果ての荒野、空ろの街
空は広かった。
大地は大きかった。
建物は模型だった。
人は見えなかった。
風は……冷たかった。
「さむっ!」
「高所って、空気冷たいよね~」
今、椛、椋、悼也の三人は空にいた。
それなりの高さではない。先ほどまでいた山頂よりも遥かに高く、雲を見下ろせる場所にいた。
「いくら風除けしてても、気温自体が低いんじゃああまり意味をなしてないんだけど……。これに風が追加されてたら軽く凍傷になってたわね」
実際、吐く息は白く、それだけでもどれぐらいここが寒いのかを物語っている。
『情けないな、人間というのは』
「基準を竜と同じにしないでください」
そして、三人を運んでいる存在の言葉に椛は呆れ声で返す。彼女が呆れてしまうのも当然である。何せ、今三人を運んでいるのは竜であり、掴まっている黒鱗は竜の中でも王だけが持つもの。つまり、竜王だからだ。
それを、人間と竜で比較されてはどうしようもない。単純に、構造も性能も生体もほとんど何もかも、竜と人間は違うのだから。そこに生物的強弱の差があっても、互いの存在の比較はしようがない。そもそもお株が互いに違う。
『まったくだ。これほどか弱く、小さな者たちであるというのにな』
「それでも考え行動することが出来ますからね」
『そして、我はそれで負けたということだ』
自身の言葉に笑う竜王。
その笑みに幾分の憎しみなどの悪感情は存在していない。負けたという事実を受け止め、また自身の不甲斐無さを理解しているからこそ、この王は笑っていた。
『さて、しばらくすれば目的の場所にたどり着く』
「わかったわ」
椛の言葉を受け、竜の翼は大きく羽ばたいた。
飛行時間は竜王の人型時であるクロアに投げられてから数えれば約二時間であった。
距離にして、三人が精霊の力を借りた状態での全力疾走で早くとも五日。途中休憩などを挟んだり諸々を足していけば、二週間は掛かるであろう距離だった。
『さぁ、着いたぞ。我の背から降ろすことが出来ぬのは勘弁してほしい』
「いえ……それは、いいけど」
竜王ともいえる存在が殊勝な言葉であったことなど、今現在の三人には把握しきれていなかった。
何せ、目の前に広がる光景に意識を奪われていたのだから。
「まさか、そんな……」
三人の目に飛び込んできたのは、有り体に言って荒野であった。
しかし、その荒野の遥か先、肉眼でもなんとか捉えられる場所に『ソレ』はあった。
「街、だよねぇ?」
「ああ」
椋の疑問に、悼也も少々の戸惑いを混じらせた返答をした。
そう、それほどまでに衝撃を与えていた。
それは、三人にとっては見慣れたものだった。
灰色の建造物が乱立し、一つの街を作り上げていた。
人工的に作られた石材。三人がこの世界に来て訪れた国々のような自然と共生するように出来たものなどほとんど存在していない場所。
三人にとっては『都会』と称される場所だった。
「嘘、なんでこんなところにあるの……」
『知らぬ。我も、気まぐれでこの近くを通った際に気まぐれで見つけた場所だ』
「ねぇ、あの近くには行けないの?」
すぐ近くとは言えないが、目に見える場所に自分たちの世界の建造物がある。それだけでも、椛の中の気は逸っていた。
もっと近くで見てみたい。その欲求が表れていた。
『すまぬが、それは出来ぬ』
しかし、竜王の答えは椛の意思には反した。
「どうして!?」
無論、彼女は疑問の声を上げる。
背に乗る人間の気持ちを知ってか知らずか、竜王は一つ大きな息を吐く。
『そうだな。では、モミジにリョウにトウヤの誰でもいい。精霊の力を、行使してみろ』
「そんなの、もう既に私が風を……って、え?」
竜王の言葉に椛が答えを返そうとして、違和感に気づいた。
『使えぬであろう』
「どうして!? っ……」
意識を集中し、風を生み操る。
既に慣れた手順であるはずのそれが、どんなに念じても現実に起ころうとしない。
「本当だ、全然水が集まる感覚がない」
「…………俺もだ」
椋と悼也もまた同様のようで、掌を広げている椋の手に水は一滴も集まっておらず、悼也の影は寸分も動いていなかった。
それは、一つの事実を明らかにしていた。
精霊の力が、扱えぬということ。
『理由は我も知らぬ。だが、これ以上降下するかあの場所に近づいた場合、我もまともに飛ぶことは出来ぬだろうということはわかる』
つまりは、竜王にとってもこの距離は限界ということでもあった。
精霊の存在しない場所。
それは、この世界において有り得ないとされている場所。
しかし、今目の前に事実は存在し、目の前に広がる光景が精霊が存在していないということを裏付けてもいた。
「そっか……精霊がいないから、ここは荒野なのね」
荒れた大地。地面に水分は一滴もなく。
平らな荒野。山も谷もなくただ広がる。
廃れた空間。生物の存在は許されない。
この場所に、誰も近づかないのではない。
この場所は、誰も近づくことが出来ない。
故に、荒野。
故に、廃墟。
ただその事実を、椛は受け止めたのだった。
『これが、我の知る情報だ。役には立ったか?』
「ええ、とても」
黒竜の問いかけに、命を懸けた甲斐があったと、そう言えた。
今までで最も大きな手がかりであり、恐らくあそこが、この不思議な世界における三人の終着点。
確信はない。だが、自身の何かがそこであると告げていた。
『では、帰るぞ』
「お願い」
竜王は遠く見える廃墟に背を向ける。
三人も、後ろ髪を惹かれる思いはそれぞれにあったが、それは一旦封じ込め、廃墟に背を向けた。
最初はゆっくりと飛翔し、精霊の力がある場所へ帰ってきたである場所から速度は加速度的に上がっていく。
そうして再度冷たい空気に覆われながら、三人と黒竜は出会った場所へと帰るのであった。
一気に物語は終わりに近づいてきました。
三人の見た廃墟には何が存在するのでしょうか?
三人ははたして無事に帰れるのでしょうか?
どうか、最後までお付き合いくださいませ。




