少年少女のギルド試験と初依頼
いろいろ表現が難しいところに四苦八苦しています。
翌日になり、日の光が椛の目を覚ます。
「んー、なんか久々に寝れた」
まだ少々寝ぼけ眼であったが、意識としてはこのまま二度寝することない。
服を脱いでそこらへんに放る、ということが出来なかったのでベッドの中にそのまま入れたせいでしわの出来てしまった上着とスカートを着直し、申し訳程度にだがしわを伸ばすがやはり直らなかった。
気分を取り直して椛は部屋の外に出ると、誰もいなかった。
しばらくどうするか椛は悩んだが、それもすぐに解決する。
「おはよぉ~椛ちゃ~ん」
まだ完全に目が覚めていないのか、半分目が閉じている椋が起きてきたからだ。
「おはよう、椋。でも、服ちゃんと着てきなさい」
椋の格好は椛が朝起きたときと同じようなもので、上着などは脱いでいた。
くわえて椋は上の下着を着ないので、実際には下着を穿いている以外何も身に着けてはいなかった。
「う~ん? あぁ、うん、そうする~」
自分の姿を見ても焦ることなく、寝呆けた声で返答すると回れ右をして部屋へと戻っていった。
なんというか、一応女二人に男一人、という生活を始めているのに彼女には恥じらいは無いのだろうか?と一瞬だけ考えたのだが、人並みにあるのはわかっている。ただ、椋は悼也の事を異性として見ていないからああいうことになるのだろう、と結論付けるのだった。
「ん~! 改めておはよう、椛ちゃん!」
その後ちゃんと着替えたが寝呆けている椋を洗面所まで誘導し、顔を洗わせると水の冷たさに脳が刺激されたのか、いつも通りの元気さが戻ってきた椋は改めて椛に挨拶をする。
「あーうん、おはよう」
このやりとりは今まで何度も経験しているため、椛は適当に返す。
「とりあえず目が覚めたのはいいんだけどさ、椛ちゃん」
「なによ?」
「お腹空いちゃった」
椋がそう発言するのと、――周りが静かだったのもそうだが――椋のお腹から、ぐ~、という音が聞こえてくるのはまったくの同時だった。
椛はそれに呆れ顔をしながらも、別に嫌悪の表情は無い。
「それじゃ、悼也も連れてギルドの方に行きましょう。確か、ビスタートさんが今日の間は朝食を食べさせてくれるって言ってたし」
という椛の提案を聞くと椋は瞳を輝かせて――
「うん、そうしよう! 早く悼也君を起こさないと!」
疾風のごとく居間へと戻り、居間からは扉が開く音と閉じる音が二回聞こえ、次には何かを引きずる音が近づいてくる。
「………………」
「連れてきたよ~!」
椋が引きずりながら連れてきたのは案の定、悼也だった。
しかも無理やりここまで連れ出されたのか、ズボンは穿いているが上半身には何も着ていない。
「いや、椋、悼也まだ準備できてないんだから待ちなさい」
「え~」
「え~、じゃない!」
「は~い」
しぶしぶといった表情で椋は悼也の腕を離す。悼也は腕が離されると溜息を一つついて洗面所へと向かい、しばらく水の音の音を鳴らした後に自室へと戻ると、一~二分もしないうちに上半身にも服を着た悼也がやって来て――
「いいぞ」
――と言った。
そしてその言葉にいち早く反応した椋は、椛の背中を押すようにしてギルドへと向かうのだった。
「おう、やってきたみたいだな」
三人がギルドへと到着し、小さな――といってもそこらにある一般的な家と大きさは実際には変わらない――方の建物に入ると、待ち構えていたようにビスタートが声をかけてくる。
「おはようございます、ビスタートさん」
「おはよ~ございま~す! あさごはんが食べれると聞いてやってきました~!」
「………………」
椛は礼儀正しく、椋は友達のように、悼也は何も言わずほんの少しだが頭を下げるような動作をする。これがもし立場がどうとか権力にうるさい者であれば椛以外、といより椋に対して何かしら苦言があったのかもしれないが、そもそもビスタートはそういうことにこだわる様な人間ではないので苦言がどうとかそういうものなど一切ない。
「はっはっはっ! 正直なのは良いことだ、リョウ。そうだったな、今日の朝食と昼食ぐらいまでなら食わせるって約束だしな。よし、じゃあ外で食べることにしよう。その時に話すこともいくつかあるからな」
彼にとってはむしろ、そのような態度のは逆に好印象らしい。
「せっかくの俺のおごりだ。なにか食いたいもののリクエストはあるか?」
「お肉~!」
元気の良い椋の返事に、またもビスタートは笑いながら、よし、わかった!、と言ったのだった。
三人とビスタートは中央の広場にある多くの屋台の品物から食べてみたいもの……主に肉類を買うと、広場端にあるベンチへと座り、朝食を摂ることにする。
「ごっはん~、ごっはん~」
満面の笑みを浮かべている椋の手にあるのは、屋台のその場で買ったぶ厚い肉を薄く切り、新鮮で瑞々しい色をした野菜の葉に乗せ包み、さらに余った肉がそれを包み、最後にそれを薄い生地――三人の世界でいったところのクレープのようなもの――に乗せ、くるくると巻かれて出来上がったもの。
肉にはもとより味付けがされた状態で保存されていたので、無駄に味付けを加えてはいない。出来立てなためか、包み紙からは湯気が立ち昇っており、それに合わせて肉のいい匂いが鼻孔を通り、食欲を刺激する。
「椋、そう焦らないの。落としても知らないわよ?」
気分の高揚している椋を注意する椛。
彼女の膝上には少しばかり大きい紙袋が乗っており、その紙袋の中には二つの包みと栓のされた皮袋が入っており、一つは蒸かされた芋を潰し、それに下味をつけ丸めたところで、高温の油によって揚げられた一口サイズの団子芋が八個。
そしてもう一つ、袋の中に入っている小さな包みの中には、綺麗な紅色をした果物のジャムとクリームがパイ状の生地で挟まれているもの。少しのどの渇きそうな二つの料理だが、それも見越して、筒状の木包みである。
これの中には、ほのかに甘い香りのするお茶が入っており、その香りは気分を落ち着かせる効果もあるそうだ。
「いやー、相変わらずだな。問題は少なくないが、その分……んぐんぐ、賑わってるしな」
「………………」
対してビスタートと悼也はベンチには座らず、椛と椋の腰かけているベンチの脇で立ちながら朝食を摂っている。
ビスタートは最初から立って食べることを考慮していたようで、左手に持っている包みからは七本の棒が見えており、右の手には一口サイズにカットされた肉が棒に五つ刺さっていた。ビスタートの買ったその肉には、何種類かの香草や種といったスパイスが適度に降られており、四人の手元にある料理の中では一際食欲をそそる匂いを放っている。
最後に悼也の方なのだが、三人の世界では毎日食べられていた米によく似たものを食べていた。
色は黒なのだが、これを鍋に入れ、浸るぐらいに水を入れると火にかけ、蓋をしている鍋が音を鳴らしたら出来上がりである。
そのあとは、――今回は悼也の食べているものだが――出来上がった黒い米のようなものを手で握り、中に肉や魚、他にもいろいろあるが、具となるものを一つだけ入れて形を整えたら完成である。
その出来上がったものを三つ、悼也は大きな葉で包まれた容器を左の手に抱え、右の手で取って口へと運んでいた。
「ん~! 久しぶりにまともなごはんはおいし~!」
「確かにそうね、ここ二日三日はこんなに味があったり手が込んでたりなんていなかったしね」
ベンチに座っている女性陣は仲良く自分の料理を食べながら話している。
そんな中、三本目の串を平らげたビスタートが、あっ、と言い――
「そうだったそうだった。昨日嬢ちゃんと兄ちゃんの試験をし損ねていたよな?
そこでなんだが、このあとギルドに戻ったら一つ簡単な依頼が来てるんだ。それを二人でやってきてくれないか?」
――と言った。
その言葉に、椛は口に入れていたものを咀嚼し嚥下すると、すぐさま答えを返す。
「別にかまいませんが、私たちはまだこの世界の文字を読むことは出来ませんよ?」
三人がこの世界に来てまだ三日。加えてこのような文化を持っている場所に来たのは半日もたっていない。それで文字を読み書きできるだなんてさすがに難しい。
もちろんそのことはビスタートもわかっている。
「ああ、だから依頼内容は俺が話すから、それで何か疑問に思ったことがあれば質問してくれ」
「わかりました。悼也も、それでいい?」
疑問符だがはっきり言って拒否権など存在しない悼也は、既に食べきり空になった容器を丸めながら返事を返す。
「ああ」
――と。
少年少女二人からの了承を得られたビスタートは一つ頷くと、そのまま残っていた串を一気に平らげた。
「嬢ちゃんと兄ちゃんにこれから受けてもらう依頼の内容を説明する」
その後、朝食を食べ終えた四人はゴミを広場にあるゴミ入れに入れると、ギルドへ戻り、今に至ることになる。
「依頼の分類としてはこれは『討伐』になる。
町を出てすぐにある森にだが、最近ゴブリンの集団が視られた。数はおよそ八体。被害としては少なくない数だが、既に商人たちが襲われた。
それで、やってもらうのはこの八体を速やかに退治、もしくは生け捕りにして欲しい、とのことだ。
何か質問はあるか?」
「はい」
「なんだ?」
ビスタートの言葉に椛は手を挙げ、それをビスタートは了承する。
「今話した、『ゴブリン』というのの危険性、それと退治した際の証拠となる物、そしてなぜ生け捕りするのか、をお教え願いますか?」
椛の疑問は最もだった。
まず自分たちの知らない何かを相手にする際、出来うる限りそれに対して情報を収集すること。どんな小さいものでもどこで役に立つことが多々ある。そして他にも、他人から頼まれたことには、明細されていないが重要なことが隠されていたりする。特に、報酬の面ではそれで争いごとが起こるときだってある。そして最後に、どうしてわざわざ手間の掛かることを行わなければならないのか、というのはそれ
で依頼に何か変化が起こるかもしれないからだ。
この質問に、ビスタートは頷く。
「そういや、魔物に関してははっきりと説明していなかったな。魔物全体に関して話すと長くなるが、今回は『ゴブリン』について、だったな」
顎に手を当て考えるビスタート。彼自身説明が得意ではないのをわかっているので考えをまとめていた。
「……ふむ、そうだな。ヤツらは元来人間だったものが魔物化したヤツらだ。基本的に少ない時は三体、多い時には二桁を超える集団が視られたこともあったそうだ。頭の悪い奴らは殴ってきたりするが、それなりに賢いヤツは魔物化する前、得意としていた武器を扱ったり、時には喋ったりなどがあるが、それよりもヤツらは個々の強さより、集団での強さがある。特に、リーダー格である『ゴブリン』は大半が『ハイゴブリン』と称されており、こいつらは統率力に加え、戦闘の得意とするやつや、中には奇妙な術を使用してくるやつがいる。だが、その『ハイゴブリン』さえ倒しちまえば集団としての統率がとれなくなる。そうすればあとは簡単だろう」
「それじゃあ、その『ゴブリン』と『ハイゴブリン』の強さとしてはどれぐらい差があるんですか?」
「一概にこれとは言えないんだが、まず全体の集団を見ろ。そして『ハイゴブリン』を除いた『ゴブリン』の数がその強さの目安とされている。つまり、『ゴブリン』三体を『ハイゴブリン』がまとめていた場合、六体の『ゴブリン』を相手にすると思えばいい。といっても、『ハイゴブリン』によって統率のとれている『ゴブリン』たちはそこら辺にいるような自分よりも上位の魔物にも引けをとらない強さがあるから用心に越したことはないから気を付けた方がいいがな」
「そうですか」
「で、どうやって魔物を倒した際の証拠にするかだったよな。そうだな、捕獲だったらそれが証拠になるんだが、殺した場合は片方どちらかの耳をこの皮袋に詰めておいてくれ。そうすればそれが証拠になる」
そう言ってビスタートは少し大きめの皮袋を椛に渡し、椛はそれを受け取る。
「わかりました」
「それじゃ、他に質問はあるか?」
「捕獲の方は?」
まだ一つだけ聞いていないことを椛は忘れていない。
ビスタートも椛の言葉で思い出し、苦笑いをする。
「おっと、そうだったな。
なんで捕獲するのかっていうのかはまぁ、後々わかるんだが、魔物の構造を知りたいってやつとか実験に使いたいってやつがそれを高値で買っていくんだ。他にも、鍛冶屋じっさんや、装飾屋の姉さんとかは魔物の素材を使って武器や防具、服なんかを作るための材料に必要だからっていうのもあるな」
「なるほど。そういうことですか」
「んー、これで全部か?」
「はい。ありがとうございました。悼也、そっちは質問とかある?」
椛によって振られた話を悼也は横に首を振ることで答え、それに椛も了解する。
「以上です」
「おし、そんじゃあこの紙にサインをしてくれ。自分たちのだというのが確認が取れるものならなんでもいいぞ。ほれ、書くものと依頼書だ」
ビスタートはテーブルにあった羽のペンと手に持っていた依頼書を椛に手渡し、椛はそれに自分の世界での文字で『黒椿椛』と書き、ペンを悼也に渡すと彼は椛の文字の下に『柏木悼也』と書く。
二人の書いた文字は、やはりビスタートには読めなかったのでそれで更にこの三人が自分たちとは違う場所からやってきたのだと、ここで明確な確信を持つことが出来た。
「書けました」
椛は自分と悼也の書いた文字を確認するとビスタートへ渡す。
それをビスタートは確認し――
「よし、いいぞ」
――と了承した。
しかしここで、一人だけ不満げな顔をしている者がいた。
「む~、ボクだけ置いてけぼりだ~」
眉根を寄せ、口を膨らませた椋である。
「仕方がないでしょ、これ試験として扱われるんだから。椋は昨日の時点でそれが終わってるんだから今日ぐらいは大人しくしていなさい」
「む~。わかった……」
しぶしぶといった表情で了承する椋。しかし、その態度はあからさまに不満げでしかなかった。
そんなやりとりを見ていたビスタートは、そこで椋へと話しかける。
「ああ、それとリョウなんだが、早速行って貰いたい場所があって、ギルドからそこへの案内役を連れてくるから、リョウはそれに従ってくれないか?」
「は~い。でも、どうしてビスタートさんは案内しないんですか~?」
「ま、俺もギルドマスターだからな。仕事だってたくさん来るってもんさ。だからこの後は出かけなくちゃならないってことだよ」
話しがひと段落ついたところで、ビスタートは再度三人に向けて話す。
「そんじゃ、これから嬢ちゃんと兄ちゃんは『ゴブリン』八体の討伐、リョウはここで待機。後に案内役がくるからそれに従ってくれ。三人に向けてはこんなところだな。それじゃ、頑張れよ!」
「わかりました」
「は~い」
「………………」
三人はそれぞれの返事をし、そして、椛と悼也にとってはこれが、ギルドからの最初の依頼であるのだった。