登るは霊峰、麓より中腹へ
「というわけで、これから霊峰へと登っていく」
霊峰の麓にてベースキャンプを設置して次の日の朝。
辺りはまだ暗く、空を照らす明かりはまだ姿を見せていない。
枝の中の水分などが火によって爆ぜる音がBGMとなり、その焚火を挟んで二人の男女がいた。
男は三十近いところか、それでも若く、目を惹くのは彼の顎に生えている無精髭と不潔というわけではないのだが、ボサッとした髪。
女の方は少女と言って差し支えないだろう。長い髪と発展途上である肉体だが、それでも同年代の中では上位に位置するだろう。
「モミジは、山を登る際の大事なことはわかるか?」
「そうですね……この霊峰は、結構な高さになりますし、その分だけ上に行けばいくほど空気も薄くなります。そうなると、急いで登るよりは一定の間隔で休みをとって空気に体を慣らしながらの方がいいと思います」
「ああ。一番注意すべきなのは高山病だな。最悪あれは死ぬ。
それと、この霊峰は魔物は集団での行動を基本としている。奇襲なんかもあるから、気を付けて進まないといけないな」
登山の様の道具とは多く必要であり、特に中継地点だとかそんな生易しいものは無い。
食糧から衣服に寝床を全て用意し、各自が運ばなければならないためにその重さは大人一人分はある。
モミジと呼ばれた少女は一般よりは運動能力などが優れた部類に入るが、それでもまだまだ子供であり、完成されていない身体にとってこの重量は相当に堪えるものだろう。それでも、少女は音を上げるということどころか、その辛さも隠していた。
そしてその少女のことも、男はわかっていた。だが、それはあえて言わなかった。
「よし、今日中までに霊峰の中腹までは行こう。休憩を挟み挟みになるから、オレが合図したら休憩だ。
それと、こういったデカい荷物を背負って動く場合は背後からの襲撃に対処が難しい。そこで、オレが後ろを歩くから、モミジは前方に意識を注意して歩いてくれ」
「わかりました」
それを合図に、霊峰の登頂は始まった。
山というのは様々な形を持つ。
傾斜であったり、道であったり、環境であったりと。
人の多くが利用する山というのは整備がされ、移動のしやすい環境となっている。
しかし、その逆であるまったく人が利用せず、来るとしても少人数である山というのはヒトの手で形は変わらず、もっぱら自然とそこに生きる魔物たちによって長い年月をかけて姿を変えていく。
そしてこの霊峰は、人がほとんどこず、そして自然の雨風によって道は荒れ、大小様々な石や岩が重なることで道らしきものを作り出し、ましてや柵などないわけなのだから、一歩踏み外してしまえば地面へと真っ逆さま。そうでなくとも、急な傾斜を転がることによって勢いは増し、止まることは出来ず、その身が止まるときは自らの命も止まっているときだろう。
それゆえに、動きは慎重さを必要とし、一寸の油断も許されない。
「よし……そろそろ、休憩にしよう」
「はぁ……はぁ……。わかり……ました」
そんな中、この霊峰へとやってきたビスタートと椛。
現在歩いている場所は霊峰の約三分の一あたりの場所だろうか。四分の一を超えたあたりの場所で道と呼べるものは存在せず、魔物やここに住む獣たちの道を頼りにして歩き、またその獣道も急斜であったり足場がほとんどなかったりと、いったものだった。
これにはビスタートも真面目な顔であり、いつもの余裕さはほとんど感じられなかった。
対して椛の疲労は結構なものである。もともと山で走り回るなどの経験は元の世界でもこの世界でも行っていることだが、それでも山というのは基本的に草木に囲まれ、地面も土といったそこまで荒れたものではない。
加えて、現在の椛は常に大人一人分の重さをもつ荷物を背負って歩いている。体力の消耗は目に視えて明らかだった。
「とりあえず、ここらで一旦身体を空気に慣らす。モミジ、頭痛やめまい、吐き気は無いか?」
安全な場所に荷物をおろし、荷物から貴重な水を取り出してビスタートは口に含む。いくら貴重だからといって、それでケチって問題が起こってしまえば本末転倒である。
椛も同様に水分を摂り、顔から流れ落ちる汗を袖で拭う。
「今のところは、大丈夫です」
「そうか。少しでも違和感を感じたらすぐに言え」
「わかっています」
休憩時間は一時間。
日は天辺を超え、ここから目標地点である中腹までは更に道は嶮しくなる。
それでも、椛は一度も音を上げるということはせず、荒れた道を一歩一歩はっきりと歩く。
そして遂に、目標地点である中腹へとたどり着くのだった。
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