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――私の志望校は元々、違う場所だった。
今よりも少し遠い場所で、今の学校と学力に大した差はない。
私は家族が好きだ。お母さんもお父さんも、勿論、妹も。
十近く離れた妹ができるくらいには、両親の関係も良好だろう。
昔、歩もまだ生まれていない頃だ。両親はいつも悲しい顔をした。
同級生に髪のことで意地悪をされた。
妖怪とか、人間じゃないとか。大凡、人以外の何かで例えられた。
「雪女! 雪女だ! 触ると死んじゃうぞ!」
その事を親に言うと、決まって「ごめんね」と言う。
私はその顔が嫌いだった。言葉が嫌いだった。お母さんたちは悪いことをしてない。
悩んで、悩んで。思い付いた。私はそれを誇ることにした。
この髪は雪と同じ銀色で、二人が私にくれたプレゼントだと。
学校では普段は大人しくして、髪のことを聞かれたらそう答えるようにした。
そしたら、段々と私に意地悪する人はいなくなった。中学生になっても、最初はビックリされますが、そのスタンスを崩さなければ問題なかった。
二人も悲しい顔をすることがなくなって、生まれてきた妹は私の髪を好んで、キャッキャッっと笑う。私はこの髪を人生で一度たりとも嫌ったことがない。
ですが、一時、疑問に思うことはあった。
周りが進学先で悩む中、私は行きたい学校があった。
そこは両親が初めて出会った場所。
両親が好きで、その出会いに憧れがあった私に迷いは無かった。
試験の成績にはそれなりの自信があった。後は面接だけ。
「その髪はどうにかならないかな。試験会場にそんな髪色で挑むなんてね」
三人いる中の一人の面接官のセリフは、確かそんなこと。
頭の中が真っ白になって、全身が凍り付いたのがわかった。
鼻で嗤うように、人を見下したように。自分が有利な立場だから好き放題。
久しぶりにそういう扱いを受けたのもあったのだろう、かっとなった。
「貴方は私が父や母から授かった大切なモノを馬鹿にするのですか。それとも、貴校では生まれ持った人の容姿を馬鹿にしても良いというのが、教育方針なのですか」
今度は場が凍り付いた。面接官が何か言おうとするのを遮って続ける。
「私は、このような方が務めている学校で学びたくありません。失礼します」
静止も聞かずに、さっさと帰った。
連絡を受けた二人が何事かと語気を強めた。
だが、理由を話すとまた「ごめん」と言った。
何処からか話が広まったのか、謝罪ともう一度だけ受けないかと学校が提案してきた。
でも、断った。負い目や情けで入学しても意味がない。
何よりも良い年した大人が、子供みたいな理由で馬鹿にしてきたことが嫌だった。
もう、一秒だってあの学校に関わりたくなかった。
わかってる。子供なのは私だ。プライド一つで人生を棒に振りかけた。
ただ、それでも私は幸せになりたかった。二人と同じ様に。
私が幸せになれば、もう二度とお母さんたちは謝らなくて済むから。
目標も目的も失った私は、距離とレベルだけで選んだ第二志望を合格した。
制服を着てみれば、意外に可愛いくて気に入った。
なあなあでくぐった門に、ワクワクもドキドキもなく、ただ好奇の視線に晒される。
あの時、言われたことが蘇って吐き気がする。
「へー! 巫代ちゃんって言うんだ! 綺麗な髪だね!」
私の髪を初対面で直接褒めてくれたのが一人。
……思えば、私以外に悪目立ちしてた男子もいた。
担任に渡された成績表を見上げる。
今までちょっと良さげの成績だったのが、割と良さげの成績になってる。
こうやって実力が数値化されるのは悪くない。上がった時にわかりやすくて好きだ。
誰にするでもなく、控えめにドヤ顔をする。
「――そうか。よかったな」
校舎の何処かに消えたのを見つけて、結果を報告する。
しかし、返って来たのはその程度。
誇ったり、一緒に喜んだりはしないのは理解してましたが、ここまで淡白だと腹立つ。
「あの、これでも感謝を伝えてるのですが」
「感謝も何もない。片桐は地頭が良い。勉強の仕方さえ掴めばこんなものだ」
要するに、私が頑張っただけだと言いたいらしい。
これ、謙遜とかじゃなくて本気で言っているんですよ。
自己評価が限りなく低いのか、事実を語っているつもりなのか。
「それで夏休みのことなんですが」
「夏休み? お前は夏休みも教えろと?」
「はい」
結果が出た。教師にも褒められて悪い気分じゃない。多分、親にも褒められる。
続けることも苦ではないので、止める理由も特段は無い。
何より宣言した以上は付き合わせるつもりだ。
「あ、すいません。友達いなさそうなので予定が無いものだと」
「事実、バイト以外無いが。片桐の方は問題ないのか? 夏休みだぞ」
「私はほぼ予定ありません。というか暑いので外に出たくありません」
昨今の夏は灼熱も灼熱。散歩が義務の犬を散歩させたら、SNSに叩かれる世界。
思わぬ提案に頭を悩ませている。ただ、即座に拒否はしない。
「勉強するにしても、何処でするんだ?」
「どうしますかね。学校も毎日空いてる訳じゃないですから」
「言っとくが俺の家は無理だ」
首を捻って念の為、理由を尋ねる。
「俺は、一人暮らし」
「あ、はい。わかりました」
あまりに完結的な理由に思わず即答する。
「というか私の家でいいですか? 出たくありません」
「ぶっちゃけたな。学校の図書室寄るついでなら、まぁ……家族は?」
「前回の事もありますから、問題ないと思います。確認はしますが」
「――巫代ちゃーん、この後なんだけど――シュワッチ⁉」
曲がり角からひょっこり姿を現したかと思えば、臨戦態勢を取る。
プルプルと震える姿に、崖さんは顔色を変えない。
「……細かいことは後で連絡する」
それだけ伝えて――と思いきや、私と星摩さんをじっと見て固まる。
「な、なんだよう……! 巫代ちゃんは上げないぞ! や、やんのか、こらぁ……」
わあお、何とも頼もしい発言ですね。私を壁にしてなければ。
じーっと、ただじーっと見る。
珍しい。いつもなら、誰か来るとすぐに去るのに。
唾を飲み込む音が、すぐ後ろから聞こえた。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………御園さん」
「な、なに?」
「…………………………彼氏と夜道は控えてください」
溜めに溜めたセリフはシンプル。ただの気遣いだった。
「片桐も、気を付けろ……ああ、疲れた」
ついでのように私にも言って、階段を降りて帰っていった。
「彼との夜道は気を付けてって……もしかして殺害予告⁉」
「いえ。恐らく最近、物騒だからだとおもいますが……」
何でも、女性を狙った事件があったとか。
それにしてもわざわざ警告するなんて。何のきまぐれでしょうか。




