自然の在り方
「見事であった」
翌朝目を覚まして朝食を摂ろうとした際、宿屋の主人からギルドに来るようにという伝言を聞き、三人はギルドへと訪れた。
中に入るとギルドマスターであるグリュークと唯一のギルドメンバーでありグリュークの妻であるクィンがいた。そして開口一番、グリュークは賞賛の意を発した。
「油断していたつもりはない。全力でもって相対し、キミたちは見事にワタシを打倒した。実力に関しては申し分もない。キミたちが目的を果たせるよう、ワタシ達は全力で支援しよう」
「ありがとうございます」
「んむ。さっそくだが――」
その後、グリュークの口から西においての未開拓領域に対しての散策方法を学んでいき、狩猟に関してや採取、他にも森自体を傷つけないようにするための決まり事を教えてもらった。
なんでも先代がザントキシルムの運営舵を握るようになってからは自然を尊重し、共存しながら生きていくことを定めたという。それは未開拓領域にも言えることであり、不必要な伐採や乱獲、本来自然に存在しない合成物などの遺棄を禁止とした。森に入るのにもグリュークが行ったようにギルドマスター直々に見定めたという。
こうして、約数時間の間に渡っての説明を椛は一分も聞き余すことなく、疑問があれば思考し、質問し、納得していった。
特に、魔物を殺しすぎることも本来の森のあり方を変えることだと言われたときには驚きを隠せなかった。魔物もまた、大自然の仕組みの一部に過ぎないということを気付かされたからだ。
「――こんなところか」
「……ありがとうございました」
「いや、力になれるのはこれぐらいだ。この場所の性質上、ワタシとクィンは動く事が出来ない」
確かに、元々人数の少ないギルドであるのだから、未開拓領域にどちらかが入ってしまえばもう一人は常に動き続けなくてはならない。だがそれ以外にも、椛は彼らが動けない理由があるというのを踏まえたうえで、確かめる。
「それは、外壁がないから……ですか?」
椛はまずザントキシルムのこの場所に来た時、違和感を覚えた。
最初はこの場所が穏やかな自然に囲まれているからだと思っていたが、夜寝る前に思い返した時にその違和感に気付いた。それが、外壁が無いということ。
ピメンタにドラクンクルト、さらにはフェルラにさえ高さ三十メートルはくだらない石壁が人の住む場所を囲っているのに対し、このザントキシルムには外壁は無く、あるのは木柵によって簡単な囲いが出来ている程度。高さは大人の胸辺りしかなく、防げるのは子供が外に出ないぐらいだろうか。だからこそ、椛はその理由を聞きたかった。
「そうだな。ピメンタにドラクンクルトに行った者であれば、すぐに違和感には気づくか。
確かに、このザントキシルムには外壁は存在しない」
「どうして?」
「いいか、この場所は自然と共存という形で生まれたのだ。それならば、無粋な石を積み、囲まれた中で暮らすというのは確かに安全であるが、ワタシ達はそれで自然と共存できていると言えるだろうか? 否、言えはしない。
だからこそ、最低限の防柵を立て、ワタシ達はその身を挺することで、この場所を守る。それだけなのだ」
「でも、それでここの住人は怖くないんですか?」
「無論恐れている者はいるだろう。それでも、彼等はワタシ達を信じてくれているのだ。だから、去りもしなければ、文句を言いもしない。もしワタシが死ぬことで彼らが助かるというのなら、ワタシは喜んで死ぬ。それだけ、本気であるのだ」
グリュークの瞳は本気の光を放っていた。
この男は自分か誰かの命が天秤に掛けられた時、迷わずその誰かへと天秤を傾ける。それだけの意志がある。
「……余計な気遣いでした」
無粋な事を聞いたと、椛は面を下げる。
「いやなに、心配してくれることは十分に感じられた。だからこそ、キミたちにはワタシ達に出来ないことを成し遂げてくれ。それが、今キミたちのするべきことだ」
「そうですね。わかりました」
「ああ」
グリュークは確かにギルドマスターだ。それは、実力だから、先代の息子だから、ギルドの人員が少ないからなどでは断じてない。それに見合った意志を持ち、心を持っている。だからこそ、彼はギルドマスターなのだ。
そのことを心に刻みながら、椛たちはギルドを後にしたのだった。
次の日、椛たちは未開拓領域に足を踏み入れた。
といっても森の中の景色が激変することは無く、明確な線引きもないためになんとなく未開拓領域に入ったのだろうということぐらいしかわからなかったが。
初日から飛ばすわけにもいかない上に、急ぎすぎればエルフの住処を見逃すかもしれないからこそ、精霊の力を借りての移動はせず、歩きながら進む。
迷わぬように所々でわかりやすい目印をつけていき、最低限の警戒をしながらも自然を感じながら気張り過ぎないように。
食事は保存食がほとんどなので、その日に採れた食材と保存食を食べる。
野生の動物に出くわすこともあったが、ほとんどは見た瞬間に逃げ、様子を見ているものも音を鳴らしたりすればどこかへ行った。
魔物も出来る限り出くわさないようにし、出くわしても追い払う。それでも逃げなければ殺していった。
そうこうして四日、食糧もまだ残っているので予定通り一週間は大丈夫だろうと思い始めたとき――
「うわぁあああああああ!!!」
森の奥から、男性の声が木霊した。




