試験を以て資格を得、今日を以て家を得る
戦闘シーンを書くのも表現するのも難しいです……。
「これからお前たちにはテストをしてもらう」
その後、ビスタートとギルドへの入団手続きをしている際、三人をどのランクから始めるかを決めるために試験を行うことになり、ギルドの建物の後ろ、あの大きな建物へと案内された。
そしてそこは、椋が最初に言っていた通り、道場のつくりと規模に差があるものの同じ建物であった。
「一応嬢ちゃんらにはここに置いてある刃引きされた武器を一通りそろえたわけだが、どれでも選ぶといい」
建物……というよりこの練習場の床に様々な武器が置かれる。
片手で持てるぐらいの剣、身の丈よりも長い槍、短い剣、拳を守るグローブ、弓と矢、と数多くの種類の武器がある。
「じゃあボクはこれにしよ~」
そう言って椋が手にしたのは槍。一応は彼女の得意とする武器だというのを椛と悼也は知っている。
「最初に決まったのは藍髪の嬢ちゃんか。よし、だったら中心まで来な。俺が誘ったんだ、俺が試験官を務めよう」
「は~い!」
ビスタートは既に中央におり、椋はビスタートの言葉を聞いた後に中央へと軽やかに歩いていく。緊張も何もしていないようだ。
「一応自由に戦っていいぞ。構えなくていいのか?」
「一応これがボクにとって楽な構えだから大丈夫です」
構えるというよりはただ槍を持ってビスタートへと刃を向けるだけの椋。
その姿からは信じられないが適度に力が抜けており、隙を見つけ出すのが難しい。
ビスタートは一目それを視て理解した。やはりこの嬢ちゃんが一番強い、と。
余裕の表情であったビスタートの顔に少々力が入り、椋を見る目は決して離さないように観察をしている。
「………………」
「………………」
両者無言でにらみ合い、時間が過ぎていく。
お互いに、隙を探しあっているのだ。そして、わざと隙を生み出し誘い、そして相手もそれにはノらず隙を所々に混ぜていって相手の様子をうかがっている。
「…………ふっ!……」
最初に動いたのは椋。
ただまっすぐに、槍を突き出す。
対してビスタートは体を横にずらすことで回避。
そこでビスタートが初めて腰に提げている片手で持てるサイズの剣に手を掛け、抜かなかった。否、抜けなかった。
椋が伸ばした腕が引き寄せられるように前進し、その瞬間に左の足がビスタートの足を刈るように繰り出す。
ビスタートはバックステップをして後ろへ回避し、椋の左足から逃れる。
ヒュン、と空を鋭い刃物が過ぎ去るような音を立て椋は左の足を振りぬき、その勢いを殺さずに体を軸に回転させることで槍を操り、軸足にした右足で床を蹴ることでビスタートへと近づき、背中を向けた状態から振り向きざまに手首を反すことで持ち替えた槍の石突き部分で追撃をする。
これをビスタートはバックステップする際に左腰に提げている剣を右の手で抜き放ち、向かってくる槍を打ち上げ、その勢いを上方へと流した。
はたしてそれは狙ってなのかなるべくしてなったのか、ビスタートの顔右スレスレを通過し、椋とビスタートの距離は必然的に縮まる。
そしてビスタートは空いている左の拳を握り、振りかぶって椋を殴りつける。当てる先は顔面のように的の小さい部分ではなく、胴体だ。
椋は左拳を避けるため、即座に槍から手を放すが、避け切ることは出来ないと悟り両の手を合わせ、受け止め切れない勢いを利用することで後ろへと大きく下がる。
「なかなかやるな、藍髪の嬢ちゃん。いや、一応試験とはいえ戦っている相手なんだ、礼儀として名前を教えてくれないか?」
ビスタートのその問いに椋は構えを解き、ビスタートに正対する。
「八薙流正統後継者、八薙椋。よろしくお願いします」
椋のその表情と口調はいつものものとは違い、真剣味を帯びている。
彼女もビスタートに対していつもの様に振る舞うのはここ戦闘に至っては失礼だということなのだろう。
「よろしく頼むな、リョウ。これは試験だが、やるからには本気で行かせてもらうぜ」
「はい」
余裕の表情をしているが眼は本気そのものになったビスタートに、無手による構えをとっている椋が一言肯定の言葉を返す。
次に動いたのはビスタート。
走る、というよりは跳ぶ、という表現の方がこの場合は正しいのか、左足に力を溜め、一歩で椋の目の前まで移動し右手に構えていた剣を上から下へと振り下ろす。
椋はそれを限界ギリギリまで観察し、鼻先から一センチにも満たない距離で回避。よほどの自信が無い人間にはできない行為。それでも達人クラスの者になればこういったことに遭遇するのは珍しくない。
最小の動きで最低限の力を使い、隙を作ることで最大の好機を生み出す。
ビスタートの剣は振り抜かれ、その動作は完全には静止しきらずに体が少し浮いている。
そこに椋は腰を据え、右足をダンッ、という音が鳴るほどに踏み抜き、両の掌を真っ直ぐに伸ばすことでビスタートの右肩に触れると、ほんの一瞬椋の体が振動し、それが伝播するようにしてビスタートの体も振動し、生理的に嫌な音が鳴った次の瞬間、右肩を何か強烈な一撃を喰らったかのようにビスタートは上体を反らしながら後ろへと下がる。
下がったビスタートは左の手で右肩を押さえる。その表情は苦虫を噛んだかのように渋面が広がっている。
「密着した状態であの一撃。しかも右肩に力が入らん……」
それはビスタートにとって初めて見る攻撃だったが、当の本人はもちろん、椛も悼也も今の現象を理解していた。
『透勁』と呼ばれる、――三人の世界だと何千年という歴史を持つ武術流派の技法の一つらしいのだが――相手の体の内部にダメージを与える技法がある。それを椋はビスタートの右肩に打ち込み、右肩に通っている神経にダメージを与えることで一時的にだが使えなくした、ということだった。
「ううむ、右手が使えないと左手にするしかないが、右手の感覚が無いとバランスが悪いな。……仕方がない、アレを使うか?」
呟きながらビスタートは、右手にかろうじて落とすことなく持っていた剣を左手に持ち替えると、椋を見据える。
椋はビスタートから目を離すことはなく、一挙手一投足、その全てを観察する。無論、構えを解くことはない。
「俺からのとっておきだ。受け取れよ!」
そうビスタートが叫んだ瞬間、椋は自らの目を疑う現象を目にする。
「はあぁっ!」
「えっ!?」
椋の真後ろから、ビスタートが剣を振りかぶり、椋へと叩き付けに来たからだ。
この時、確かに椋の目にはビスタートの姿が映っていた。それなのに、ビスタートが叫んだ次の瞬間、彼の姿は椋の視界から消え去り、その代わりに椋の真後ろからビスタートが斬りつけに来たのである。
咄嗟に振り向く椋だったが、常識を超えた出来事に椋は一瞬だけ戸惑う。
それが、勝負の分け目となるのだった。
「参りました……」
負けたことを宣言したのは椋。
彼女の眼前、数センチのところにはビスタートの振り下ろした剣が止まっており、もし椋が負けたことを宣言しなければその顔は酷いことになっていただろう。
もしこれが真剣勝負であれば、今ので椋は言葉の通りに頭が割れて死んでいた。
だが今行っていたのは模擬試合であり、試験である。殺し合いではない。
「勝負あり、と」
椋の眼前にあった剣をビスタートが鞘へと納める。
「リョウの試験はこれで終了だ。いやはや、そのナリと年齢でこの強さとはな。正直びっくりした」
「そういって貰えると助かります。でも、最後にしたあれはなんですか?」
「いつか教えるさ」
飄々とした態度で椋の質問に答えると、ビスタートは椋に背を向けて椛たちのいる方へ歩いていく。
その表情はバツの悪そうな顔をしており、椛たちの前で歩みを止める。
「二人には悪いんだが、今回の試験はこれまでにしてくれ。右手も今満足に動かせないんじゃあ、試験にならないしな。
ああ、心配しなくてももう嬢ちゃんたちの住む家の方は用意できてる。案内をするから今日のところはお開きだ」
「はい、構いません」
「助かる。
明日嬢ちゃんたちの試験について話すから、今日は帰って寝ると良い。日ももう暮れちまったしな
それじゃあついてきてくれ。こっちだ」
一応椛も悼也も武器は選んでいたが、その武器は元の場所へと戻し、歩いていくビスタートのについていく。椋もすぐについてきた。
椋に疲れている様子はないが、ただ何かを考えているような様子で、それが気になった椛は椋に問いかける。
「椋、何か考え事?」
「え、あ、ん~まぁね~」
椛の知っている椋という少女にしてはどうも要領を得ない答え。
故に、椛は椋の疑問について思い当たることがあった。
「もしかして、さっきのビスタートさんのあのいきなり消えて椋の後ろに現れたやつ?」
「……やっぱ、わかる?」
「そりゃあね。数年だけど相当濃密な付き合いよ?」
「にゃはは……」
椛によって自分の考えていたことが見透かされた椋は苦笑いをする。
良くも悪くも、この二人はお互いのこと理解しているのだから。
「椋にはさ、アレがどう見えた?」
「そうだね~。ボクとしてはずっとどう動くかを視てたから、突然目の前から、それも何の予備動作も気配も無く真後ろにいたから対応しきれなかったんだよね~」
「そっか。そこは私に視えていたの一緒なのね。
私が見たのもそうだったんだけど、椋の言葉に付け足すのならば少しあるの。それはね、ビスタートさんが消える瞬間、ほんのわずかにだけど、体から火花みたいな、よくテレビとかで見る静電気みたいなものが視えたのよ」
「電気?」
「そう、電気。多分……本当に憶測でしかないんだけど、ビスタートさんがあの瞬間移動が出来たのはその電気に秘密があると思ったのよ」
言っている椛も要領を得ない様子であり、結局推測だけで答えは見つからないこの話は保留ということになった。
「それにしても、どこへ向かうのかしら?」
現在先頭をビスタート、その三歩四歩後ろに椛と椋、そして二人の一、二メートル離れて悼也が歩いている。
日はとっぷりと暮れ、辺りの家々からは明かりが漏れており、それが今歩いている街路を少なからず照らしていた。
「あ、もしかしたらあの家じゃない?」
「どれ?」
「ほら、奥の方に一つだけ明かりがついていない家がある」
「んー……あら、本当」
既に暗い上に周りの建物からは決して多くはない光が見えるのに対して、その家からは明かりというものが存在しないし、何より椋の目にはそこに人の住んでいる気配がなかった。椛はただ明かりが点いているか点いていないかで判断しているだけだが。
そう言って歩いているうちに、ビスタートの歩みが止まった。
立ち止まった場所は先ほど椋が言った場所と同じだ。どうやら本当にそこなようだ。
「おぅし、到着だ!
ここが今日から三人の住む場所だ。中はある程度掃除させたし、家具も一通り揃っているはずだから、今すぐにでも寝れるだろう」
「ありがとうございます」
「いいってことよ。これから同じギルドの仲間になるんだからな。それじゃ、これからよろしく頼むぜ。
とりあえずは明日、そうだな……日が真上に昇る前ぐらいにもう一度ギルドに来てくれ。道は覚えているか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、それならいい。
おっと、忘れるところだった。今日の飯はさすがに無理だったが、明日の朝昼の飯はギルドに来れば食える。ただし、明日だけだ。それ以降はちゃんと自分で金を貯めて飯は買いな。依頼を達成すれば即日受け取りになるから、そこは安心すると良い。
じゃ、また明日」
「わかりました。ありがとうございました」
椛がお礼を言うと、ビスタートは背を向けて元の道を戻っていき、やがてその背も見えなくなる。
そのあたりで、三人はこの世界で生活する場所となる家の中へと入っていった。
「へぇ、結構広いのね」
椛の家の中に入った感想はそんなものだった。
扉を開き入ってみると、靴を脱ぐような場所は無く、そのまま廊下が続いている。
廊下には手前と奥に左へ入る路があり、悼也は手前、椛と椋は奥から見ることになった。
椛たちの入った奥の方の通路へ行くと扉があるのでそこを開いて中に入る。
「ここが居間ってところかしら」
扉を開けた部屋の中心には四角形のテーブルが一つに、四つの木製で出来たイス。確かにそこは居間と呼んでも差支えが無い。
居間の左奥には扉もない通路があり、右の壁側には扉が三つある。
左奥の通路からは悼也が来るだろうと判断――椛は先ほど手前の通路をチラリとだが見たときに奥に扉があるのを見ている――し、右の壁にある扉の、まずは右から開ける。
扉の先、部屋の中は簡素なものだった。
窓があり、そこからわずかながらも外の光が零れ落ちてきており、その微かな光に照らされてベッドが一つ置かれているだけ。それ以外は特に何もなかった。
まさしく、必要最低限である。
補足だが、その左の部屋二つともこれと同じ構造とベッドのみであった。
「大体見たわね。それで悼也、そっちはなにがあった?」
三つの部屋を調べ終わると、居間に悼也がおり、家の中を確認するのも大体片付いたと判断する椛。
「通路に入って右手前がトイレ、左手前が洗面所に、その奥に風呂。右奥の両開きの部屋は何もない広い空間。恐らく倉庫だろう。そして突き当りの扉の奥は台所。道具は何もないが水は出るようだ。そしてここに繋がっていた」
「そっか」
そして悼也から報告された言葉も大体は予想のついていたことなので驚く程のものではなかった。
「それにしても、三人で住むにしては申し訳ないほどに良い家よね。足りない家具なんかは後で買えばいいのだし」
「それじゃ、私たちの寝る部屋だけど、どうする?」
という提案に、右の部屋から悼也、椛、椋、という部屋分けになった。
その後、二日以上汗をまともに洗い流せていないからお風呂、といった椛は一番手で風呂場へ直行し、さっぱりとした顔で出てくると次に椋、最後に悼也が入る。
「それじゃ、また明日ね」
「おやすみ~」
全員が汗を洗い流し、落ち着いたところで明日もあるのだから今日はもう寝ることになった。
どうせこれ以上起きていては晩飯も食べれないので無駄に腹を空かせるだけである。なので、三人はさっさと寝ることに決める。
こうして、三人は自分たちで決めた部屋に入っていき、この長い一日は終わりを迎えた。
設定だとか何とかは、出来る限り本文内で説明できるように書いてるつもりですが、ところどころ説明が不足する場面があるかもしれません。
質問がありましたら気軽に聞いてくれれば、出来る限り答えようと思います。