退魔士への祈り
あれから三日が経ちました。
マスターは未だに目覚めず、生意気女もマスターの側から離れ様としません。
マスターは大勢の霊に一気に取り憑かれ、霊の怨みや悲しみを一心に受けてしまい心を閉ざしてしまっているそうです。
パソコンで言えばウイルスが感染して強制終了している状態。
治すには取り憑いた霊を排除しなければならないそうです。
でも、霊はマスターの心の奥に食い込む様に取り憑いつているそうで下手に刺激をするとマスターの心が壊れてしまうとの事。
「生意…麗奈、側に着いていてもマスターは起きないよ。せめて、ご飯はちゃんと食べなきゃ」
「プリムごめん、食欲が湧かないんだ。…山っちー、先生が寝坊しちゃ駄目だろー」
麗奈は力なく笑ったかと思うと、マスターに優しく話し掛けた…でもその目は暗く沈んでいる。
お風呂に入ってない所為で艶々していた麗奈の髪は薄汚れている。
それ以前に麗奈の心は崩壊寸前だと思う。
(前は虫扱いがムカついたけど、懐かしく感じる日が来るなんてね…)
僕とマスターと麗奈で賑やかに騒いでいた頃が懐かしい。
「気持ちは分かるけど、今のマスターは高位精霊のサエッタ師匠でも治せないんだから…もし、治せるとしたら神様、それもかなり位の高い神様じゃなきゃ無理なんだよ」
そんな神様に伝手なんかないし、一人の人間を救う為には動いてくれないだろう。
「神様…虫!!ロキって神様なら山っちを助けてくれるかな?」
とうとう妄想まで始まったか…
「ロキ神様と言えば北欧神話に出てくる凄い高位に位置する神様なんだぞ!!ネッシーと同じく噂だけで見た人はいないんだって」
「携帯、山っちの携帯はどこ…確か財津功才って言ってたよね…あった…お願い早く出て」
病室で携帯は禁止なんだけど、今の鬼気迫る麗奈を止める勇気は僕にはない。
「お願いします!!山っちを助けて!!」
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どうも、か弱い一妖精のプリムです。
僕は見た目が良いだけのパンピー妖精…そのパンピーが何故神様と同室にいなきゃいけないんですか?
「師匠、なんとかなるっすか?山田さんを助けれるなら何でもするっす」
そこのブサメン、そんな口を聞いてロキ神様がお怒りになったらどうするつもりなんだ?
「功才君、私を誰だと思ってるんですか?それに今回は何百もの霊が迷っていてヘルがご機嫌斜めなんですよ。きちんと助ける方法を教えて上げます。先ずは関係者を集めてもらえますか?集めるのはこの青年と絆が強く強い力を持つ人達…そうですね功才君がいますから他には五人いれば何とかなりますよ」
良かった…僕は戦力外だ。
「ロキ神様…私は何をすれば良いんですか?力のない私は山っちを助けれないんですか?」
「貴女とそこの妖精さんにはきちんとお仕事がありますよ。妖精さん、もし逃げたらオベロンとティターニアに嫌がらせをしちゃいますよ」
ひでぇ!!神様の癖に妖精王と王女を妖精質にとっりやがった。
「師匠、どこで山田さんを助けるんですか?」
「私の家でやりますから、功才君は神様に捧げる供物を買って来て下さい。ちなみに私の今日の気分は冷し飴と鍋焼うどん、デザートにはお汁粉です」
神様の考える事は分からない…
「それと藤川さん、貴女は臭いからお風呂に入っきて下さい。神様のお家に来るんですからね」
それはマスターが目覚めた時の配慮だと信じたい。
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病室に集まったのは万知様、マスターの師匠のちょい悪氷室、チャラ男八木、サエッタ師匠、女医の柘植…そして騒動を起こした男。
共通しているのは全員の顔が真っ青だって事。
そりゃそうだ、ガチの神様の家にいるんだもん。
「はい、先ずは功才君以外の人は山田さんの頭、両腕、両足に着いて下さい。あっ、藤川さんと妖精さんは山田さんの胸に手を当てて待機して下さいね。それで功才君は騒動を起こした人と戦ってもらいます」
「師匠、どんな手を使っても構わないんすね?」
「ええ、みなさん配置に着きましたね。私がこれから山田さんの心に結界を張ります。なので貴方達は山田さんに気持ちを伝えながら霊力を流して下さい。体の中の霊が消滅したら藤川さんと妖精さんに閉じた山田さんの心を開けてもらいます。そして功才君には騒動の元を断ってもらいます」
今更ながら言いたい…パンピーな妖精ちゃんがいて良いんだろうか?
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最初に霊力を流してくれたのは柘植さん。
「山田君、早く戻って来て。みんなが君を待ってるよ」
柘植さんが優しく微笑む。
次は氷室さん。
「この馬鹿弟子っ!!俺だけじゃなくてめえの女にも心配かけやがって!!たっぷり説教してやるから帰って来い」
氷室さんのサングラスから大粒の涙が溢れ落ちた。
そしてサエッタさん。
「大ちゃん、お姉さんは大ちゃんの結婚式とか子供をあやす事を楽しみにしてるんだからねー。君は何百年も生きた私に暖かさをくれた可愛い弟、早く帰ってきて」
サエッタさんが心から祈ってくれる。
そして八木さん
「山田ー、雪菜もいなくなって…お前までいなくなったら、どうすりゃ良いんだよ?退魔よりダチとしてお前が必要なんだよ」
それは泣きそうな叫び。
最後に茜。
「大君…ううん、お兄ちゃん…お兄ちゃん知ってた?私の初恋はお兄ちゃんなんだよ。それに私の親友を泣かせたなら許さないんだからねっ!!早く帰って来なさい!!」
茜の顔は涙でボロボロだ。
財津さんは例の男と対峙をしている。
「いじけ虫だった俺がこうしていられるのは山田さんのお蔭なんだよ。言っておくけど俺は山田さんみたく優しくないからな」
「知るかっ!!俺に友情ごっこを見せつけやがって!!お前ら全員呪い殺してやる!!来いっ霊達」
組織で尋問をした結果、男は学校に馴染めず引きこもりに…そして独学で霊力を身につけたそうだ。
その男の合図で何百もの霊が呼び出された。
「甘いなっ!!他力本願は俺の得意技なんだよっ!!シールドボール…あっ、ヘルさんっすか?大口のお客を紹介したいんすけど…ええ、魔導師の塔にいます」
そして現れたのは艶っぽい女性。
「全く、大した力もない癖に仕事を増やしてくれて。ほらっ、行くわよ…地獄に」
艶っぽい女の人ヘルさん腕を振ると何百といた霊が虚空に開いた穴に吸い込まれていく。
「帰せっ、僕の仲間をっ」
「なーにが仲間だよっ。契約で無理矢理縛っておいて仲間はないだろうが。仲間の代わりにこれをくれてやるよっ」
財津さんが杖で男を殴りつける。
「山田さんっ!!山田さんは俺の憧れなんすから。頼むっすよ!!」
「マスター、マスターは僕はまだマスターに恩返しができてないんですっ。マスターは僕を落ちこぼれ使い魔にしたいんですか?」
山っち、みんなが山っちの帰りを待っているよ。
「山っち、私が高校を卒業したら弘前に行こっ。今度から小学校でダンスが必須になるんでしょ?私がダンス教室、山っちは先生…山田夫婦で弘前の子供達と勉強しよっ」
少しして山っちの瞼が微かに動いた。




