王とは何なのか
国のために存在するのか、民のために存在するのか。
狼に連れられてやってきたのは、一つの大樹。
ただ、それは外から見れば大樹に視えるだけであり、本来は数百にも及ぶ幹たちが合わさり重なり、螺旋を描いて生まれた木の群生であった。
青々とした葉に様々な花が咲き果実を実らせ、隙間なく編まれた木たちは互いに支え合っている。長い年月を掛けて出来上がったこの『大樹』は、獣人たちにとって自分たちの居場所を象徴するものだ。
「凄いわねぇ」
「ホントだね~」
圧巻としか言いようのないその光景に、椛も椋も顔を上へ向け驚きの様相を示していた。
「あの中に入ったら、我らが王のいる場所だ」
「あ、はい」
二人の様子を見てか感じてか、先導している狼の背筋はどこか伸びており、声には出していないが誇っているようにも感じられる。
「貴女らに助言をしておこう」
「え?」
「我らが王は、端的に言えば少年なのだ。いや、歳や実力は私よりも上だがな。しかし、あの方の精神は未だに我等よりも若い。だからこそ、下手に畏まる必要などない。何せ、貴女らは我らが家族のお客人なのだからな」
「………………」
「さて、着いたぞ。ここから真っ直ぐに進めば王の下へとたどり着ける」
「ありがとうございました」
「いやなに、客人を連れてくるのは当然のことだ」
「よければ、貴方の名前を教えてください」
「……カラ。ただの獣人だよ」
「ありがとうございました、カラさん」
「ああ」
そうして、狼は『大樹』の前へと案内するなり、踵を返して戻って行った。
あとは二人ともこの中へと入り、獣人たちの王との謁見だけである。
「それじゃあ行きましょう」
「は~い」
椛と椋は、『大樹』の中へと足を踏み入れた。
『大樹』の中へと入り、天井を覆う木の根や幹。
明かりと言えるのは合間から差し込む無数の光筋であり、『大樹』の中にいるというのに森の中にいる錯覚を二人は覚えた。その錯覚は何分間違いではなく、森の定義が決められた範囲内における木の量で考えればここは確かに森の中だからだ。
そんな、『森』を抜けると、一際大きな光の下へと二人は出た。
「うわ……」
その場に降り注ぐ光は、真上から射してきたものだった。
あれだけの木々がそこら中を埋めていく中、この場所だけは、見上げれば空が存在していた。
なぜこの形なのかはわからない。ただ、木々はその空間を避けたことでこの場所は生まれていた。
「あ、悼也君!?」
「えっ!?」
しばらく間空を見上げていた椛を我に返させたのは椋の言葉。
その言葉は椛と椋が探していた人物の名前であり、椋がその名前を叫ぶということは、そこにその人物がいるということ。
椋の指さす方向へ、椛も視線を向ける。
「悼也ッ!」
そこに彼はいた。
いつも通りの無表情であるそれが、余計に彼が悼也だということを確信させる。
「あんた、大丈夫だったのッ!?」
「ああ」
「心配させないでよ~」
「悪かった」
佇む悼也の傍に二人は心配の意を言葉にして駆け寄り、悼也はその言葉に謝罪をした。心配させていたのが悪いのだと彼もわかっていたからだ。
「そういえば、ここに獣人の王様がいるって聞いたんだけど?」
「あ、そういえばそうだね~」
「オレを呼んだかァァー!!」
「はぁ!?」
「うわぁ~」
悼也が無事だったのはともかく、椛と椋が連れて来られた場所は王のいる場所である。
それなのに、その人物らしきものは見つからなかった。
かと思った瞬間、上空から一つの影が叫び、落ちてきた。
鬣を靡かせ飛び降りてきたのは、獅子の獣人だった。
しかも男は先ほど自分を呼ばれたことに反応していた。となると、今の言葉の中で悼也以外で誰かを締めう名称は『王』しかない。つまり、飛び降りてきたのは獣人王だった。
「フンッ! オマエたちが、モミジとリョウか?」
盛大な土煙を巻き起こし、粉塵は光を反射して輝く。
その中で、腕を組み仁王立ちした影が問うてきた。
「邪魔ぁ!!」
そんなことよりも、椛としては土煙がウザったかった。よって、風を起こし、上空へと巻き上げる。
晴れた土煙、そこにいたのは獅子だった。
「げほっ、けほっ。ええと、貴方が獣人の王ですか……?」
「いかにも。オレが、獣人たちの王であるリムカヒルだ」
堂々と胸を張って、リムカヒルは答えた。
「そうでしたか……私は椛です」
「ボクは椋だよ~」
「ふむふむ。どちらも良い女だ」
「はぁ」
「さすがに、悼也が仲間というだけはあるな! 中々、実力も確かだがうむ、容姿も素晴らしい。どちらがトウヤの伴侶だ……?」
「はぁ!?」
「いやいや待て待て、強者たるものどちらもトウヤの伴侶だったかいや済まない!!」
突然、獣人王がとんでもない事を言った。
「ちょ、ちょちょちょっと待ってくださいよ! いやなんですかいきなり!!」
「あ、あはは~」
そんなことを言われば無論慌てる。
椛は焦って手を振りながら首を振り、椋は仄かに顔を紅くして苦笑いをする。
その反応に、リムカヒルは疑問符を頭に浮かべるしかない。
「ん? 二人ともトウヤの女であるから一緒にいるのではないのか?」
「どうしてそうなった!!」
「間違いでも?」
「大間違いです! 悼也の女じゃないですッ!」
「そうだったのか? では、リョウがそうなのか?」
「あ~、いや~、それは~」
「そうかそうか。トウヤの后はリョウだったか」
きっぱりと答えた椛に対して椋が答えに窮していると、リムカヒルはそれを是と取り、頷きながら一人納得し始める。
その光景を見て、椛は早速後悔した。
あの狼が言っていたように、言動に無茶があり確かにこれは大きくなった子供だ。初対面でそんなことを聞けるのはそれぐらい図太くなければ度台無理な話である。
これは、椛としても丁寧な応対はしないほうがいいと、頭を切り替えた。
「リムカヒル」
「ん? おお、なんだトウヤぐほォ!?」
ところで、なんと悼也がリムカヒルの頬を殴り飛ばした。
いきなりのトウヤの所業に、再度椛の思考が凍る。
「な、何をするかトウヤ!?」
「………………」
「い、いや済まない。つい無粋な事を聞いた。悪いとは思っているぞ! し、しかしだな、オレはオマエを家族と思っているからこそ、将来的には子孫を残す。だから、オマエにも伴侶が必要であろう! そして、オマエの仲間が女である以上、その中の誰かが伴侶であるのは普通ではないか! それにもしこの二人がオマエの伴侶とならないということになった時、オレはオマエの相手を見つけてやろう……と……」
「………………」
「いや、本当にすまない。悪かった。反省している。これ以上は聞かない約束しよう」
「そうか」
しかしその光景、悼也の一方的な視線だけでリムカヒルが謝った。
悼也自身殴っただけでそれ以降はリムカヒルと目を合わせていただけだ。それなのに、彼は悼也の目を見て謝ったのだ。
何が何だかわからない。
「リョウ」
「は、はいっ~!」
「悪かった。決してからかいの気持ちは無かったのだ。許してほしい」
「いえいえ、そんな気にしないでください~」
「うむ。少々オレもはしゃぎ過ぎた。つい興奮してしまってな」
といったところで、リムカヒルも落ち着いたらしい。
とりわけ今の状況に置いてかれた椛ではあったが、ようやく話を進めることが出来る。
「えっと、リムカヒルさん」
「うむ。なんだ、モミジ?」
「実はお話がありまして――」
そして椛は、リムカヒルに伝えるべきことを話し始めた。
「というわけです」
「………………」
椛の話が終わる。
リムカヒルは椛が話している間同じ姿勢で傾聴していた。彼の目が開く。
「なぁモミジ」
「はい」
「どうして、オレたちは獣人という存在は生まれたと思う?」
「それは……」
リムカヒルの質問に、椛は答えを詰まらせた。
どうして獣人が生まれたのか。それを問われれば、答えるには獣と人間が交配したからと答えるのが正しい。しかし、人間と獣の間には子が遺せない。
だからこそ、獣人が生まれるというのは人間と獣以外に、何かが必要となるのだ。それを、椛は知らない。
「まぁ、答えられぬだろう。元々、オレたちは人間と獣の間に子を設けて獣人が生まれたのではない。より獣としての上位種である、神獣と人間との間に生まれたのが、オレたち獣人なのだ」
「神獣……」
「そうだ。獣とは違い知恵を持ち、理性を持つ御方だ。その神獣と人間が、ある日恋をした。それは元々叶わぬ恋よ。それでも、その人間と神獣はお互いの見た目ではなく、心を愛したのだ。
だが、周りはそうもいかなかった。
まず最初に行動を起こしたのは人間だった。神獣を魔物と呼び、殺そうと追い回した。そして人間が庇えば、その人間もまた魔物とし、迫害したのだ。
次は言わずもがなか、神獣たちだ。その時の神獣は自分たちを尊き存在であり、人間と恋をするなど許さざる行為だった。
かくして、二方は二種族から逃亡することとなった。南に逃げ、西に逃げ、東に逃げ、最後にここ、北へと逃げた。その間にどれだけの時間が経ったのかはわからない。しかしそこで遂に、平穏を得たのだ。問題は、子を遺せないということだった。だからこそ、二方は悩み、悩んだ。そして、答えは見つかった」
「それは?」
「精霊に認めさせたのだ。
神獣はその知恵を以て、世界の理を成すのが精霊だと知った。そして、認めさせるために動いたのだよ。どのようにしてかは未だにわかぬが、結果として神獣と人間の間に子はなされ、獣人は生まれた。獣人たちは成長し大人となってわかったことだが、獣人は獣と交配しても子をなすことが出来た。逆もまたしかりであり、人間と子をなすことも出来た。そうして、オレたちは生まれたんだよ」
「………………」
「だがな、そこにも問題はあった。
こんな場所へ来る人間は、ほとんどが逃げてきたものだった。それは人を殺めたからということもあれば、忌子として迫害されてここまでたどり着いた者いる。ほとんどが、人間たちの中ではじき出された者たちだったのさ。
だからオレたちは、ここへ来る人間を拒むということはしない。まぁ時折危ないもの来るために何らかの手段をとらせてもらうこともあるが、それでも受け入れて来たのだ」
「それは――」
「――が、まぁそろそろいいのかもしれないな。」
「え?」
「もとより、オレたちの存在とは精霊に認められたからこそあるのだ。ならば、こそこそと隠れる理由など本来は無い。
よし、モミジよ!」
「は、はいっ!」
「オマエの話、オレは受け入れよう。オレの家族たちにも認めさせよう。だから、よろしく頼む」
リムカヒルが――獣人王が、手を差し出す。
それは握手。
互いを認め、受け入れたからこそ行えるもの。
「わかりました」
差し出した手を、椛は掴む。
リズに、頼まれたから獣人たちを人間と交流させるわけではない。今ここにあるのは、椛の意志とリムカヒルの意志が表した形。
これが、二つの種族――人間と獣人の踏み出した最初の一歩であった。
獣人のお話は、次で終了となる予定です。




