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第一話 剛腕王バルガ・グレイン

AIの可能性を確かめたくて描いてみただけなので続ける気はないので注意

――英雄殺しの第一刃――


悪の魔王に支配された世界は、女神が異界より召喚した六人の戦士によって救われた。


六人の英雄。

六つの恩寵。

六つの王座。


人々は彼らを讃え、畏れ、こう呼んだ。


――六天理外王。


魔王は討たれた。魔王の国は六つに裂かれ、英雄たちはそれぞれの地に座した。


道は敷かれた。飢えは減った。盗賊は吊るされた。市場には歌が戻り、子どもたちは英雄の名を覚え、女神の紋章に祈りを捧げた。


世界は平和になった。


血の上に。



第一話 剛腕王バルガ・グレイン


その日、アイリはまた負けた。


秋祭りを控えたリーヴェ村の広場には、麦と焼き栗の匂いが混じっていた。壊れた井戸の縁に子どもたちが並び、二人の木剣試合を囃し立てている。


一人は、村で一番背の低い少年だった。


もう一人は、村で一番剣がうまい女だった。


勝ったのは、少年の方だった。


「まいった」


アイリは大げさに尻餅をつき、木剣を放った。


歓声が弾ける。勝った少年はしばらく口を開けていたが、やがて顔を真っ赤にして木剣を掲げた。


「勝った! 俺、アイリ姉ちゃんに勝った!」


「うん。強かった。最後の一撃なんて、少しだけカイルよりまし」


広場の端で薪を割っていたカイルは、斧を持ったまま顔を上げた。


「おい」


「ほら、怒った。図星だから」


「俺は子どもに負けたりしない」


「それが駄目なの。子どもにはたまに勝たせないと、剣を嫌いになる」


アイリは立ち上がり、木剣についた土を払った。


「剣ってさ、最初は楽しいものでいいんだよ。勝てた。届いた。守れた。そういう思い出が一つあれば、人は意外と折れない」


カイルは答えなかった。


アイリはいつもそうだった。何でもない顔で、人の奥に手を入れる。痛いところを探すのではなく、そこに残っているものを拾い上げるみたいに。


「カイル」


「何だ」


「今の、覚えといて」


「何を」


「折れない理由は、先に拾っておくの。折れそうになってから探しても、だいたい間に合わないから」


そのとき、村の鐘が鳴った。


一度。


二度。


三度。


祭りの合図ではなかった。


森の向こうに白い旗が見えた。女神の紋章。六天理外王の軍旗。


その先頭に、山のような男が歩いていた。


リーヴェ村は、その日の夕方に地図から消えた。


理由は一つ。


魔族の残党を匿った疑い。


村にいたのは、角の片方が折れた亜人の子どもだけだった。言葉も通じず、納屋の藁にくるまって震えていた、小さな命だった。


村は彼を隠した。


英雄は村を潰した。


老人も、子どもも、家畜も、井戸も。


逃げる者は背中を砕かれた。庇う者は腕ごと潰された。祈る者は、祈った姿勢のまま踏み抜かれた。


カイルは井戸の底にいた。


落ちたのではない。アイリに突き落とされたのだ。


「息を止めて。絶対に出てこないで」


そう言った彼女の顔を、カイルは今でも覚えている。


笑っていた。


いつもと同じように。


井戸の上で骨が折れた。肉が潰れた。名前を呼ぶ声がした。やがて全部、火の音に変わった。


カイルは出ていかなかった。


出ていけなかった。


翌朝、井戸から這い上がった彼の前で、リーヴェ村は灰になっていた。


広場に木剣が一本落ちていた。


アイリのものではない。昨日、彼女に勝った少年のものだった。


カイルはそれを拾った。


その近くに、アイリはいなかった。


死体も、細剣も、笑い声もなかった。ただ、井戸の縁に焼けた布切れだけが引っかかっていた。


赤かったはずのそれを、カイルは震える手で握り潰した。


その日から、彼は拾い続けている。


折れた剣。

焼けた布。

名を呼べなくなった者たちの残骸。

そして、殺す理由。


五年たっても、まだ足りなかった。


     *


魔王城は、もう城ではなかった。


黒曜石の尖塔は半ばから折れ、空へ伸びるはずだった黒い牙は大地に突き刺さっている。魔族の旗が翻っていた城壁には、女神の紋章と、異界より来た英雄たちの名が深く刻まれていた。


その門の前で、五人は足を止めた。


黒衣の青年、カイル。

片目を布で覆った弓使い、ミラ。

大剣を担ぐ寡黙な男、ロウ。

白銀の短杖を握る治癒術師、セナ。

そして、欠けた細剣を腰に下げた女剣士、アイリ。


五年前、カイルは彼女が死んだと思っていた。


井戸の上で聞いた骨の音は、たしかに彼女のものだった。だが三日後、村はずれの獣道でアイリは見つかった。片腕は砕け、胸には拳ほどの穴が開き、それでも息をしていた。


目を覚ましたとき、アイリは最初に言った。


――ちゃんと拾った?


カイルはそれ以来、彼女の笑顔が嫌いになった。


嫌いでいなければ、足が止まるからだ。


風が吹いた。


焼けた石の匂いがする。


セナが小さく鼻を押さえた。


「この匂い、嫌い」


誰も答えなかった。


五年前、同じ匂いがリーヴェ村を満たしていた。


あの子は魔族ではなかった。ただ角があった。ただ泣いていた。ただ生き延びようとしていた。


それだけで、村は焼かれた。


「カイル」


アイリが呼んだ。


彼女は細剣の柄に、色褪せた布を巻いていた。赤かったはずの布は、今では錆びた茶色になっている。


「もし私が死んだら、これだけ拾って」


「死ぬ前提で話すな」


「じゃあ、なくしたら拾って」


「自分で拾え」


アイリは笑った。


その笑い方だけは、昔と変わらなかった。リーヴェ村の広場で、子ども相手に木剣を振っていた頃と同じ。自分より小さい者にわざと負けて、得意げに笑わせていた頃と同じ。


「アイリ」


セナが顔を上げた。


「約束して。あれは使わないって」


アイリの指が止まる。


一瞬だけ、風の音が大きくなった。


「何の話?」


「とぼけないで」


セナの声は震えていた。


「魂滅突。あれだけは駄目。命じゃなくて、魂の形を刃にする術よ。使ったら、治せない。祈れない。墓も作れない」


アイリは少し困ったように笑った。


「セナは医者みたいなことを言うね」


「私は治癒術師」


「似たようなものじゃない」


「全然違う」


沈黙が落ちた。


アイリは巻き終えた柄を軽く叩いた。


「じゃあ、使わずに済むようにして」


「……何それ」


「私があれを使う前に、あんたたちがバルガを殺して」


セナは唇を噛んだ。


ミラが弓を握り直す。ロウが大剣の背で肩を叩く。カイルは崩れた門の奥を見た。


そこにいる。


五年かけて探した。五年かけて殺し方を組んだ。五年かけて、自分たちが正義ではないことを認めた。


カイルの腰には、短剣があった。


刃には黒い文字が刻まれている。


魔王文字。


かつて世界の敵と呼ばれた者たちが遺した、神殺しの術式。


カイルはその文字を、殺された魔族の墓から盗んだ。残党と取引し、毒を飲まされ、嘘をつかれ、何度も殺されかけた。それでも手に入れた。


理由は単純だった。


英雄を殺せるなら、悪魔にだって頭を下げる。


「行くぞ」


カイルが言った。


誰も返事をしなかった。


返事の代わりに、五人は歩き出した。


     *


玉座の間は、半分ほど崩れていた。


かつて魔王が座っていた玉座は砕かれ、その残骸の上に女神の紋章が刻まれている。黒曜石の床にはいくつもの亀裂が走り、天井から細い光が差し込んでいた。


その中心で、一人の男が膝をついていた。


“剛腕王”バルガ・グレイン。


六天理外王が一柱。


かつて魔王城の城門を素手で引き剥がし、千の魔族を殴り殺したと謳われる英雄。


山のような体だった。岩盤めいた肩。鉄柱のような首。人の胴ほどもある腕。


その英雄が、今は瓦礫の上に膝をつき、全身から血を流している。


五人で、ここまで削った。


眠らせた。焼いた。落とし穴へ叩き込んだ。毒を打ち、魔王文字の杭を肉に埋め、逃げ道を一つずつ潰した。


正面から勝てる相手ではない。


だから、卑怯な手をすべて使った。


カイルは短剣を抜いた。


「バルガ」


声は、自分で思ったより低かった。


「リーヴェ村を覚えているか」


バルガは顔を上げた。


折れた歯の隙間から、赤黒い血がこぼれる。


「村?」


彼は少し考えた。


そして、笑った。


「覚えていないな」


空気が冷えた。


セナの指が杖に食い込む。ミラの弓弦が軋む。ロウの目が細くなる。


アイリだけが、静かに息を吐いた。


「そう」


彼女は言った。


「覚えてないんだ」


「名は忘れた」


バルガは血を吐き捨てる。


「だが、立っていた奴らは覚えている」


カイルの眉がわずかに動いた。


「鍬を持った老人。石を投げた子ども。燃える納屋の前で、妹を背に隠した女。井戸の前で剣を構えた小娘。どいつも弱かった。震えていた。泣いていた」


バルガは、そこで少しだけ目を細めた。


「だが、逃げなかった」


アイリの笑みが消えた。


「だから殺した」


「黙れ」


「戦士としてな」


侮辱だった。


それでも、その声には奇妙な敬意が混じっていた。


バルガ・グレインという男にとって、人間の価値は二つしかない。


前に出る者か。

退く者か。


前に出る者は殺す。退く者は踏む。


それが彼の秩序だった。


カイルは短剣を構える。


「お前はここで死ぬ」


バルガは、ゆっくりと息を吸った。


玉座の間に、低い呼吸音だけが響く。


その数秒間、誰も動かなかった。


バルガは笑っていなかった。カイルも怒鳴らなかった。セナも泣かなかった。


ただ、五年前の灰の匂いだけが、そこに戻ってきた。


やがてバルガが言った。


「見事だ」


彼の背中に、赤黒い紋様が浮かび上がる。


女神の祝福印。


英雄にのみ刻まれる、理の外なる力の証。


「五人で俺を削り、罠を重ね、肉を裂き、骨を折り、ここまで追い詰めた。復讐者にしておくには惜しい」


カイルの背筋に冷たいものが走った。


バルガが立ち上がる。


膨れ上がる筋肉。黒く固まる血。内側から軋みながら繋がる骨。


その姿は、英雄ではなかった。


戦場そのものだった。


「第二恩寵、解放」


赤黒い光が玉座の間を満たす。


バルガの体を、極彩の装甲が着物のように覆った。


万空婆娑羅(ばんからばさら)


彼は拳を握る。


空気が震えた。


「ここから先は殺し合いじゃあねえ」


バルガは獰猛に笑った。


「ガキの喧嘩よ」


最初に動いたのはアイリだった。


細剣が走る。


狙いは左目。英雄の巨体であっても、視界を奪えば殺し口はできる。


だが、届かなかった。


バルガの拳が下から跳ね上がる。


細剣が砕けた。アイリの腕が折れた。彼女の体が真上へ弾き飛ばされる。


天井にめり込み、黒曜石が蜘蛛の巣状に割れた


血だけが、天井から落ちてくる。


「アイリ!」


セナが叫ぶ。


返事はない。


バルガは天井を見上げた。


「悪くない踏み込みだった」


慰めではない。悼みでもない。


敵の技量を測っただけの声だった。


「だが、軽い。殺意はよかったが、命の乗せ方が甘い」


バルガは首を鳴らす。


「次」


ミラの矢が三本放たれた。


一射目は喉。二射目は膝。三射目は右目。


バルガは喉の矢を歯で噛み砕いた。膝の矢を筋肉でへし折った。右目を狙った矢だけが、頬を裂いた。


「惜しい」


彼は足元の瓦礫を掴む。


投げた。


石塊というより砲弾だった。


ミラは避けきれない。


ロウが割り込んだ。


大剣を盾にする。


轟音。


大剣が半ばから折れ、石塊がロウの肩に直撃した。


それでもロウは倒れなかった。


「……俺の村じゃ、客に石を投げるのは失礼って習ったぞ」


血を吐きながら、ロウが笑う。


バルガも笑った。


「丈夫だな、お前」


「取り柄でね」


「なら、折りがいがある」


バルガが突進する。


ロウも前に出た。


二つの巨体がぶつかった。


肉が潰れ、骨が軋み、鎧が歪む。ロウは折れた大剣を捨て、残った刃をバルガの脇腹へ突き立てた。


浅い。


だが、抜かない。


「カイル!」


ロウが吠えた。


合図だった。


カイルが走る。


バルガの視線が動く。


その瞬間、ミラの矢がバルガの耳を貫いた。


初めて、バルガの顔が歪む。


だが次の瞬間、彼はロウの顔面を掴んだ。


「邪魔だ」


ロウの体が床に叩きつけられる。


一度。


二度。


三度。


石床が割れ、血が散る。


それでもロウは、脇腹の刃を離さない。


「……重い、な」


潰れた声でロウが言う。


「英雄様の拳は」


「黙れ」


バルガが足を上げる。


ロウの頭を踏み砕く気だった。


透明な壁が割り込んだ。


セナの結界。


一瞬だけ、バルガの足を止める。


本当に一瞬だけだった。


結界が砕ける。


セナの鼻と口から血が噴き出した。


「叫ばないで!」


セナは杖を握り締める。


目の焦点は合っていない。立っているだけで限界だった。


「治してる暇なんかない……! 止めるから、殺して!」


彼女が使っているのは治癒魔法ではなかった。


延命魔法。


砕けた骨を、裂けた筋を、潰れかけた臓腑を、治すのではなく、ただ動く形に縫い留める術。


明日の命を削って、今この瞬間の一歩を買う魔法。


白い杖が赤く染まる。


魔力ではなく、血で。


バルガは低く笑った。


「そういう顔だ」


その声には歓喜があった。


「そういう顔をする奴だけが、戦場に残る」


カイルは短剣を握り直した。


刃は短い。英雄を殺すには、あまりに頼りない。


だが、この刃を心臓に届かせれば、バルガの恩寵を喰える。


分かっている。


分かっているのに、届かない。


バルガは強かった。


ゲスで、暴君で、人の命を虫のように踏み潰す男だった。


だが、その拳に嘘はなかった。


戦場で積み上げた暴力。死体の山の上に座っても、なお鍛え続けた肉体。女神の恩寵に甘えきっただけの英雄ではない。


怪物だった。


「来い、カイル」


バルガが言った。


彼はカイルの名を呼んだ。


「お前が一番よく残っている。なら、お前から砕く」


バルガが踏み込む。


床が割れた。


拳が来る。


避けられない。


カイルは短剣を構えた。


相打ち。


そう思った。


だが、バルガの方が速い。


拳が腹に入る。


肺の空気が消えた。


カイルの体が宙に浮く。短剣が手からこぼれかける。


落とすな。


彼は指を噛むように刃を握った。


拾ったものを、もう落とすな。


バルガは空中のカイルの頭を掴む。


「終わりだ」


その声に侮りはなかった。


「胸を張れ。お前たちは俺をここまで削った」


そのとき。


天井が鳴った。


ぴしり、と。


バルガが目だけを上げる。


黒曜石の天井。そこにめり込んでいたアイリの指が、動いていた。


「……まさか」


バルガが笑った。


「まだ来るか」


天井の亀裂が広がる。


アイリの体が、ゆっくりと剥がれ落ちる。


落下する。


頭からではない。


剣先から。


彼女の手には、折れた細剣の柄だけが握られていた。刃はもうない。


代わりに、彼女自身の血が刃の形をしていた。


赤黒い血の剣。


その表面を、魔王文字が這っている。


セナの顔から血の気が引いた。


「アイリ、駄目!」


アイリは落ちながら、笑った。


指先が崩れていた。


肉が裂けているのではない。輪郭そのものが、世界から削れていく。


治癒光は届かない。血も、髪も、祈りが触れる前に消えていく。


それでも彼女は笑っていた。


カイルは、その笑顔を知っていた。


子どもに負けたときの顔。井戸の前で、自分を突き落としたときの顔。折れない理由を先に拾っておけと、そう言ったときの顔。


唇だけが動く。


――ごめん。


次に、アイリはカイルを見た。


――拾って。


バルガはカイルを投げ捨てた。


両腕を交差させ、アイリを迎え撃つ。


「いい」


バルガの顔に、獰猛な笑みが浮かんだ。


「それでいい。命を惜しむな。殺し合いとは、そういうものだ!」


アイリの血の剣が、バルガの腕に突き刺さる。


止まらない。


筋肉を裂く。骨を割る。祝福印を貫く。


バルガの巨体が沈んだ。


「ぐ、おおおおおッ!」


初めて、バルガが絶叫した。


アイリの体がほどけていく。


炎ではない。光でもない。


存在が一撃へ変わっていく。


「カイル!」


アイリが叫んだ。


それが、彼女の最後の声だった。


「今!」


カイルは床を転がり、短剣を拾った。


体は動かない。肺は潰れ、肩は砕け、片目は血で見えない。


それでも立った。


アイリが作った隙だった。


命ではない。


命より先のものまで燃やして作った道だった。


立たない理由など、どこにもなかった。


「ロウ!」


「応ッ!」


ロウが咆哮し、折れた腕でバルガの膝に組みついた。


「ミラ!」


「見えてる!」


ミラは最後の一本を放った。


矢ではない。折れた矢柄に、自分の髪と血を巻きつけただけの即席の杭。


それがバルガの片目に突き立つ。


「セナ!」


「もう、やってる!」


セナが杖を床に突き立てる。


治癒ではない。


祝福の逆流を押さえ込む結界。


バルガの体内で暴れる女神の恩寵を、一瞬だけ縛る。


アイリの血の剣が砕けた。


彼女の体も、同時に崩れ始める。


バルガが腕を振り上げる。


「まだだ!」


彼は吠えた。


血まみれの顔で笑っていた。


「まだ俺はここにいるぞ、復讐者ども!」


「ああ」


カイルが懐へ入る。


「だから殺す」


短剣が、バルガの胸に突き立った。


今度は浅くない。


アイリが祝福印を割った。ロウが膝を止めた。ミラが視界を奪った。セナが恩寵を縛った。


全員の死に損ないが、一本の刃を心臓へ届かせた。


「魔王遺式――恩寵喰い」


黒い炎が爆ぜた。


バルガの祝福印が悲鳴を上げる。


膨れ上がった筋肉が萎み、黒く固まった血の鎧が剥がれ落ちる。女神の恩寵が、心臓から引き剥がされていく。


「……なるほど」


バルガは呻いた。


恐怖ではなかった。


理解だった。


「俺の力を殺す術か」


カイルは刃を押し込む。


「お前はここで終わりだ」


「ああ」


バルガは笑った。


「見事だ」


最後の力で、バルガの拳がカイルの腹にめり込む。


カイルは血を吐いた。


だが、離さなかった。


短剣をさらに押し込む。


バルガは、崩れゆくアイリを見た。


もう彼女の顔は半分も残っていない。血の剣も、腕も、名前を呼べる形さえ薄れていく。


それでも、彼女は笑っていた。


バルガは低く言った。


「お前は、見事だった」


アイリの唇が最後に動いた。


――当然。


その瞬間、彼女は消えた。


灰も残らなかった。光も昇らなかった。女神の空へ還る魂すら、そこにはなかった。


ただ、バルガの胸に開いた傷だけが、彼女がいた証だった。


バルガは息を吐いた。


「俺は村を焼いた。女子どもも殺した。奪い、踏み、笑った。地獄に落ちるなら当然だ」


祝福印が砕けていく。


「だが、覚えておけ」


カイルは睨み返した。


「復讐を恥じるな。殺意を飾るな。お前らは正義じゃない」


バルガの声は、死にかけてなお揺らがなかった。


「俺と同じ、殺す側だ。そう呼ばれる場所に立ったら、もう戻れんぞ」


カイルは何も言わなかった。


刃をひねる。


バルガは笑った。


心底、愉快そうに。


「ようこそ、戦場へ」


黒い炎が心臓を喰った。


剛腕王バルガ・グレイン。


六天理外王の一柱。


その体から女神の恩寵が剥がれ、灰になって散った。


巨体が倒れる。


今度こそ、動かなかった。


誰も勝鬨を上げなかった。

誰も笑わなかった。

誰も勝たなかった。


ただ、敵だけが死んだ。


そして、仲間が一人。


死ぬことすら許されずに、消えた。


セナは膝から崩れ落ちた。


「嘘つき」


誰に向けた言葉なのか、分からなかった。


アイリか。

自分か。

女神か。


治癒魔法の光が、彼女の手のひらで虚しく揺れている。


治す相手はもういない。


ミラは弓を握ったまま、顔を伏せていた。ロウは瓦礫に片腕をつき、立ち上がろうとして失敗した。


カイルは血の中に膝をついた。


アイリがいた場所には、何も残っていなかった。


折れた細剣も。

血の跡も。

魂の気配も。


ただ、床に落ちた柄だけが残っていた。


色褪せた布の巻かれた、古い柄。


カイルは震える手でそれを拾った。


広場に落ちていた木剣を拾った日を思い出した。焼けた布を拾った日を思い出した。殺す理由ばかり拾ってきた五年間を思い出した。


そして今、また一つ拾った。


「……拾えって言っただろ」


返事はない。


彼はその柄を、自分の短剣の鞘に結びつけた。


リーヴェ村の布が、血に濡れて揺れる。


「一人目だ」


喉の奥から、血と一緒に言葉が出た。


ミラが顔を上げる。ロウが歯を食いしばる。セナが涙を拭わず、杖を握り直す。


カイルは崩れた魔王城の天井を見上げた。


黒曜石の割れ目。


その向こうに、薄雲が流れている。


かつて女神が英雄を降ろしたという空の裂け目が、まだ淡く残っていた。


「六天理外王を」


カイルは言った。


「一人残らず殺す」


     *


同じ頃。


旧魔王領の中央、白亜の円卓宮。


白い大理石。金の柱。女神像。そして、六つの王座。


そのうち一つが、音もなく砕けた。


円卓に沈黙が落ちる。


「バルガが死んだ?」


金糸のローブをまとった青年が、退屈そうに頬杖をついた。


名をリューゼン。


万象を解いた賢者の王。


「嘘でしょ。あの筋肉だるま、耐久だけなら私たちの中でも上位だったじゃない」


聖女の姿をした女が、笑みを浮かべたまま目だけを細める。白い指先には、乾いた血の色をした宝石が嵌められていた。


「殺したのは魔族か?」


竜の鱗を鎧にした男が問う。


「違う」


部屋の隅で、少年のような王が指を鳴らした。


空中に映像が浮かぶ。


瓦礫の城。倒れたバルガ。血まみれの復讐者たち。黒衣の青年。


「人間だ。しかも、魔王の遺産を使ってる」


「へえ」


リューゼンが少しだけ身を起こした。


「まだ残ってたんだ。そういう面倒なの」


聖女が唇に指を当てる。


「どうする? 放っておくと民が不安がるわ。せっかく平和にしてあげたのに」


竜鱗の男が鼻で笑った。


「平和。我々の支配をそう呼ぶならな」


「珍しいな」


リューゼンが言った。


「君がバルガを惜しむとは思わなかった」


竜鱗の男は砕けた王座を見た。


「惜しんではいない。だが、奴は前線に立つ王だった。少なくとも、椅子の上で民を数えるだけの王よりはましだ」


聖女の笑みが深くなる。


「それ、私に言ってる?」


「聞こえたなら、そうだろう」


空気がわずかに刺さった。


その奥。


最後の席に座る女が、ゆっくり目を開けた。


その瞬間、全員が黙る。


彼女の背後には、六枚の白い翼。


女神の代行者を名乗る王。


六天理外王の筆頭。


「警戒しなさい」


その声は穏やかだった。


穏やかすぎて、冷たかった。


「彼らは英雄を殺せる」


円卓に、重い空気が満ちる。


女は砕けた椅子を見つめ、微笑んだ。


「剛腕王バルガ・グレイン。愚かで、粗暴で、救いようのない、そして救われる気もない男でした」


誰も否定しなかった。


「ですが、弱くはありませんでした」


砕けた王座の破片が、白い炎に包まれて宙へ浮く。


空中の映像の中で、黒衣の青年が空を睨んでいた。


まるで、この場所まで見えているかのように。


「復讐者カイル」


女はその名を口にした。


「あなたたちの物語は、ここで終わらせます」


砕けた椅子の破片が、白い炎に包まれて消えた。


魔王なき世界に、再び戦火が灯る。


ただし今度の敵は、魔王ではない。


世界を救った、英雄どもだった。

AIがどれだけやれるか試しただけの作品なので続きは期待しないでください。

ごめんなさい。

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