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「……疲れた」

まさか、またここに来ることになるとは。

 インターホンを押して、渋い顔の片桐に案内される。

「いらっしゃい、彼芽君」

「片桐さん。失礼します」

「一緒に勉強してくれるんですって?」

「まぁはい、成り行きですね。すいませんお邪魔して」

「助かるわ~。巫代、人に誘われないとずっと家でゴロゴロするから」

 俺も似たようなものだから、耳が痛い限りだ。

「まぁ、男の子って言うのはちょっとだけ心配だけど」

 割とハッキリ言う所は、流石に親子だ。

「早く上来てください」

 急かす言葉には、これ以上の余計な会話を制する意味も含まれていた。

 笑いを零しながら逃げていく片桐さんに頭を下げつつ、階段を上がろうとする。

 すると、リビングの影から小さな姿が出てくる。

「あ、おじさんだ」

「歩ちゃん」

「ちゃん?」

 二階から長い髪を逆さに垂らして、ジト目で刺してくる。

 怖い。ある種の妖怪のように見える、とは口が裂けても言えない。

 呼び捨てにしてもキレるだろうと、視線で訴える。気に食わない様子で引っ込んだ。

「お姉ちゃんと一緒に勉強するから、ちょっと借りるな」

「……わかった。うん」

 小さな手の平を見せてくる。

 意図を察する。が、念の為一度振り返る。

 許可が下りたので、お菓子一つで交渉成立。

 招かれるままに部屋に入ったが、どうも片桐の部屋らしい。

 本やアニメグッズがちょっと飾ってあって、後は最低限で纏まっている。

 散らかっているわけでもなく、特別強調する部分も無い。

「女の子の部屋が珍しいのはわかりますが、本人を前にしてやりますか?」

「いや。同じ女子でも違いはあるんだな、って」

「え、入ったことがあるんですか? 不法侵入?」

「だとしたら今頃、臭い飯食べてる。子供の時の話だ」

 背の低いテーブルを挟んで、いつも通り対面に座る。

「今さらだが、部屋に入れて良かったのか?」

「リビングではお母さんに気を遣いますよね?」

そういう話では……まぁ、本人が良いなら追及はしない。

 ただ、お互いに私服姿と言うのもあり、雰囲気は違う。

 ラフで生地は薄く涼しげだが、露出は少ない恰好。

「何見てるんですか?」

「いや、別に」

 雰囲気が違おうがやることは変わらない。

 自分の課題を終わらせつつ、片桐が間違ったりわからない問いを教える。

 時々、ページに目をやって正否を確認する。

片桐が間違えそうなところは把握している。

 普段と変わらないが、二十分が経過した辺りだ。

 不意に後ろのドアが開く。

「……お姉ちゃん」

「歩? ごめんね。今は勉強中だから、遊ぶのは後でね?」

「……うん」

 優しい声色にとぼとぼと引き下がっていく。酷く心が痛む。

 目の前で俺よりも痛んでいる奴が一人。

「さてと――ぶぶ漬けどうですか? (さっさと帰ってくれません?)」

「意味通じてるからな」

 通じてなくても帰れオーラが全面に出てて、馬鹿でもわかる。

 そんなやり取りをして再び二十分。歩ちゃんはまた来た。

 今度も同じやり取りをして、一階に戻っていった。

「早く帰っていただけません? (良い時計してますね)」

「隠す気すらないな……」

 冗談なのは……本当に冗談だろうか? 圧がマジ過ぎて判断付かなくなってきた。

 さらに二十分。歩ちゃんが再び登場。そろそろ追い出される覚悟をすべきか。

 限界が近めの片桐が、同じセリフを吐く。だが、歩ちゃん目尻に涙を溜め。

「お姉ちゃんがとられちゃったぁ……!」

「歩⁉ 大丈夫だよ、お姉ちゃんはこんなのに取られませんよ⁉」

 ぽたぽたと涙を零す前で、わたわたとする。

 学校では見れないレアな姿に、生暖かい目で見守る。

「お姉ちゃんは大変だ」

「温かい目してないで手伝ってください……!」

 大泣きではないので、すぐに泣き止みはした。

 それでも、勉強どころではないと悟るには充分だった。


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