巨木囲う場所
3/22 15:17 申し訳ありません、大幅に手直しをしました。
巨木と巨木と巨木。
椛たちが森の中に入ってからは一度も見たことがない巨木たちがそこにはあった。
森の中であり自分たちよりも身長の木が上部を覆っていたから見えていたのではない。その存在感は、ザントキシルムから見たとしてもわかるほどに大きな木たちだ。それが今、目の前にはあった。
巨木は湖を囲うようにして生えており、湖は澄んだ青の色を反射している。
そしてエルフたちは、湖を囲う木に住んでいた。
「ここが、僕たちの住んでいる場所です」
「これまた壮大な……」
「確かに、此処まで大きな樹たちが突然現れた驚きますよね」
「あー、いやそこじゃなくてさ」
「はい?」
「まさか、木をくり貫いて家にしているとは思わなかった」
木に増設して家を作るのではなく巨木であることを活かし、内部をくり貫き天然の壁と屋根を利用して家は作られていた。
一階層のみならず二階層のさらに上もあるようで、お互いの木を行き来できるようになのか巨木同士に橋が架けられているものもある。
その自然を最大限に利用して家を生み出したこと、また樹齢は一千年は下らない巨木がこうも存在しているということ。その光景に、椛は驚いていた。
「僕たちは何千年を生きる者ですから、こういった樹と共に生きて来たんです」
「文字通り、共存ね」
巨木は最初から巨木ではない。種を撒き、芽を生やし、木となり、巨木となる。何年ではなく、何十年でもなく、何百何千という年月でもってこの巨木たちは巨木たりえる姿になるのだ。人間であればたった百年と少し生きられれば長い方だ。しかし、エルフたちは何千年を生きることが可能な種族。それ故に、自然と共に過ごすことができるのだ。
フィップルから話を聞いてはいた椛であったが、姿形が人間に似通っているだけあって実感は今一つとしてわかないのだが。
「さ、いきましょう。この湖の正面が、女王の住む場所です」
「それはいいんだけどさ、私達は入って本当に大丈夫?」
フィップルは正面に見据えた一際年代をにおわせる巨木を指さす。
だがそれよりも、椛にはまず確認しなければならないことがある。
第一に、身の安全。それが、何よりも大切である。
しかしフィップルの表情は思いの外深刻そうなものなどなく、
「それなら大丈夫です。僕が皆さんを連れているというのがわかっていれば、ほとんどの人はモミジさんたちに手をだしたりはしませんから」
あっけらかんと答えられた。
フィップルの言葉を全面的に信用するわけにもいかない椛であるが、かといって疑いすぎればフィップルの信頼を裏切り、人間という種族がエルフを信じていないという悪評が広まってしまう。だからこそ、ここではフィップルの後をついていくしかない。
進み始めたフィップルの後ろを、三人は追いかけたのだった。
その目で見るまで信じきることは出来なかったが、確かにエルフは男女の役割が明確に分かれていた。
男性は作物を育てる、農具や狩りに必要とする武具を揃える、料理をする。
女性は魔物が来てもいいように訓練をする、武具を整備する、外からの食材を調達していた。
さながら、このエルフの住処を一つの『家』とするならば、男性は『主夫』という役割であり、女性は『守婦』といえるのかもしれない。
「それにしても、あまり気にした目で見ないのね?」
「いえ、これでも皆さんは警戒していますね」
「そうなの?」
「はい。雰囲気でわかるのでしょうし、そもそも僕たちは数が少ないので全員の顔を全員が覚えています。なので、知らない人が来ればわかります。
それでも皆が態度を表に出さないのは、僕がモミジさんたちを連れてきたというのを見てわかるからです。そして……」
声音の変わらないまま喋っていたかと思った矢先、フィップルの言葉が途中で止まる。
「どうしたの?」
当然、言葉が途切れれば疑問が出る。
「いえ、女王が判断を下すまでは、いつも通りの生活をしようと心がけていますから」
だが、フィップルはすぐに立て直した。表情は笑顔のままだ。
「それは……凄いわね」
それはつまり、女王の言葉一つで全てが決定されるのだ。そしてそのことに、エルフという種族は疑問を持たない。それは、女王次第で彼らは如何様な事でもするということだった。
確かに、彼等を外敵から守っているのは女王の力によるものだ。つまり女王がいなければ彼らは基本的に成り立たなくなる。だからこそ、女王の言葉は絶対。それは当然の事なのかもしれない。それでも、やはり凄いと思うわざるおえなかった。
「そうですね。あの人は十ために一を捨てることの出来る人です。僕たち全員を救うためならば、一人の同胞を失うことも出来ます。精霊様と『交信』するだけじゃない、女王としての資格もあの人はあります」
「………………」
「ですが、あの人は何よりも争いを嫌います。殺生を嫌います。生命を尊びます。それが自分であろうとも、他人であろうとも、動物であろうとも、植物であろうとも……魔物であろうとも。
ですから、一を切って十を救うのではなく、あの人はなによりも最初に十一を救おうとするんです。その意志を皆は知っているからこそ、あの人を慕っているんですよ」
気高い意志だと思う。
聖女のような人物だとも椛は思う。
だがそれ以上に、その女性は『強い』。力だとか、精霊の力を借りれるだとか、そういったわかりやすいものではない。なによりも、『心』が強い。
魔物や獣を殺さなければならない場面は多々あっただろう。同胞が殺されることもあっただろう。それでもなお挫けず、自らの理想を掲げる。それは、どんなものよりも強い。
「さぁ、ここが女王のいる場所です」
フィップルが立ち止まる。
目の前には、最初正面にあった古木がまた目の前にあり、その大きさは遠くから見た時よりも迫力に増している。
扉は他の巨木たちにもあるものとは材質も形も変わらない。だが扉に施された装飾に紋様は、確かにそこが女王の住まう場所だということも体現していた。
「フィップルです。お客様を――『人間』の方々を、お連れしました」
扉越しに、フィップルが語り掛ける。
「どうぞ、お入りください」
声が、返ってきた。
確かに女性の声。それも、扉越しでもわかるほどに綺麗な声。
「失礼します」
フィップルは女王の言葉に一礼し、扉に手を掛ける。
そして、一度だけ後ろを向いて椛たちを見る。
瞳は、入る準備が整っているのかを確認するもの。だから、椛はフィップルに視線を合わせ、頷いた。
扉が開かれ、四人が中へと入る。
「ようこそいらっしゃいました。お客様」
後光の指す部屋の中。
そこに、エルフの女王は佇んでいた。




