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Drifter  作者: へるぷみ~
Drifter
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異質な少女と変質な紳士 後編


 椛が少し変わった少女と精霊に出会っていた頃、悼也は街外れの平原にいた。

 最近は何かと忙しかったために、静かな場所で昼寝がしたかったのだ。

 風のよく通る場所、辺りは開けているため相当なことが無ければ不意をとられることは無い。


 「ふむ。こんなところに来るものがいるとはな。少年、なにしに来た?」


 だが、そこには先客がいた。

 まず目についたのが顔を除く全身を覆っているマント。

 さらに唯一隠れていない顔を見てみれば、右目にモノクルを装着しており、顔の所々には消えないシワ、丁寧に整えられた白い髪と髭は老人のそれだ。

 しかし、老人の纏っている雰囲気は並の者ではない。

 まず姿勢もそうだが、老人の眼の奥は未だに若さを保っており、その眼光はこちらの全てを見抜くかのように鋭い。


 「昼寝だ」


 答えはいつもの様に。それでも、老人からは目を離さず、油断だけは作らない。

 悼也は、いつ仕掛けられても仕掛けてもいいように足と腕に力を溜め、老人の様子を窺う。


 「ふむ。少年、君はその若さにしては中々に良い眼と心構えをしているな。それに、その鍛えられた身体は普通の生活を送っていては身につかないようなものだよ。

  これは、なかなかに良い出会いであるな。少年よ、提案があるのだが?」

 「なんだ?」

 「儂と決闘を、やらないか?」

 「断る」

 「む!? なぜだ、この老兵紳士の頼みごとぐらい聞いたっていいではないか!」

 「昼寝に来たんだ。邪魔をするな」


 至極当然であり、真っ当な返答。

 悼也はこの場所に昼寝に来たのであって、あの老が……老人と決闘するために来たわけではない。だからこそ、そのような言葉を受けるいわれもないのだ。


 「そうか、ならば嫌でも決闘させてやるわぁ!」

 「ちっ!」


 だが、次の瞬間。マントを靡かせ、地に触れるかというような低姿勢による高速移動。齢の問題どころではない身のこなしは、警戒していた悼也でも気後れするものだ。

 一瞬の隙を縫い、低姿勢と高速移動からの勢いを利用した殺気の篭った鋭い攻撃が悼也へと向けられる。

 目ではなく、最早勘の領域で攻撃を察知した悼也は、左足を一歩後ろへとズラし、上半身をのけ反らせる。すると、彼の眼前を黒い線が駆け抜け、そこから風が起こり彼の前髪を揺らした。

 蹴りだったのか殴りだったのか、視認できる速度で無かったソレはマントによってはっきりとは確認することが出来なかった。


 「ふむ。やはり避けたか、ならばコレは!」


 老人は初撃が避けられることを承知していたのか、悼也が反撃に移るよりも速く、今度は正拳突きと思われる悼也の胴へと鋭い影が延びる。

 これに対して悼也の反応も速かった。

 向かってくる黒い線に対して左の腕を線へと巻き付け、上へと流す。


 「むっ!?」


 僅かに力が逸れ、上体が開いた紳士に、悼也は逆の手で老人の胴体ではなく、絡ませ流した黒い線に向けて掌底を放つ。


 「甘いわっ!」


 だが、悼也の掌底は線を貫かなかった。線は瞬時に紳士の身体へと戻り、逆に掌底を空振らせた悼也は危機を生み出している。

 無論、その隙を見逃すような者はいない。

 伸びきった腕に、完全な踏込をしてしまっている悼也の胴体へと向けて、紳士は腰あたりから横に一閃。空気を置き去りにするほどの速度で放たれた一撃は、当たればただでは済まないことがありありとわかる。

 だからこそ、悼也の判断は速かった。

 悼也は即座に意識を集中させ、自分の全身ではなく、腕や手にある光の死角となっている小さな影を手繰り寄せ、幾重にもなるかというだけ影を具現、圧縮させ、着打点と思われる箇所を覆う。

 次の瞬間、強烈な衝撃が悼也の身体を貫き、その勢いから悼也の身体は宙を舞う。


 「ふむ。アレをいなしたか」

 「っ」


 横合いに錐揉み状となって吹っ飛んだ悼也は、地面に叩きつけられる直前に姿勢をある程度制御し、背中から落ちる。しかしただ落ちるだけではなく、咄嗟に受け身を取ることで体への負担を大きく減らすことも忘れはしなかった。

 反動を活かして起き上がった悼也は、服装こそは草が所々纏わり付いていたりと乱れてはいたが、立ち上がった姿にはどこかを庇うような仕草も、気にする様子もない。

 実質、悼也は無傷である。

 あの強烈な一撃が繰り出される際、影によって威力を相殺したのもそうだが、加えて吹っ飛ぶ方向に蹴り跳び、さらには伸びきっていない方の手を用いて掌底。紳士の一撃によって生まれた衝撃が身体を貫くと同時に、自らの体に叩きこんだ掌底の衝撃を身体へと通し、衝撃を緩和させた。一歩間違えれば自滅行為となるが、悼也はそれを実戦において成功させたのだ。

 そしてそのことを、紳士もまた把握していた。だからこその賞賛。


 「褒められても、嬉しく、ないっ」

 「元気がいいのは結構!」


 走り出す悼也。

 紳士の挙動と先ほどの一撃を踏まえ、彼はあの紳士の行っている攻撃は全て己の肉体から放たれたものだと判断した。特に、吹き飛ばされた際の一撃は、はっきり蹴られたという感触があり、そしてそれがまた、あの紳士がただのマントを羽織った変人ではないことを確信させ、悼也の背筋は粟立たせてもいた。

 後手に出てはならない。その意識のもと悼也は駆け、様子を見ている紳士に肉迫する。

 全身の勢いを乗せ、右足水面蹴り。紳士はそれを冷静に浅く跳躍することで避ける。

 悼也はそこで止まらず、回転を利用した左回し蹴り。空中での身動きが出来ないはずの紳士は、迫りくる蹴りを如何様にしてか潜り抜けた。

 潜り抜けた動作を視認した瞬間に悼也は軸にしていた右足の力を解放し、左足を引き戻す力も加えての跳び蹴り。地面に足をついていた紳士は、蹴りの勢いに抵抗せず、逆に勢いを利用することで悼也の背後を宙返りによって奪う。

 攻勢が逆転した。

 後ろをとった紳士は勿論追撃する。

 放たれたのは弧を描いた黒い線。背を向けている悼也は背筋に寒いものを感じると、本能に従い即座に地面を這うかの如くしゃがむ。

 片眉を上げ、感心した表情を紳士はするも、攻撃の手はそこで止まらない。

 しゃがんでいる悼也の背に向け、紳士の頭上高くにあげられた黒い布。紳士との角度が百八十度と言ったところか。ピンと伸びた線は数瞬留まるが、次の瞬間には風の摩擦する音とともに悼也の脳天へと落とされる。

 追撃が来るであろうことは予想できていた悼也は既に行動を起こしており、しゃがむことで折り畳んでいた脚の筋肉を総動員し、回転と共に立ち上がる。

 悼也が立ち上がるのと黒い線が悼也の脳天へと落とされたのは同時。

 正中線を綺麗に捉えている一撃。悼也は、それに対し完璧に打点を合わせ、裏拳を放った。

 裏拳は正確に黒い線を捉え、確実に直撃するはずだった黒い線を左へと流す。黒い一閃は悼也の髪を掠め、肩の端を擦り、地面へと叩き付けられる。

 瞬間、地面が揺れ、広い草原には小さな陥没跡が出来上がった。無論、そのような陥没を起こしたのは、紳士から放たれた黒い閃撃だ。

 

 「面白い、面白いぞ少年っ! さぁ、もっと、もっとこの老兵に本気を見せてみたまえ!」


 この数秒にも満たない高速の命のやり取りに、老兵は狂気とも取れる笑みを浮かべ轟く。

 あの紳士は、人間ではある。しかし、人間を逸脱した存在だ。それは、今の攻防ではっきりとわかったこと。

 ならば、隠す必要は無い。己の持つ全ての力を、可能性を、この紳士になら見せてもいいだろう。悼也は、沸騰しそうな身体の唯一冷めている頭の中で思考した。


 「加減はない」

 「むしろ加減はさせぬよ」

 「柏木悼也」

 「老兵。または紳士」

 「「参るっ!!!」」



 お互いが名乗り、駆け出した瞬間、再度彼らは高速の死闘を……否、光速の死闘を、繰り広げる。

 近しいものに程見せない全てを、ここで、この刹那で、悼也は目の前にいる紳士に、見せつけ、打倒するために、二人は死闘という名の舞台に身を投じていくのだった。



私の作品では遂にというべき人が登場しました。

この紳士が物語に影響を与えるかどうかといったら、どうなるでしょうねぇ?



ちなみに、この話よりも前、というよりは何処かこことは違う世界で、この紳士を見たことがあるという方、そんな時から――時から?――読み続けて頂いているのなら、感謝してもしたりないぐらい感謝してます。

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