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退魔師の帰郷、細工は隆々

 弘前の冬は長く厳しい。

 冬の間、全ての生命が眠っているかの様に、弘前には白一色で構成された世界が広がる。

 その長く辛い冬が終わると、待ちかねた様に一斉に木々が芽吹き、色とりどりの花達が咲き誇る。

 弘前の人々も遅い春が来た事を喜び祭りを開く。

 4月下旬から5月上旬の約2週間に弘前公園で開かれる弘前城桜祭。

 弘前公園では2600本のソメイヨシノ等の桜が咲き、日本有数の桜の名所として有名だ。

 その桜を見に大勢の観光客が訪れ、観光客や花見客を目当てに多数の出店が弘前公園に立ち並ぶ。

 皆が笑顔の中、1人の男の子だけが泣いていた。 

 男の子は、出店を見ているうちに一緒に来た兄達とはぐれ迷子になったのだ。

 大人の壁に囲まれた為に、自分がどこにいるかも分からない。

 しかも、男の子は不思議な力を持っている所為で極端な人見知りになっていた。


「大明、こさいたんだな(大明、ここにいたのか)。いがったじゃ(良かった)」

 泣きじゃくる男の子に、少年が優しく話し掛けその頭を撫でる。


「文夫兄ちゃん」


「大明、行くぞ。新幹線文夫号だ」

 文夫少年は、小さい頃の山田を肩車すると公園を走り出す。

 2人の子供を暖かな春風に舞った桜の花びらが包み込んだ。


――――――――――――――――


 私の目の前には、沢山のご馳走が並んでいた。

 お寿司、お刺身、唐揚げ…そして甘納豆が入った甘い赤飯に、栗の甘露煮が入った甘めの茶碗蒸し。

(無理ー。なんで赤飯が甘いの?つうか甘い赤飯でお刺身を食べれる訳ないじゃん)

 でも、山田家の人々は平気で食べていた。


「父さん、刺身に醤油を着けすぎだよ」

 山っちのお父さんは鮪の刺身を醤油に浸してから食べていた…文字通り浸けすぎ。


「これは人の勝手で海から陸に揚げられた鮪を醤油の海に戻してるんだね」

 絶対にあの鮪は醤油の味しかしかいと思う。


「大、何時頃さ行くんだ?」


「飯食ったら、行ってくる。義姉さん、麗奈にスキーウェアを貸してもらえますか?」


「行く時、ねぷたの笛を持っていげ。文夫の奴、お前さ笛教えだ事良ぐ喋ってらはんで届ぐど思うや」

 その時は、なんでスキーウェアって思ったけど畑に着いて納得。


「山っち、ここ歩けるの?」


「俺が踏みしめて行くから後を着いて来い。外れたら埋まるぞ」

 畑は文夫さんの家の裏にあったけど、雪に埋もれていて山っちは歩く度に腰まで沈んでいる。

 畑の中頃まで来ると、低く暗い声が聞こえてきた。


「来るな。アライグマ畑さ来るな。街の人間も畑さ来るな」

 それは哀しい怨みが籠った声。

 真っ白な雪の上には、上半身だけの痩せこけた茶色い人がいる。


「文夫さん、大明です。こさいでも苦しいだけだはんで(ここにいても苦しいだけですから)、わの話ば聞いてけろじゃ(俺の話を聞いて下さい)」


「来るな、畑さ来るな。アライグマも街の人間も畑さ来るな」

 文夫さんだった泥田坊は一瞬だけ、山っちを見た。

 でも直ぐに虚空に目を移し、闇夜を掻き毟る様に手を動かしている。


「文夫さん、文夫さんからしかへでもらった笛を吹くはんでまね所あったらしかへでけろ(文夫さんから教えてもらった笛を吹くから駄目な所があったら教えてちょうだい)」

 真冬の夜空に勇壮な笛の音が響く、でも文夫さんは無反応。


「文夫さん、どんたべ。もう一回やるや」

 でも何回笛を吹いても文夫さんは無反応、山っちの顔がだんだん沈んでいく。


「頼むでゃ(頼むよ)、文夫さん。わ、文夫を消したぐねえんだね(俺、文夫さんを消したくないよ)」


「ねえ、山っち。茜がくれたお札を使ってみたら」

 山っちは頷くとお札を笛に張り付けた。


「文夫さん、戻りやるはんで」

 次に山っちが吹いたのは、先より静かでどこか物悲しい曲。

 文夫さんは泣きながら笛を吹く山っちの頭を優しく撫でると、にっこり笑って闇夜に消えた。


「優しい人だったんだ。桜祭りで迷子になった俺を汗だくになりながら探してくれたし、虐められていた俺を何回も助けてくれたんだ…」

 そこにいたのは何時もの頼りになる山っちじゃなかった。

 そこにいたのは桜祭りで迷子になって泣いている小さな男の子。


「山っち行こ。今度は私が手をひいてあげるよ」

 山っちは私の手を握ると、弱々しく頷いてくれた。


―――――――――――――――


 東京に戻った俺達を出迎えたのは久しぶりに会う後輩と何匹ものアライグマ。


「山田さん、ちーす。細工は隆々っすよ。後は仕上げをご覧じろってね」


「ザコ、アライグマを何に使うんだ?」


「先ずはこのうちの一匹を奴等に保護させるんすよ。それを組織の関係者に取材してもらうんす、思いっきり誉める感じでね」

 そう言うとザコはニヤリと笑った…あれは絶対に碌でもない事を考えている。


「はっ?なんであいつらを誉めなきゃいけないのよ」


「釣り上げるには餌がいるんすよ。そして取材をした人にこれを渡してもらうんす。ちなみに残りのアライグマちゃん達にも首輪を着けておくんす」

 ザコの手に握られているのはド派手なブランド物の首輪。


「ザコ、まさかお前」


「大学生の家の近所に高い盆栽を置いてる家とか高い錦鯉を飼ってる家があるんすよねー。たまたまそこに同じ首輪を着けたアライグマが現れたらどうなるんすかね」

 ザコの考えた作戦はこうだ。

 ザコがグラビティウエポンを掛けたアライグマを大学生に保護させる。(近くに人を配置させて大学生を誉めまくる)

 大学生がネットにアライグマの事を載せた次の日、(載せない時は噂を聞いた事にする)取材に行ってもらい首輪をプレゼント、そしてご近所にも取材をして噂を広める。 

 その夜、プリムにアライグマの檻を開けさせてひとしきり暴れた後にシルードボールで保護、同時に近所の家に他のアライグマを放つ。(この時、暴れた残骸をプリムが回収して大学生の家に置いておく)


「お前、えげつないって言うか、こすいと言うか」


「まだあるっすよ。大学生のリーダーにはお望み通りネットで有名人になってもらうっすよ、これでね」

 ザコの手には真っ赤なシルードボールが置かれていた。


―――――――――――――――


 その夜、アライグマ騒動から解放された大学生の元に行方不明のアライグマが帰ってきた。

 大学生がアライグマを捕まえようとした瞬間、物陰から血糊が詰められたシルードボールが転がる。


「グラビティウエポン&マジックキャンセル」

 突然、重くなった大学生の手がアライグマに当たった瞬間、辺りは血の海に変わった。


「後はこれを動画投稿サイトにアップすればオッケーっす。後、大学生の親戚や知人で食品や農業に携わっている人達の会社に大学生の活動を送っておいたっすよ。安心してください、ちゃんと複数の国を経由してから送る手筈をとったっすから」

 数ヶ月後、大学生の何人かは別人の様に痩せこけていた。



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