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「――というわけでお好きなのをどうぞ。但し五百円までです」
「……どういう風の吹き回しだ」
ファミレスで向かいの崖さんは勘ぐるように目を見てくる。
毎日、図書室なのも味気ないので、気分転換ついでに提案した。
「いえ、貴方のおかげで賭けに勝てたので」
今日あったことを名前は出さずに掻い摘んで話す。
星摩さんは実際、いつもより頑張っていたのでテストの結果はまずまずだった。
もし負けて、奢らされた上に惚気を聞かされていたら、私はキレていたかもしれない。
「なら余計にだ。賭けに勝ったのに俺に奢ってたら意味ないだろう」
「それに限らず……まぁ、今までとこれからの授業料だと思ってください」
「……なら」
メニュー表を摘まんで流し読み。最後のページで指さす。
「白玉ぜんざい? それでいいんですか?」
「何か問題があるのか?」
「いえ、ないですが……」
デザートを選んだこともですが、その中でも一番安いメニューを選んだ。
それと一緒に、二人分の飲み物を注文する。
私に気を遣ったわけでもないらしく、追加注文もなかった。
「びっくりしました。男子なら高いハンバーグとか選ぶかと」
「そんながめついことはしない。女子相手だ、格好が……どうした?」
「いえ、何でも。お好きなんですね、甘い物」
その問いに否定の言葉を出しかけて、一瞬の逡巡をする。
「……そうだな、好きだ。昔、良く分けて貰った」
珍しいことだった。
思えば勉強中に雑談を挟むことはあっても、自分のことなんてあまり話さない。
今なら色々と聞いても答えてくれそうだった。
「先生の小テストの癖、よく気が付きましたね」
「あの先生、そういうキャラだから」
「キャラ?」
「反応は無愛想でぶっきらぼう。だが、生徒を人一倍思っている」
「設定って……そんな馬鹿な」
実際それで当てている。ですが、どうもはぐらかされているような気がする。
何かきっと秘密がある。ちょっと探り入れてみよう。
「なら、試しに私の設定を当ててみてくださいよ」
真顔だがキョトンとしているのは何となく。
「――片桐 巫代。二人姉妹の長女。誕生日は十二月の為、現在十六歳、AB型。普段は右利きだが、左も使える両手利き。軸足は左足。音楽の成績が良く、握力が高いことから恐らくピアノが弾ける。普段は大人しいが、必要であれば行動に移せる力がある」
言ってない。私、ピアノを触っていること、言ってない。血液型も。
確かに音楽経験――中学までピアノ教室に通っていた。
それでも、今は趣味で弾く程度で、高校では殆ど話したことがない。
つらつらと並べたものも、恐ろしいことに当たっている。
下手すると私より詳しい。自分の軸足なんて初めて知ったぐらいだ。
「去年から同じクラスの御園 星摩とは仲が良く、人の陰口を叩く程度には関係が……」
「ストップストップストップ」
「外れたか」
「当たりですよ大当たりですよドン引きですよ早く退席したいですよ」
「まだ勉強の途中だ」
あっけらかんと正論で攻撃してくる。
「そういう話じゃないですよ。プライバシーの侵害です」
「何も探偵ごっこをしたわけじゃない」
「ではどうやったんですか」
「よく言うだろう、作者は経験したことしか書けない、と。それと要領は同じだ」
「……それだと、四次元のポケットを持つ猫型ロボットは存在しますよ」
この答えに対する返答としてよく持ち上がる。
その言葉が正しいのであれば、キノコで大きくなる男も、音速のハリネズミも存在する。
「作者は零から想像してるわけじゃない。自分の経験の一部から、一を出力する」
ノートに簡単なハートを描く。
「何ですか? 愛の告白ですか?」
特に反応せずに「心臓だ」と一蹴された。
「例えば――神様は願いを叶えてくれる存在だ」
「まぁ、世間一般で言えば」
「だが、実際は叶えてくれるわけではない。あくまで、心の拠り所だ」
存在すると思えば心の支えになる。善いことをすれば報われると思える。
御守りも似たような効果だ。持っていると安心できる、みたいな。
「災害や不運の言い訳にも使われるが……」
今後、勉強する機会があるらしい。話を戻した。
「叶えてくれないが、もし本当にそんな存在がいたのなら――これで、一ができた」
心臓に『願望成就』と設定を書き込む。
「後は心臓に合う設定を付け足してやるだけだ」
次に胴、頭、手足と言う順番に、それらしい設定を書き足していく。
結果、見事に『願いを叶えてくれる』存在の肉体を創り上げてみせた。
「なるほど」
自分の経験から生み出た存在と言える。
これなら願いを叶えてくれるドラゴンも、経験から出来たと言えてしまう。
「経験と言うのは肉体の一部分でしかないんですね」
「そういうことだ。何も全てが現実に起きたことではない」
「納得です……で、プライバシーの侵害の言い訳はそれで全部ですか」
アイスコーヒーを混ぜながら睨みつける。
すると、無実を証明するようにホールドアップした。
「日常会話から片桐さんと言うキャラを作っただけだ。無実」
「あはは。屁理屈がお上手ですね」
ただの妄想にしては精度が高いから気持ちが悪い。
普段からよく人間を観察し、人物像を創造してないとできない。
「もしかしなくても、創作活動とか?」
「プライバシーの侵害だ。俺はその情報を開示した記憶はない」
「いや、これはただの推測……」
……しまった。やらかした。
悔しくて、何とか弁明しようとするも、それは同時に相手の弁護にもなる。
こればっかりは、彼の術中にはまった私が悪い。
「……モデルをそのまま使ったりしてませんよね?」
「安心しろ。やると問題になるからやらない……片桐さん以外は」
「その最後の一言が無ければ安心だったんですが」
「肖像権を自由にしていい約束だ。ネットの海を少し泳ぐだけ、害はない」
「いえ、おもっくそありますよ。寧ろ害悪度百パーセントですよ。やったら警察呼びます」
私に似たキャラクターが面白可笑しく書かれる……までは百歩譲ります。
ただ、それが衆目に触れるとか、痴女もビックリの羞恥プレイですよ。
「因みにですが、星摩さんのことも知ってますか?」
「いや。興味のない人はそこまで」
言われようにムッとなるが、友人が毒牙に掛かっていないことにほっとする。
「誕生日が二ヶ月前の四月で、今年の一月に恋人ができた。恋人ができてから――」
「あ、もういいです」
「門限がギリギリになって――」
「呼びますよ、警察」
「……遠慮させていただく」
もう口を引き攣らせるので精いっぱいだ。
この人、噂とか関係なくただの変人なのでは? だから友達いないだけでは。
「最近は俺に対する反抗心が芽生え、生意気な物言いが増えてきた」
ほら、また勝手にプロフィールに追記してます。
「『さらに言えば、探るような言動も増えてきた』とは、言わないのね?」
いつの間にか側に立っていた女性が、口を出してくる。
誰だろう、この人? 崖さんの知り合いみたいですが。
「……疲れる」
「それはこっちのセリフ――横、失礼してもいい?」
「え……あ、はい。どうぞ」
ソファ席の少し奥に詰める。
後ろで纏められた長い茶髪から良い香りがする。
この制服……確か、レベルの高い進学校の。
「へー、そっちはこういう問題やってるのね」
「失礼するな。帰ってくれ咲里花」
「何よ。私は手伝おうとしてるだけよ?」
「お前に合わせたら片桐さんはついていけない」
「これでも教え上手と言われてるのよ。片桐もコイツとなんて嫌よね?」
「いえ、少なくとも崖さんの教え方は上手なので嫌とは」
「あら本当に生意気。知ってるわよそんなこと」
崖さんの強めの語気に怯むことなく居座る。
それどころか、煽るような笑みで淡々と言葉を返していく。
一触即発とはこういうことを言うべきなのか。背に冷や汗が垂れる。
「用件を言え。雑談をしに来たわけじゃないだろ」
「そうね。あんたと雑談なんて大金積まれてもしないわ」
チラッと私の方を見る。
「あんた、私からの連絡に気が付いてないでしょ?」
「連絡? 悪い、普段は通知切ってるから。話があるなら今聞く」
「いえ、日を改めるわ。今日は偶然通りかかっただけもの」
崖さんが飲もうとしたところを、掻っ攫っていく。
青筋がピクピクと動くが、何故か無言でそれを許していた。
「ごちそうさま?」
「……お粗末様でした」
「さて、帰るわ。片桐も失礼したわね」
「いえ……」
嵐のように来て去っていく――かと思えば立ち止まって振り返る。
「ソイツと関わるのはやめなさい。痛い目に……いえ、今はこう言われてるのよね」
可笑しそうに、見下すように笑って。
「呪われるわよ、貴方も」
そう言い残して、今度こそ本当に去っていく。
なんかやることなすことが横暴な人だ。
一瞬で私の中での警戒度ランクが上がった。
「悪いな。あいつ、俺のこと嫌いな癖に絡んでくるんだ」
「いえ……………………そう、ですね。あの、彼女との関係は?」
「橘 咲里花。中学時代の同級生。昔はもっと可愛気あったが……疲れた」
「そうですか」
そこで不自然に話が切れる。橘さんの言葉が尾を引いているから。
というか、バレてた。色々と聞こうと思ってたの。
「……聞きたいことあるだろ」
「……いいんですか?」
「それを理由に集中できなくても困る」
えっと、と前置きを置く。改めて問われると質問がごちゃごちゃする。
やっぱり……顔の傷のことを訊くべきなんだろう。
向こうから話を振ってくれることなんて、この先ないかもしれない。
「か――」
去り際の彼女の言葉が、本心からだったことに今さら気が付く。
「――片眼鏡はなんですか?」
気が付いて、臆病の風に吹かれた。
「これか? 単純に左目だけの視力が悪い、裸眼だと零コンマ一以下だ」
「それならコンタクトでいいのでは? 何もそんな目立つ物をかけなくても」
「それは……」
珍しく言い淀む。深刻そうな雰囲気に、踏み入り方を間違えたのを理解する。
「……怖いだろう、コンタクトって」
「……………………………………………………………………はい?」
女々しく、恥ずかしそうに告げる。
「え、何ですか? それだけ? それだけでかけてるんですか?」
「目に異物を入れるんだぞ? 目薬だけでも手が震えるんだ俺は」
「へ」
「それは流石に傷つく」
ここまで来たら、相手を石化させる能力だとか未来が視えるとか言って欲しかった。
いや別にいいんです。勝手に誇大妄想した私が悪いんですから。
星摩さんに説明したら、逆に信じてくれないですよ。
「他に質問がないなら、俺からしてもいいか?」
「何ですか?」
「……片桐さん何でその白髪のこ――」
「銀髪です」
「いや、恐らく一般的には――」
「銀髪。です」
何人たりともこれを白だの何だのとは言わせません。
「あ、ああ……えっとじゃあその髪を何で銀髪って言うんだ?」
「銀髪だからですよ。何言ってるんですか?」
「いや、そんな馬鹿を見る目をされても。だから、その銀髪を何で銀髪と……うん?」
「そうです。銀髪です」
「そうか銀髪。銀髪?」
自分の言葉に疑問を呈し、どんどんドツボに嵌まっていた。
よし、洗脳できた。これで今後、白髪と言うことはないでしょう。
反動で崖さんが頭を痛めて、そこで今日の勉強会は終わりを告げた。
結局、顔の傷については訊くことはできなかった。
タイミングを逃したのは、そう。ですが、それ以上に怖かった。
橘さんの言葉を鵜吞みにして、躊躇ってしまった。
聞いたら、超えてはならないラインを超える気がして。




