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――後日、家の中で大人しくする。
単純な話だ。お母さんたちにこっぴどく怒られたからだ。
事情を知っていたからか怒り心頭ではなく、窘めるようではあった。
『巫代はまだ子供なの――‼』
……駄目ですね、私。これじゃあ、歩のこと怒れない。
星摩さんも同じくだったようで、メールで愚痴が飛んできた。
経過を報告する文面はいつものような明るさが戻っていたが。
最後には、しばらく会えそうにないとだけ添えられていた。
「無関心、ですか」
言われるうちが華。
だとすれば、彼も星摩さんを無暗に傷付けたわけではない。
それでも、と考えれば考える程に負の感情がループする。
ピアノを開いて席に座り、記憶の中にある楽譜になぞる。
鍵盤から綺麗なリズムが響いていく。
次はどの音か、運指をどうするかを考える。
そうしている内は余計なことを考えなくていい。ピアノ一つに集中できる。
一曲弾き終えて、頭の中がスッキリする。ひとっ走りしたような気持ちだ。
パチパチと拍手が鳴って、小さな体が寄ってくる。
「おじさんまだかな?」
「……多分、来ませんよ」
「うそだー、きょうもあそぶってやくそくしたもん」
それでも、来ない。きっと来ない。どんなに律儀な彼であっても。
……来ない、でしょうか? 私の知る限りでは。
「――あ、きっとおじさんだ!」
インターホンに喜びながら玄関に走っていく。
扉を開けたその先に――立っていた。
「おじさんこんにちは!」
「……こんにちは」
「……来たんですか」
「……約束、したからな。嫌なら帰る」
気まずいから視線は逸らしたまま。無言の間が続く。
私たちの間で不安そうに、交互に顔を動かす。
「けんかしちゃったの? けんかしたならごめんなさいするんだよ?」
「歩。ちょっと、お家に入っててください」
怖がらせてしまったのだろう。頭を撫でてあげる。
「……私に、少しぐらい相談してくださいよ」
「お前が信じてくれても、星摩さんは信用してくれないと思った」
「それでも、話してくれれば一緒に悩むことはできました」
「御園さんの幸せを壊してしまうのが嫌だった」
「そうやって! そうやって、自分の中で完結させないでください」
自分だけで悩んで、一人で役割を背負って。
ただでさえわかりづらい人なのに、辛いと言わない癖に。
言葉にさえしなかったら、何もわからない。
「私は貴方のように頭は良くありません。それでも友達なんです」
「いや、片桐は良い方だと思うぞ」
「そういう話はしてません。少しは言葉にしろって話ですこの馬鹿」
キッ、と睨みつけたら少し縮んだ。
「貴方が星摩さんにしたことは必要ではあったんだと思います」
誰かが言わなければいけない。確かにそうだろう。
けど許せない。私はこの人がしたことを決して許せない。
「私は死んでも貴方を許しません。例え私たちが救われていたとしても」
感謝はしている。そこは履き違えてほしくない。
本当はしてもしきれないぐらいの恩がある。
彼はそれを胸に受け止めたうえで、踵を返そうとしていた。
「――ですが、彼芽さんとは仲直りがしたいです!」
驚きから、体が硬直していた。
「私は決して謝りません」
愛の鞭とか躾とか言葉を変えても、誰かを傷付けることに正義はない。
どれだけ必要なことであっても、きっと正しさ以外の何かになる。
私が、歩を大泣きさせたように。
「それでも私は、悪いことだけはしていないと思っています」
私が謝ったら、この人の行いを認めることになる。許すことになる。
「私は貴方のことが嫌いになれません。だから、仲直りがしたいです」
「仲直りしたい、謝らないのにか?」
「はい。絶対に謝りません」
自分でも勝手だな、横暴だとは思う。
ですが、私はどうやってもこの人を嫌いになれなかった。
「――くかかかかか」
笑いを零した。多分笑いなのだが、表情に変化はない。
彼なりに表に出そうと努力した結果なのだろう、否定はしない。
「笑い方気色悪」
「そりゃあ、笑いたくもなる。こんなこと」
壊れた玩具が発する音だ。もう本当に不気味だ。
「謝って終わりにしようと思ったが」
顔を手で覆って可笑しそうに繰り返す。
「巫代さんがそう言うなら、俺も謝らない」
「そうしてくれるなら、私も罪悪感がありません」
私も可笑しくて笑う。子供の我儘でももっとマシだ。
本当に歩に示しがつきませんよ、こんなやり方。
「くかか」
「気持ち悪いので止めてください。歩の前では特に」
「…………悪い」
気に入ってたのか、少ししょげていた。




