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前回に追記しましたが、こちらでも。今日から更新日時が金曜日と日曜の夜頃になります。もし、朝や月曜日に読んでくれていた方がいたら申し訳ありません。素人なので不安定なのはお目こぼしを……
「――しゅーーーー………………………………………………」
「これはあたしにもわかる。死んでる」
椅子にもたれかかって思考を停止する。
思考を再開すると、恐怖が蘇って駄目になる。
「いい気味だけれど……片桐は良く乗せれたわね?」
「だって抵抗しませんから。やだやだ言ってましたけど」
「……それ、本気で嫌がってる時よ」
哀れみを感じる。俺も自分が哀れでならない。
むくりと立ち上がる。
「わ、ビックリした」
「……飲み物、買って来る」
「なら私のもいいですか?」
「もう少し配慮を……」
「あ、炭酸なら何でもいいですよ」
違う、そういう配慮じゃない。
文句を言う気力もないので、大人しく自販機に足を向ける。
「今度は巫代ちゃんと一緒に乗りたい!」
「嫌です。さっき普通に叫んでたじゃないですか」
「うん! でも巫代ちゃんの悲鳴が聞きたい!」
「サイコパスですか」
巫代さんだって、人のこと言えないだろう……と声を大にして言いたい。
最寄りの休憩所がやけに遠く感じた。
「仲良さそうじゃない。あんたたち」
「本当にそう見えるか?」
「少なくとも私からは。喧嘩したみたいだから心配してたのよ、片桐の」
「雨降って地が固まった」
「不本意?」
がこんと、落ちてきた缶ジュースを投げ渡す。
「最近、あいつのことがわからなくなってきた」
「お得意の設定はどうしたのよ」
「あれは別に何でもわかるわけじゃない」
五十あるのを、十に絞っているだけ。
「あの子は厄介ね。ちょっとネジが外れてる」
「そうだな。友達のためにあそこまで行動できるのは珍しい」
「問題はそこじゃないのよ。本人が自覚してない」
ブラックコーヒーを飲みながら、苦い顔をする。
格好つけて、前から我慢して飲んでたな。今では平気なはずだが。
「あんたは自分がズレてると自覚してるからいいわ」
「これでも先生には優等生で通っているが」
「だからズレてんのよ。だけどあの子は違う」
不安そうに表情を歪める。
「ネジが外れてるって理解してないから、とんでもないことをしてる自覚がない」
否とは言えなかった。あの選択、あの行動は通常ではない。
恐らく、巫代さんには超えてはならない一線がある。その一線を超えると――
――彼女は命を犠牲にする。
迷いなく。それが最適だと信じて。
咲里花も、それ以上は言葉にはしない。
「楽しいでしょ? 片桐に振り回される日々は」
「ああ。予想外の連続だ」
「世の中にはね、あんたなんかの予想を超える面白いことが沢山あるのよ」
今回のプールだって、懸念点が無ければそうだった。
「今だってハーレムみたいなもんよ? 男のロマンじゃない」
「俺は純愛が好きだ」
「急に性癖の開示しないでくれる? 虫唾が走るから」
わざとらしく「ぺっ」と吐き捨てる。
「それに俺は、大人びた女性がふと見せる――」
「知ってるわよ、だから私が勘違いし――」
そこで口を紡ぐ。
「……なんでもないわ。ていうか誰があんたのハーレムよ」
「俺は一言も言ってない」
二人のジュースを持って、戻る咲里花の後を追う。
ただ急に立ち止まる。見ると、巫代さんたちが二人組の男と話している。
十中八九ナンパだろう。あの二人なら十二分にあり得る。
そう思い、対処を考えていると、急に腕を組まれた。
男と比べて柔らかい肌。肌以外にも柔らかいものが当たる。
恐るべし第二次性徴。不覚にもドキドキする。
「さっきの撤回してあげる」
「それはまた、どうして」
「今だけはあんたを好きでいてあげるのよ」
「ツンデレか?」
「そうよ……ね? ダーリン?」
――吹き出しそうになった。
「――あの、友達を待っているので」
「いいじゃん。その友達も一緒にさ」
「そうそう。人数は多い方が――」
「あんたたち何やってるの~?」
振り返った巫代さんがギョッとする。横からは感嘆の声が上がる。
「え、もしかしてナンパぁ? 駄目よあんたたち、そんな貧相な男じゃあ?」
咲里花に色々と好反応だったが、顔をしかめる。
「あ、あはは……そうかなぁ?」
「けどぉ、やっぱり男は強くないとねぇ? それこそダーリンぐらいに!」
この場合、俺は寡黙な男を貫いた方がいいだろう。
というより、面白くて声が出ない。
だってこんな、こんな媚びた声を咲里花が……表情に出ないのが救いだ。
巫代さんも唖然として固まっている。
「この傷だってぇ、十人以上を相手して出来た傷よ? しかも全員返り討ち」
肘で突かれ、胸を張って相手を見下す。
「ほらあれ、これこそ男の勲章? だからそんな男たち――あら、いないわね」
途中で青ざめて失礼されていたが、演技に熱が入ったらしい。
「……いつまでくっついてんのよ」
「腕組んできたのお前だろうが」
「あ、良かった。いつも通りです」
「え……えぇ⁉ 二人ってそう言う仲なの⁉ しかもその傷……⁉」
たった一人、事情を知らない御園さんが大興奮。
「嘘よ、嘘。寒気するから馬鹿みたいな勘違いしないでちょうだい」
「にしてはノリノリだったな」
「……さっき私のこと見て笑ってたわね?」
「ほら、飲み物」
「あ、ありがとうございます」
巫代さんが受け取りつつ礼を言う。
「御園さんもどうぞ」
「うん! ありが、っとっとぉ⁉」
軽く投げ渡すと、キャッチに手間取って尻餅をつく。
「彼芽さん何してるんですか!」
「いや……」
「巫代ちゃん大丈夫! ちょっと腰抜かしちゃっただけだから」
だが、中々立ち上がろうとしない。
遅れて一人が、異常性に気が付いた。
「本当に、大丈夫。すぐ立つから……立つから」
震える体、恐怖に怯えた瞳。まともに立つことさえままならない。
震えのせいで手足が言うことを聞かない。
それでも、笑顔で立ち上がろうとする。
止めるように、そっと巫代さんが抱き寄せていた。
「……ごめん……ごめんね。大丈夫だ、って思ってたのに……ごめんね……」
「謝らないで下さい。星摩さんは何も悪くないですから」
巫代さんも頭ではわかっていた。
それでも、縋りたかった。御園さんはいつも通りだと。いつもの日常が戻ってくると。
そんなものはどこにも無い。一度、壊れたものは戻ってこない。
こうして、優しい嘘は終わりを告げたのだ。
「――知っていたんですか」
御園さんが乗った車を二人で見送った。
あれ以来、彼女の門限は更に厳しくなった。遅くなる時は必ず親の迎えだ。
咲里花は、出来ることが無いのを悟って帰った。巻き込まれたことに恨み言を残して。
「男子との距離感が少し遠かった」
「本当に、よく人を観察してますね」
口振りからして、気が付いてはいたらしい。
俺より付き合いが長いのだ、当然だろう。
「なんで、よりにもよってプールなんか……!」
責めるつもりはなかったのだろう。だが許せない気持ちが漏れ出た。
「巫代さんの為だ」
肌の露出の多い場所で平気なら、きっと安心してくれる。
男子と一緒に遊んだとあればより良い。だから、まだ信頼できる俺を誘ったんだ。
「そうでないと、俺は来なかった」
咲里花に来てもらったのは、一人でも味方を増やしてあげたかった。
さすがのあいつも、俺の頼みだとしても断れなかったようだ。
同じ学校の人間が迷惑を掛けたことにも、責任を感じていたのだろう。
「私、弱いですね」
「巫代さんは強いよ。だから御園さんは笑えた」
「弱いです」
歯を食いしばり、拳を作っていた。
「だって、友達が苦しんでいるのに何もできません」
「巫代さんは良くやってるよ」
「どこが。どこがですか」
「一緒に苦しんでる」
顔は上げない。だが、虚を突かれているのか自暴自棄は止まった。
「自分のことのように悩んで、泣いて、苦しんでやれる」
一人じゃない。そう思えることで、どれだけ救われるか。
「巫代さんにはそれが出来る。俺にはできない」
「……貴方は優しいですよ」
「まさか、俺は本当に無力だ」
血が滲みそうな怒りも、ようやく収まる。
空気の重さだけは未だ健在で、誰の心も救われていなくて。
それでも、辛さだけは確かに残っている。
「――死にたいな」
ぽつりと、いつも口癖で隠していたものが出てくる。
「彼女も、彼女の家族も呪われてしまった」
時間が癒してくれても、ふとした時に心を容赦なく蝕む。
家族は彼女を見るたびに苦痛に歪む。彼女はそれを見て歪む。あまりに酷な負の連鎖だ。
愛が深いが故に、呪いは大きくなる。
「こんな辛い思いしてまで、何で生きなきゃいけないんだろうな」
俺の吐露に、巫代さんが口を出すことはなかった。
再び、学校で見た御園さんはいつも通りに見えた。
違うのは、以前と比べて俺に絡んでくることが増えたことだろう。
とは言え、巫代さんがいる時だけだ。二人だと、僅かに怯えを感じる。
巫代さんも俺も、気が付いても指摘することはない。
出来ることはないのだ。
「――それでねー、次の文化祭の実行委員をやろうと思って」
「気、早くありません?」
そもそも文化祭っていつだったかと考えた時だった。
神妙な面持ちの担任に呼び出される。
話を聞かされた時、すっと、全てが白紙になるような感覚に襲われた。
消失感。絶望。諦観。悲哀。恐怖。
そう言った大波が全てを攫い。
そして、最後には安堵だけが残る。もう終われるのだと。




