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――意味もなく、テレビが流れている。
そうでもしないと、一人暮らしには広すぎるこの家は気が狂いそうだった。
五人でも囲める大きなテーブルで朝食を摂る。
それを終えたら、イグサ香るこの部屋で、仏壇に線香を上げる。
「行ってきます。婆ちゃん」
今日から新学期が始まって、再び朝のルーティンが始まった。
と言っても、学校があろうがなかろうが行っている。違うのはセリフだけ。
電車に揺られて数十分。まだ鍵のかかった教室を開け、荷物を置く。
図書室に向かうと、先生は慣れた様子で挨拶をしてくる。
今いるのは朝練の生徒ぐらいなものだ。図書室ともなると、ほぼ貸し切り。
「――ここにいたんですね、彼芽さん」
だがどうも、今日は来客があった。
本とスマホをしまおうとするが「お構いなく」と、手を振り正面の椅子に座った。
「実際に書いている所、初めて見ましたね」
「基本一人で書いているからな」
「私は出てるんですか?」
「近しい人物は出ている」
苦虫を噛み潰したような顔で、愛想笑いを浮かべている。
多分だが、どちらの回答をしても似たような反応をしただろう。
「どんなキャラですか?」
「シスコン激重感情ヤンデレ銀髪女」
「属性過多すぎませんか。激重ヤンデレ要素は一体どこから」
「別に巫代さんの再現ではない。参考にしただけだ」
「でも否定はしないんですよね」
ジト目で見られているが、気にせずにスマホに目を落とす。
諦めて嘆息を一つ。そのまま、無言で居座っていた。
見当は何となくついていた。彼女が早朝に学校に来たことに。
「戻らないのか。御園さん、来てるかもしれない」
わざとらしく口を引き攣らせていた。
御園さんもあの後忙しかったようで、メールのやり取り止まりだったらしい。
彼氏さんとも別れたらしい。家族からしても、これ以上のお付き合いは許可できなかったのだろう。それに、本人としても思うところがあったらしい。
全て巫代さんからの又聞きでしかないが……その御園さんが今日学校に来る。
大方、居ても立っても居られずに早朝に家を飛び出したのだろう。
だが、いざ学校に着いてみればどうすればいいのかわからなくなった。
「気持ちはわかるが、巫代さんが落ち着き無くてどうする」
「貴方が落ち着きすぎなんです」
「あまり面識ない。頑張るのは巫代さんだ」
「まるで他人事みたいに、追い詰めたの彼芽さんですからね」
そうだな。失恋、なんて簡単な話じゃない。
ドンマイ等の一言で片付けられることではない。
「恋というのは、厄介なものだ」
視線から逃れるように背もたれに全体重を預け、天井を見る。
「その人に好きでいてもらいたい、そうでないと我慢がならない。その人じゃないと駄目だと盲目になる。まるで憑りつかれたようになる」
「取り憑かれたようですか」
思うところがあるのか、顎に手を当てる。
「呪われてるみたいだ。感情に取り憑かれている」
「ここだけの話ですが実際、私には魅力的には映りませんでしたからね」
「いや、それはあくまで好みの問題だろ」
「せっかく話を合わせたんですから、水差さずに続けてくれませんか?」
「恋だ、尊敬だ、愛だ、感情なんて全て呪いのようなものだ」
向ける側も、向けられる側にとっても。
「それ一つに縛られ縛り、互いが互いを束縛してる」
「それでも、私は星摩さんには幸せになってほしいです」
「なら、尚の事だ。ここで燻ぶってどうする」
少なくとも、その思いが彼女を支える一助になる。
プラスかマイナス、そのどちらに転ぶかは知らないが。
「では彼芽さんも一緒に来てください。友達ですよね」
「……何を言い出すかと思えば、俺には合わせる顔もない」
「余計にですよ、一緒に来てください。友達を助けると思って」
「その友達の押し付けは何だ。呪いの言葉か?」
「まぁまぁ。それに、あまり無関係とも言えないと思いますよ」
「――ああ! 巫代ちゃんみーっけ!」
意図を勘ぐるために目を細めようとした時だった。
受付の先生に怒られながら、一直線に突進してくる。
「あの、暑いです。頬をスリスリしないでください」
「うわーん、会いたかったよ~! 夏休み中はずっと会えなかったんだもん!」
無理は、しているだろう。この場合、いつも通りなのが証明になる。
問題はどこまでの化粧なのか。ナチュラルなのか、厚化粧なのか。
というか巫代さん。足を踏み潰すのやめてほしい。逃げられない。
今、気が付いたフリをして、こちらに気が付く。
気まずい、場違いだからサラッと消えようとしたと言うのに。
「――ごめん!」
第一声は謝罪だった。
「それとありがとう! 崖君は色々、気を遣ってくれてたんだってね!」
「気を遣った、と言いますか。別に何もしてないですから」
「そんなことないよ! 私たちを助けてくれたでしょ? 巫代ちゃんから聞いた」
なるほどそういうことか。恨むぞコノヤロ。
とは言っても話さない方が不自然ではある。
せめてもの抵抗に、抑えられてた足を強引に振り払う。
ただ、ここまで善意百パーセントで迫られると、却って対応に困る。
「その、俺の方こそすみません。少し言い過ぎました」
「いや全然! だってあたしが悪いんだもん」
ああ本当にやりづらい。胸の奥がチクチクする。
「私には謝らなかったくせに」
「巫代さんだって謝らなかっただろうが」
恨み言をボソッと呟いたのを逃さない。
だが、やり取り見てすかさず。
「あたしにもタメ口でいいよ?」
「いえ、そういうわけにはいかないですよ。馴れ馴れしいですから」
「あ、ごめん! あたしの距離感近かったかな?」
「そうではなく」
「星摩さんに自分みたいなのがなれなれしくするのは、という意味です」
「えー、そんなの気にしなくていいのに。せっかくだし下の名前でもいいよ?」
「いえ、あの……疲れますね」
「あ、それホントに言うんだ!」
誰か助けてくれ。相手のペースから抜け出せない。
巫代さんは意外そうにするだけで助け舟も出してくれない。
話の途中で不意に手を叩く。
「それでね! 二人に相談があるんだけど、いいかな?」
「俺は――いえ、何でもありません。どうぞ」
「……? 巫代ちゃん、何かした?」
「何もしていませんよ。はい、私は何も」
嘘だ。宇宙の帝王もびっくりな薄ら笑いを浮かべてた。
俺にも責任があるのは事実だが、酷い脅しだ。
「みんなでプール行かない?」
「……プール?」
少し冷えてきたこの時期、この季節に? 俺みたいなのを誘って?
この人は割と頓珍漢なのでは? そう視線を送る。
すると、「割と」と頷かれた。
理由を聞けば、夏休み中に行けなかったから行きたいのだとか。
……色々と考えたうえで断ろうと思った。だが無理だった。だって怖いから。




