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「あら、お帰りなさい」
「お母さん? 用事はどうしたの?」
「巫代たちが心配だから、お母さんだけ先に帰って来たの」
歩の顔を見て、慈愛に満ちた微笑みをする。
本当はトラブルもあったが、後で謝ろう。
「その様子なら大丈夫そうね。彼芽君は?」
「玄関までで別れました」
「そう。お礼がしたかったけど」
「明日また来るそうなので」
よく覚えてないが、そんな約束をしていた気がする。
歩をベッドに寝かしつけると、電話が鳴り響いた。
「もしもし、片桐ですが……あ、星摩さんのお母さん、どうしま――」
――受話器を放り投げて、急いで外に出る。
会話の内容は、星摩さんがまだ帰っていないということだった。
同じ年頃の子が門限を破るなんて珍しいことじゃない。
ですが彼女は今まで、破ったことだけはない。
嫌な予感がする。焦燥感で肺が急激に酸素を求める。
そのせいでいつもより足が重くなる。
居場所の見当も付かないのに、頻繁に足が止まりそうだ。
信号の度にメールを打つが、返信は無い。
手に持っていたスマホが急に振動する。画面には一枚の写真が映し出される。
外の風景を撮ったもののようだが、ブレておりほとんど意味がない。
考えて、考えて。ある人に写真を送る。
『ここどこ』
焦りに焦って、情報量ゼロのメッセージを送ってしまった。
だが、即座にURLが添付された。
なぜ、返信できたのか。なぜ、場所がわかるのか。
わからないことだらけだった。ですが、信じて走り出すしかなかった。
URLは地図アプリのレジャーホテルを示していた。
地図を確認する度に着信が入るが、いちいち確認している余裕がない。
ゆっくり開く自動ドアに苛つきながら、つんのめるように突っ込む。
パネルには空室の部屋写真がいくつも並んでいる。
横に「残り時間」表記の部屋――誰かが今使っている証拠だ。
星摩さんがここにいるかもしれない。でも、どの部屋かわからない。
恐らく、店員を呼びだすためのインタホンを何度も鳴らす。
「ここに短い黒髪の女の子来ませんでしたか⁉ 私と同い年です⁉」
「――お客様、申し訳ありませんがそういったことはお答えできません」
「友達が危ないかもしれないんです⁉」
「あまり騒がれますと、警察を――」
駄目だ、この様子だと聞き出せそうにない。
店員の警告を無視して、辺りを見回す。
すると、非常階段が開いていた。何かを運び出している途中のようだ。
人目を盗みながら、階段を駆け上がる。
全部の階層を探す? 無理です、探しきれるわけが――
もう一つフロアを上がろうとして、扉の隙間で何かが光を反射した。
――見て、これ! プレゼントしてもらったんだー!
いつか見せられたアクセサリーが、扉の隙間に挟まっていた。
「星摩さん――⁉」
居た。二人の男に抑えられる星摩さんが。
はだけた服。下着も見えて柔らかい肌が露出している。
状況を理解するには、十分だった。
「ああ――」
何かが切れる。堪忍袋の緒か、血管か。
「˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝」
ああ。ああ。ア嗚呼アああアアああああア嗚呼ア嗚呼あああ嗚呼あアアアア‼
視界が真っ赤になる。見えない、聞こえない、わからない。
殺さないといけない。この人たちは絶対許さない。生きて帰さない。
暴れる。暴れる。暴れる。暴れる。何かを掴んで、振り回して、暴れる。
守らないと。守らないと。私が守らないと。
腕を振って、足を振り回して。頭だって武器にして。
なのに、急に体が動かなくなった。
離せと乱暴に手足を、子供が暴れるみたいに。
――不意に頭に触れられる。
優しくポンと、潰れたトマトみたいだった視界が、次第に晴れていく。
「――まさか、見間違えることはないな?」
「…………………………………………あ」
傷痕が見えた。もう見慣れた傷だ。
気が付けば、周りには警察の人がいて、男は取り押さえられていた。




