼んでくれればよい。老兵に名はいらんのでな」
「はぁ……。わかりました、紳士、さん」
「うむ。それと、こちらはクゥ嬢だが、悼也を含めて、三人は知っているということで?」
「そうですね」
「ふむ。そうか。では――」
互いの自己紹介を交わし、椛、椋、悼也、クゥ、紳士の五人は話し始める。
主な会話は椛と紳士で。次に椋が。椛や椋、紳士の言葉に答えるようにして悼也が。最後に、クゥが短い言葉。
そうして、クロアを交えないでの談笑が始まったのだった。
自分のを読み返してみると、後で出すとかうんたら書いておきながら、こんなとこにやってきました。クゥの正体は判明しましたが、紳士に関してはほとんど謎ですね。私もよくわからん。




