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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

繰り返す誕生日

作者: 千嶋桂華

彼女の恐怖を、幾度見たことだろう。

彼女の絶望を、幾度見たことだろう。


僕らは一体、死を幾度見たんだろう。





10月3日、午前6時半。

俺は“いつも通り”起きる。

「あれ、お兄ちゃん今日は早いねー」

「いつも7時半くらいになって起きるのにねー」

双子の妹が姦しく話しかけてくるのを適当にかわして

階下のリビングへと向かう。

「あらマサヨシ、今日は早いのね。」

何か特別な日だったかしら?と首をかしげる母に対して

俺はただ、たまたまだよ。と答え席についた。


この会話は、一体何度目だろう。


『あー!分かったー!』

綺麗な二重奏デュエットで甲高い声を上げた妹たちは

目玉焼きを食す俺の顔をにやにやと覗きながら言った。

『今日はマリ姉ちゃんの誕生日だよー!』

ご名答。

「あらマリちゃんの誕生日?そういえばそうねぇ」

母さんはカレンダーを見て驚くように言った。

これまで忘れることなんて無かったのに、

やはり俺とマリの高校が別々なことが原因だろうか。

「母さん、別に何もしなくていいからね。」

母さんはマリの誕生日となると、実の息子の誕生日以上にはりきる。

一々よそ様の娘さんのためにケーキ焼くとかしなくていいって。

「えー!お兄ちゃんが決めることじゃないでしょー」

「お兄ちゃんひどーい。」

別にお前らが決めるわけでもないだろ。

そう諭して食パンの残りを詰め込んで、はいおしまい。


いつも通りの“10月3日の会話”

俺の幼馴染、マリの誕生日の会話


この会話は、一体何度目だろう。




「いってきます。」

『いってらっしゃーい』

「気をつけるのよ。」

自転車に乗って学校へ向かう。

途中マリの家の前を通る。


「あ、マサヨシ。」


家から出てきた彼女。

少し茶色がかったくせっ毛を二つにまとめ

色気のいの字も無いような長いスカートをはいている

その、平凡そのものの少女。


「マリ、おはよう。」


俺は軽く挨拶をして、自転車から降りた。

「今日は一緒に行こう。」

「え?」

幼稚園から中学校までずっと同じ学校だった俺たちは

俺の学力不足か、はたまたマリの熱心さによってか

今はそれぞれ違うレベルの高校に通っている。

「一緒って・・・私電車だよ?」

「だから、駅まで一緒に行こう。」

「マサヨシの学校、駅と方角違うじゃない。」

不審そうに尋ねるマリに少し笑いながら

別にいいじゃないか、と駅に向かう道を行った。

「一緒に居たいんだ。」

ほんのり染まったマリの頬を見ながら

俺は何度彼女を絶望させてしまうのかと思った。



車の走る通りを避け

崩れそうなブロック塀の小道を避け

変電機のある道を避け

あの男の居る通学路を避け

「・・・ねえマサヨシ、遠回りしてない?」

「別に。危ない道を避けてるだけさ。」

そう、危ないルートを避けているだけ。

今までの経験から、最も安全なルートを通る。


だが


「うああぁぁあぁあぁああぁあぁああぁぁあああ!!!!」

涎を撒き散らしながら俺達に向かってくる男。

その手には古い黒いと真新しい赤い染みがついた包丁が握られている。


ああ、この男に遭うのは6度目だ。

せっかくこいつに遭わない道を選んだというのに。


「きゃあああああああ!!!!!」

俺の後ろでマリが、男に絶叫する。

男は一直線にマリに向けて包丁を突き出す。

が、俺の自転車がそれを阻む。

男はそのときようやく俺の存在に気づいたようで

今度はこちらに向けてその包丁を向ける


ぱぁん...

 ぱぁん...


男の動きが止まる。

今までに無いパターンに動揺して音のしたほうを見ると

そこには明らかに新米といった風の警察官二人が

何かやり遂げたかのような顔で立っていた。

「大丈夫か少年!」

「もう安心だぞ!」

殺人鬼を仕留めた快感に酔っている二人の警察官は

やがて俺の見ている足元の光景を認識した。


倒れ付した男の体に残る銃創は一つ。

もう喋らないマリ、動けない俺


視線を追って下を見ためがねの方の警察官の顔色が、

一気に白色になる。

ほぼ同時に下を見た髭の方の警察官は

何が起きているか分からないといった風に脈を取った。


無駄だ。

もう脈は止まりかけている。


マリの涙が見える。

やめてくれ。泣かないでくれ。


俺の視界が歪んでいき、世界がだんだん暗くなる。

遠くなっていく彼らのうろたえる姿と足元のマリを見ながら

俺はそっと目を閉じた。







 10月3日、午前6時半。

 俺は“いつも通り”起きる。

 「あれ、お兄ちゃん今日は早いねー」

 「いつも7時半くらいになって起きるのにねー」

 双子の妹が姦しく話しかけてくるのを適当にかわして

 階下のリビングへと向かう。

 「あらマサヨシ、今日は早いのね。」

 何か特別な日だったかしら?と首をかしげる母に対して

 俺はただ、たまたまだよ。と答え席についた。

 『あー!分かったー!』

 綺麗な二重奏デュエットで甲高い声を上げた妹たちは

 目玉焼きを食す俺の顔をにやにやと覗きながら言った。

 『今日はマリ姉ちゃんの誕生日だよー!』

 ご名答。

 「あらマリちゃんの誕生日?そういえばそうねぇ」

 母さんはカレンダーを見て驚くように言った。

 これまで忘れることなんて無かったのに、

 やはり俺とマリの高校が別々なことが原因だろうか。

 「母さん、別に何もしなくていいからね。」

 母さんはマリの誕生日となると、実の息子の誕生日以上にはりきる。

 一々よそ様の娘さんのためにケーキ焼くとかしなくていいって。

 「えー!お兄ちゃんが決めることじゃないでしょー」

 「お兄ちゃんひどーい。」

 別にお前らが決めるわけでもないだろ。

 そう諭して食パンの残りを詰め込んで、はいおしまい。


嗚呼、俺達はこの会話を幾度繰り返したのだろう。



“いつも通り”マリの家の前を通り

マリと共に学校へ向かう。

今回は遠回りをせずマリのいつも行く道を歩いた。


「危ないっ!」

上を見上げると、すぐ隣の現場のクレーン車。

倒れてきている。

「マリ!」

咄嗟に叫び、振り向いた俺の視界に広がるのは

異常なまでゆっくり倒れるクレーン車と

それにも勝る怠慢さで下敷きになるだろう子供へ駆け寄るマリ。


馬鹿、今回は止まってなきゃいけなかったんだよ。


“いつも”より遅い速度で歩いた俺達は

既に4度目のクレーン車の事故を

ただ、立っているだけで回避できるはずだった。


ぐしゃ、という効果音は無かった。

ただ金属がコンクリートにあたる轟音が

俺の聴覚を奪っただけだった。


伸ばした手に伝わるマリの体温を感じながら

視界が歪む、世界が消える。

まただ、また・・・・。




10月3日の午前6時半。

俺は誰にも起きたことを知らせず、そっと家を抜けた。

あるものを持って。


「あ、マサヨシ。」

「マリ、おはよう。」

制服姿のマリと、私服の俺。

教科書を詰めたカバンのマリと、小さなバッグの俺。

「今日は学校無いの?」

「ああ、用事があってな。」

そう言って、マリの手を握る。

「何?」

「ちょっと、寄り道しよう。」


マリの家から歩いて5分足らずで着く公園は

時間のせいもあって、見事に誰も居ない。

「?どうしたの。」

「実は―――」

刹那、マリの頭上に植木鉢が降ってきた。

俺は握っていたマリの手を引いてそれを避ける。

乾いた音を立てて砕ける植木鉢。

マリの瞳が大きく見開かれ、恐怖に染まるのを見て

決意した。

「な、なにこれ!」

「マリ。聞いてくれ」

「なんでこんなものが降ってくるの!?」

「マリ、」

「周りにマンションなんて無いのに!」

「マリ!」

俺の声に驚いたマリがこちらを向いたとき

落ち着かせるように俺はマリの額にキスをした。

「マリ、落ち着け。」

何が何だか分からないという顔をするマリに苦笑しながら

俺はそっとバッグの中からそれを取り出す。

「もう、泣かなくていいから。」

微笑んでマリの唇に俺の唇を重ねる。

驚き堅くなったマリの体を抱きしめ、俺は


俺は



俺はマリのその心臓に、ナイフをつきたてた。




崩れ落ちるマリ。

痛みは無いようにしたつもりだったが、即死ではなかったようで

俺のことを信じられないという顔で見ていた。


「ごめんな。」

でもこれで、運命は変えられるはずだから。

もう二度と、マリは絶望することはないから。


マリを刺したときに、俺が負った傷から

だらだらと血が流れていく。

それはマリのそれと交わり大きな川へ――――






10月3日の午前6時半

俺は、いつも通り起きてしまった。

イレギュラーを挟んでも変わらなかった運命

巻き戻されてしまった時間

俺の手と目にマリの死に際を焼き付けるだけ焼き付けて

世界は何事も無かったかのように今日を繰り返す。


耐え切れず家を飛び出した俺は

マリの家へと向かった。


彼女は“いつも通り”そこから出てくるのか

それとも二度と出てこないのか

俺はどちらを望み、どちらを恐れたのだろう。


俺が通りの曲がり角を抜け、マリの家の前に着いたとき

マリは、そこに立っていた。

「あ、マサヨシ。」

“いつも通り”のマリの言葉。

でも俺は、彼女に「マリ、おはよう」と言ってやれなかった。


「ごめんね。」


彼女は手に持ったナイフを俺に突きたてた。

それは俺が彼女に刺したナイフと全く同じもので

マリの瞳には涙が溜まり、俺に言う言葉は謝罪のみ。


「何回も何回も、ごめんね。」


なんだ、マリ。

お前全部覚えてたのか。


「ごめんね、ごめんね。」


何を謝っているんだろう。

俺はただマリに死んで欲しくなくて、傍にいてほしくて。


「私と一緒にいなければ、そうすれば。

 マサヨシは生きることが出来たのに。」





違う、違うよマリ。

俺達は“二人とも”今日死ぬはずなんだよ。

二人とも、別々の場所で。


俺は最後の瞬間、お前と一緒に居たかった。

出来れば二人で生きたかった。

お前に誕生日プレゼントを買ってやりたかった。

お前の笑顔が見たかった。


それなのに


何度やっても、幾度繰り返しても

マリは俺の姿をみて泣くから

だから、


「マリ、屈んで。」


涙でぐしゃぐしゃなマリが、俺の傍にやってくる。

その唇に口付けて、俺はようやく気がついた。

そうだ、言わなきゃ


「マリ、誕生日おめでとう。」


微笑んでそういうと、俺の意識は闇におちた。


「何よ、今更」


マリが、泣きながら笑っていた気がした。









時間が巻き戻ることは、もう無かった。




――――――――――

私達が最初に見た10月3日をn回目とすると


n回目→マサヨシが撃たれて死亡

n+1回目→二人揃ってクレーン車にべしゃ

n+2回目→マサヨシがマミを刺殺

n+3回目→マミがマサヨシを刺殺


最初マサヨシだけが生きて、マリを生かそうとしてるのかと思えば

実は二人とも何回も死んでるんですよね。

n回目のとき足元にマリがいるから、マリが死んだんじゃないかって?

いいえ倒れたマサヨシの足元にマリが立ってるだけです←

n+1回目のときは、マサヨシは咄嗟にマリの傍へ行っちゃいました。

体温が感じられるほど近くへ


永遠に無限ループでもよかったのですが、後味悪いんで

マサヨシが願いを叶えることでループの魔法が切れるようにしました。

願いはマリに誕生日おめでとうと言う事。

マリに笑ってもらうこと。


気が向けば1回目のループの話でも書きましょうかね。



追記:家に篭っていれば良いのでは?

いいえ、家に篭っていたら強盗がやってきます。

撃退したつもりでも仲間に殺されます。

家に誰も入れないようバリケードを作っても

母親の作った料理によって食中毒で死にます。

食べなくともバリケードによって家が倒壊して死にます。


どうあがいてもどちらかが死んで、

どちらかが死ぬともう片方もループしますよ~(鬼畜

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