森にひそむ亜人、始まりの商人
新章の始まりです。
森深く、緑豊かな場所にある種族がいる。
容姿は人間に近いが、人間とは違う。
肌白く、光を反射して眩くも感じる金色の髪、細く長い耳もった者たち。
エルフ。
性別は人間と同じく男と女が存在する。しかし性別にもまた特徴はあった。
女は弓を操り狩りや魔物を追い払う役目をもち、男は鍬に木槌をもって農作業などをすることで集団を支えていた。
外見以外にも、エルフの寿命は人間の寿命よりも遥かに長く、それ故に知識も、豊富であり、人間の文化には無いような精霊の力を借りた道具を作り、扱う。ただ長寿であるためなのか、人口は少なかった。
人間以上に優れた文化を持ちながら、エルフは必要以上の開拓をしない。それは元々数が少ないからということもあったが、長い寿命であることから外へと繰り出す意思が小さくなっていたというのが大きな理由であった。
そうしてエルフたちは、自分たちの住処を外界の手が入り込まないように、目が入らないようにした。余計な風を入れこまないようにして。
「母上、どうして外に出てはならないんですか!?」
「わたくしたちは元より自然と共に生きていきました。そして、それだけで十分に生きてこれたからです」
「ですが!」
「貴方の言いたいこともわかります。ですが、それは精霊様たちもまた現状を良しとしているからこそ、変化を求めていないのです」
「………………」
「わかってください」
「……ません。……わかりません!」
そんな中、一組の親子が争った。
まだ年端もいかないように若い少年は、己の母である女性に叫ぶ。
しかし女性は少年の言葉を受け止めながら、柔らかな声で少年の意を否定する。それは彼女が、この種族をまとめる者だからこその言葉だった。
かといって少年にはそのことなどわからない。だからこそ、少年は理解してくれない母に背を向けて走り去ってしまった。
少年の母は、去っていく少年の背を見ながらもその表情は寂しげであった。息子が理解してくれないからではない。
彼女はエルフをまとめる長だ。元々は普通の家庭から産まれた彼女ではあったが、成長の末彼女は数多の精霊と交信し、また力を借りることが出来た。エルフの長は代々女であり、また精霊を使役出来る者がその座に就く。血筋など問題ではなく、そうすることが、エルフという種族の中での決まりだからだ。そうして、彼女の先代の女王が退任して彼女は女王となった。それ故に、彼女の一言は大きな変化をもたらす。それが繁栄であれ、衰退であれだ。女王の言葉にエルフの民たちは従わなくてはならない。だからこそ、ああいったことしか言えない自分に、彼女は心を痛めるのだった。
だから彼女は、口に出さずに心の中で反芻する。
どうか、あの子の助けとなる者が現れますようにと。そしてそれが、この閉鎖された場所にまた、昔ような活気が訪れる様にと。
自分を取り巻く精霊たちに、祈るのだった。
一人の商人がいた。
その商人はある日、森で迷った。
彷徨い彷徨い、もう死ぬかと思った時、小さな光を見た。
商人はその光に希望を見出し、最後の力を振り絞り歩いた。そして、遂に力尽き倒れたのだった。
しかして商人は、目を覚ました。
だるけのある体を起こしながら辺りを見回してみれば、自分の体は布団の中にあり、そこは誰かが住んでいる場所だった。
しばらくすると、一人の女性がやってきた。
何でも、倒れていた商人を介抱したのは目の前の女性だという。
商人は女性に感謝した。命を救ってくれてありがとうと。
女性はその言葉に首を振り、商人に体を復調させるように言った。
命の恩人の言葉だ、商人もその言葉に頷き今度は安堵して眠った。
それから、数日間か、元々疲れと空腹によって倒れていた商人は眠って食事を摂ったらすぐに回復した。その後に、商人は彼女の住む場所を見て回った。
そして気付く。彼らは人間に似ているが、少し違うということに。また、使っている技術も違うということに。
商人は歓喜した。このような場所がまだあるのかと。このような物があるのかと。
商人の仕事は物を買って売ることだ。それは道具であれば情報でもある。今まさに、商人は情報だけで富を築ける。それに加えて道具を得れば、一時の富ではなく安定した地位を手に入れることも出来るだろう。そう考えた。
行動は早かった。商人は人間とは違う種族と仲良くなるために交流を始めた。幸いにも言葉が通じたおけげで、元々口のうまい商人はすぐに住人達と仲良くなっていった。
そうして、様々な知識を得ていった。今でこそ一般的な知識となった精霊の事を、精霊の力を宿した道具の事を、人間たちには無い薬草の調合の仕方、考え方、様々な事を学んだ。そして信頼を得ることの出来た商人は道具も手に入れることが出来た。ある程度だが、文字を覚えることも出来た。
そして、その種族をある程度知り満足した商人は、ある日立ち去ったのだった。
商人はすぐに王都へと向かい、重要な情報を得たと王に進言した。
道具をまず見せて興味を惹いた。
次にその種族の事を、商人は『エルフ』と名付け、王に説明していった。
精霊の事もそうだ。そこで得た知識を、そこで得た経験を、商人は王に聞かせていった。
王は商人の話を、眉唾ではなく真実だと信じた。
それが、全ての始まりとなった。
『ギルド』を立ち上げ、人を集め、人間の領域を広げていった。
森を、山を、川を谷を、開拓していった。
それで確かに領土も広がった。しかしそれ以上に、人は死んでいった。
その後、七人の者たちの進言によって大げさな開拓は起きなくなり、またギルドの本格的な仕組みを造り上げ、今へと至っていく。
王がどうして突然開拓することにしたのかを知るものはほとんどいない。
ただそれは、一人の商人の囁きによって生まれたことは、確かであった。
エルフのお話となります。




