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「線香、あげさせてもらってもいいかしら?」
目元が心なしか腫れているのに、安堵した表情をしている。
「咲里花、なんで……」
俺のことなんて気にせず、躊躇なく家に上がる。
さっきのメッセージが嘘なのは理解できた。
だがなぜ、そんなことをしたのかがわからなかった。
家に上がってまず、仏壇の前で手を合わせている。
「なぁ、なんで――」
「まずは、ご愁傷様ね。それと、お疲れ様」
いつになく優しい声色だった。
「いくつ、だったかしら」
「……八十五歳。十分、長生きだったと思う」
「人生百年時代とはいえ、難しいものよね」
いつもなら簡単に、咲里花の気持ちがわかるのに、今は一つも読めない。
俺が口を開くたびに、遮るように話してくる。
ただただ優しい言葉が、恐怖を募らせていく。
「――それじゃあ、私は帰るわね」
意味のない雑談を繰り返した後に、立ち上がる。
何もわからない。わからないが止めないといけないと思った。
そう思って、背に手を伸ばした。
「――やめて」
冷たい拒絶に、手が止まる。
「あんたはいい加減、理解して」
微かに震えた声で、諭すように続ける。
「そうやって、中途半端に優しくするのがどれだけ酷なのか」
「中途半端って……」
呆れたようにため息を吐かれる。
「じゃあ訊くけど、さっきのがもし私だったらどうしてた?」
「動いた。当たり前だ」
言葉とは裏腹に、脳裏にまた銀髪の少女が映る。
今度は、ハッキリと。
「それが半端なのよ」
「咲里花、お前、本当に何が――」
「だから。だから……私みたいなのに勘違いされるのよ……?」
いつものように、揶揄いながら笑う。
――涙を滲ませながら。
ドクっと、心臓が跳ねた。
知っていたが、知らないフリをしていたその思いに。
初めて、彼女が口にした。
咲里花がまるで、逃げるように家を飛び出していく。
彼女の言葉が足に巻きついて、離さない。
それでも、追いかけなければいけない。
「――駄目ですよ」
聞き慣れた、意外な声に視線を上げる。
「……巫代、さん?」
自慢の髪を乱しながら、肩で息をしていた。
「今、すれ違っただろ。咲里花を追わないと」
疑問はあった。だが、それよりも優先すべきことがあった。
「だから、それが駄目なんです」
「なんで」
「そうやって、また半端にするんですか」
意図的なのか、偶然なのか。同じ言葉を口にする。
再度釘を刺されたようで思わず、足が止まる。
「彼女を追うということは、その気持ちに答えるということです」
瞳が「その覚悟がありますか?」と、問いかけてくる。
「俺は……」
完全に動きが止まってしまった。
それ以上は何も追及せず、巫代さんが足を崩す。つられるように床に座った。
「――彼芽さんが危ないと、言われました」
一呼吸おいて、そう言ってくる。
様子を見るに、ある程度のことは聞かされてるようだった。
「聞かせてくれますか?」
それでも、俺から直接、聞きたいらしい。
「惨いな」
「貴方よりはマシです」
「……俺は、巫代さんが期待しているような反応はしない」
「それでも、貴方の気持ちを聞きたいんです」
しっかりと目を、目の向こう側まで見てくる。
ゆっくりと、抑揚もなく。
隠すことなく、中学時代のことを語った。
「俺がいるとみんなが悲しむ。俺がいるとみんなが不幸になる」
一度も言葉に詰まることなく語り終えた。
涙を流すことも、嗚咽を漏らすこともせずに。
巫代さんは何も言わずに、ただじっと聞いていた。
「なぁ、巫代さん。幸せって、そんなに大事か?」
こんな思いをしてまで、得る幸せに意味はあるのか。
俺はそれに意味を見いだせない。
彼女が、その問いに答えるはなく――
「ありがとうございます」
全てを聞き終えた後に、ただお礼を言った。
「代わりに、私の一日をあげます」
「……は?」
「前に、あげましたよね? 私の一日」
いつかした会話が蘇る。
「だから、文化祭を一緒に回ってください」
「待て、俺はもう――」
「何ですか? 女の子が体を張ってるんですよ?」
彼女はジト目で見てそう言う。
第一として、それは俺にある権利のはずだった。
「だから――それまで生きていてください」
こうなった巫代さんは、てこでも動かないのだ。
追記。ごめんなさい、予約投稿時間、間違えました……本当は今日の夜のはずだったのですが……申し訳ない。




