式の前にはお化粧を
「悼也、大丈夫なの?」
「問題は無い」
『Drifter』試験を合格した者たちは、本日城へと集まることになっている。
だが、椛の目の前にいる悼也は、とても城までの距離をいけないんじゃないかと思うほどに、重傷を負っていた。
右腕ヒビ、肋骨三本骨折という怪我が、一昨日の夜に悼也が帰ってきた時の症状だった。
他にも打撲跡などが多くあったが、あまりに多すぎて途中から数えるのを放棄した。
その状態の悼也を視たときの椛と椋は焦ったものだが、悼也があまりにもいつも通り過ぎたためにすぐ落ち着き、冷静に対処も出来た。
次の日には悼也に一日中無理やり睡眠をとらせ、身体の回復に努めさせ少しはマシになったのだが、それでもヒビや折れた部分はそう簡単に治ってはいない。
そんなこんなで、椛と椋は悼也を宿屋に休ませたまま、二人だけで城へ行こうと思っていた。
しかし、当日になってみれば悼也は起き上がり、城に行くということでこのような状況になっていたのだ。
『ひゃっはっは! そう心配すんなって嬢ちゃんたち、俺っちの主はその程度じゃ止まんねぇことぐれぇわかってんだろ? だったらやらせてやんな。男に恥は掻かせちゃならねんだぜぇ?』
「黙っていろ」
『そういうなよぉ。俺っち一応主の味方なんだぜぇ?』
「ま~それもそうなんだけどね~」
「椋っ」
「ま~ま~、椛ちゃん。悼也君は大丈夫とも言ってるし、いざとなったらボクがちゃんと責任は持つからさ~。それに、やっぱり三人でこういったことはボクもしたいしね~」
「それは……」
もちろん、そのことはわかっている。
椛自身、三人で合格することが出来たのだから三人でその証を受け取りに行きたい。
だが、現在悼也は怪我をしており、あまり無茶をさせたくない。だからこそ、理性的に考えて椛は悼也の同行を認めないだけなのだ。
「大丈夫だ」
「悼也……」
「椛ちゃん」
悼也と椋が、椛へと視線を向ける。
「…………はぁ、わかったわ。このままだと私が悪者みたいだし。
でも、度を越えた無茶はしないでよ、悼也?」
「ああ」
「それじゃあ、遅くならないように行きましょう」
少し予定していた時間よりも遅れはしたが、それでも余裕をもって宿屋を出立していたので集合時間の十分前には城内に入ることが出来た。
それから城の兵士に待合室へと案内され、部屋へと入ると同時に待合室で待ち構えていた数名の給仕服を着た女性に囲まれ、服を剥がれた。
剥がれた服は丁寧に折り畳まれ給仕の女性の一人が持っており、それ以外の女性たちは二人の身体を測るなり更に数名が部屋から出ていった。
一応、悼也は女性が入ってくると同時に別室に案内されており、十中八九同じようなことが悼也の身にも起こっているであろうことは想像できる。
数分後、部屋から退出していった給仕の女性が戻ってきた。だが、今戻ってきた女性の手には、部屋を出ていくときに無かったものがある。
「こちらにお着替えいただきます」
メガネを掛け、後ろ髪を団子状にまとめた女性がそういった。有無は言わせない。そんな気迫で。
給仕の女性の一人が椛に紅を基調とした衣装を。椋には紺を基調とした衣装があてがわれ、即座に着替えさせられた。
さすがに城内で働いているだけはあって着替えさせ慣れており、二分三分も要らずに椛と椋の身体には服が着させられていた。
「お似合いですよ」
着替えさせた女性がそう言って離れると、姿見を持った女性がそれぞれの正面に立ち、その姿が映し出された。
その後、服へと着替えさせた女性たちが出ていき、入れ替わるようにして悼也が部屋へと入ってきた。
悼也は黒の儀礼服を着ており、きっちりとしたその格好は年齢以上に様になっていた――ちなみに、悼也が部屋に入って椛と椋の姿を見たときに一瞬動揺の様なものをみせて少し騒がしくなったが、それは悼也のためをもって秘密である。
そして現在。
「それではこれより、御三方を王の間へとご案内させていただきます」
正装となった三人に向け、先ほど他の給仕の女性たちに、椛と椋を着替えさせるように命令していた女性がお辞儀をし、説明を始めた。
「王の間においては、王からのご質問への返答、返礼は以外の言葉は謹んでいただきます。また、身振りも同様ですのでご了承ください。
王の間においては、我がドラクンクルトの王とギルドマスター。そして、他六か国から王の代理として、ギルドマスターがおります。
また、資格の授与が行われている際に特別何かをするということはありません。王からの言葉を静粛に拝聴することと、呼ばれた際の返答だけは、必ずお守りください」
「わかりました」
「では参ります」
女性はそう言って部屋から退出する。三人も、女性に続いて部屋から出る。
女性の歩く速度はどういうわけか、普通に歩いているはずなのに速い。
追いつくのには苦という程の速さではないのだが、悼也を除いた女性陣二人は少し歩くのに戸惑いを覚えており、わずかにだがその距離は離れていく。
椛も椋も、下手をすれば足で踏み抜きそうになるぐらいのスカートを穿いたことがない。また靴も同様で、踵の部分だけが高くなっており、爪先立ちを強要させながらも踵は床に着いているその構造は二人の普段の歩きと走りに大きく差し障りが生じており、無理して速く歩こうとすれば踵が擦れ、大きく一歩を踏もうとすれば爪先はスカートの端を踏みかけ、と四苦八苦する。
「きゃっ!?」
そうして歩いているとき、一つ甲高い声が廊下へと響く。
声の主は、椛だった。
どうやら足を踏み出した際にバランスを崩したのか、彼女は前のめりとなって身体を投げ出す。
迫りくる床。通常転倒したぐらいならば受け身を取ることが出来る。しかし、慣れない服であることなどが原因のせいで身体は思うように動かず、更には高級な服だということはわかっているからこそ無理な動きは出来ず、結果を待つことしかできない。
椛は反射的に眼を瞑り、衝撃に対して心構えをした。
「……あれ?」
しかし、椛の身体を襲った衝撃は意外なほどに柔らかなものだった。全身を包まれるかのような感触で、身体の接触している場所はほのかに温かい。
目を開いてみれば、視界には傾いた床が映り込み、上部にはこちらに驚いた顔をして見ている椋と、足を止めてこちらを見ている女性がいた。
ふとそこで、椛は視界の中に一人足りないことに気づく。そしてなぜ、自分は視界が傾いたままであり、身体は何かを受け止めるかのような姿勢になっているのかということに疑問を持ち、結論に至った。そして、助けてくれた相手にお礼を述べる。
「あ、ありがとう、悼也。その、身体……」
「気を付けろ」
「うん、ごめん」
悼也は一言だけ言うと、椛の姿勢を整えさせて立たせる。
身体が離れると同時に温もりも去り、身体は冷めてしまう。
「大丈夫、椛ちゃん、悼也君!?」
「ええ。悼也のおかげ」
「少々急ぎすぎました。申し訳ございません」
「いえ、こちらの不注意ですから」
椋と女性が近づいてきて声を掛けて来たので、椛はそれに返す。
椋は安堵の息を漏らし、女性は深く礼をすると歩くことを再開した。ただ、女性の歩みは先ほどよりもゆっくりであり、この速度であれば椛も椋も焦ることはない。
そうして、四人は王のいる間へと向かうのだった。




