13
「――ありがとうございます」
「片桐が背負うと共倒れしかねない」
花火も終わって帰り道。祭りはまだまだ続いているが、帰路に着いている。
背中で幸せそうに眠る歩ちゃん。着けたままのお面が頭に当たる。
「大はしゃぎでしたから」
「どっかの誰かさんのせいで、大変だったしな」
「それはあまり言わないでください」
睥睨しつつも、すぐに柔らかくなる。
「――私、幸せになりたかったんです」
背中の少女を見て語りだす。
「昔から、この髪を見て化物だの雪女だの言われてきたんですよ」
想像に難くない話だった。
現に今でも、彼女を気味悪がる人物は一定数いる。
「その度に親に謝られるんです。健康に産めなくてごめんねって」
仕方のないこととは周りが割り切れても、当人たちは簡単に割り切れない。
ただ、彼女は一度たりとも髪のことで卑下することは無かった。
「それで、幸せになって安心させたかったか。わざわざ俺に勉強を教えて貰ってまで」
「よくご存知ですね。相変わらず気持ちの悪い特技ですよ」
成績を上げて進学、或いは就職する。
ありきたりだが、真っ当な発想だろう。
「でも今日、歩と仲直りした時に思ったんです。私は今、幸せなんじゃないかと」
「家族がいて友達がいて、それは当たり前のようだが幸せなことだ」
「死ぬような思いで痛感したらですね、わからなくなっちゃいました」
困ったように笑いを漏らす。
「わからなくなった?」
「何が私にとって一番の幸せなのか、これから何をすればいいのか」
目標にしていた幸福と言うものが、思ったより身近にあった。
これ以上の幸福が思いつかないんだ、片桐は。
この先で何をすればいいのか見失ってしまった。
「片桐は、その髪を卑下しなくていい」
「知ってますよ、そんなこと」
「俺の傷とは違う」
「神様に怒られた、ですか?」
いつか知られることだ。
本当はあの時、聞かれると思っていたのに、タイミングを逃した。
いや、言い訳だ。知って欲しかったのかもしれない。
「俺の過ちに対する罰だ。この傷は液体による火傷」
「液体、ですか。火や熱ではなく」
「市販の洗剤とか薬剤で、混ぜるな危険ってあるだろ。あれをかけられた」
啞然とした様子が伝わってくる。
「蛇がのたうち回ったみたいだから、蛇の呪いとか言われてるだろ」
「傷痕が不規則なのは、そのせいですか」
分散した粒が不規則に命中した結果だ。
「咲里花がバケツ一杯の水を被せてくれたから、これで済んだ」
あれが無かったら、今よりも醜悪な見た目をしていただろう。
それこそ、歩ちゃんが見ただけで泣き叫んでもおかしくないぐらいに。
「まぁ、ちょっと目に入って視力はガタ落ちしたが」
「――すいません!」
「ビックリした。何で頭を下げる」
「だって、知らないとはいえ私は……」
「笑い話にしたのは俺だ。実際、コンタクトが駄目なのは子供みたいな理由だ」
舌でも嚙み切りそうだから、さっさと話を進める。
「何でもその人の悪事を、どうも俺がバラしたらしい」
「貴方はそういう人ではないですよ」
「ああ、身に覚えがない。だが、そのせいで推薦は白紙になった」
「ただの八つ当たりじゃないですか!」
「しー」
背中側に顎をくいっとする。
怒気は募りつつも声を抑えて、続ける。
「それが、どうして罰になるんですか。貴方は何も悪くない」
「憐れんだ。この人は怒られてこなかった、可哀想な人だって。憐みの目で見た」
「そんなの……いえ、火に油を注いだんですね」
「人を憐れむなんて何様だって、話だ」
可哀想だと思うなら、もっと早くから止めればいい。
「呪いなんて噂されるが間違いじゃない」
「理不尽、ですよ」
「悪意なんて基本理不尽だ、見境も無い、平気で他人の幸せを奪う」
犬も歩けば棒に当たる。生きていれば災難なんて幾らでも起こり得る。
「だからこそ、守らないといけない」
急に立ち止まって、珍獣でも見つけたような反応をされる。
一転して決意に満ちた頷きをした。
「……結局、復讐したんですか?」
「恨みがないとは言わない。今でも、憐みの方が強い」
「やっぱり、根も葉もない噂ですよね」
「ああ悪い。復讐はしたよ」
「あの、前言撤回していいですか。普通に見損ないました」
手のひら返すの速いなぁ……
「語弊がある。その人にはしてない」
「してるじゃないですか」
顔を背けて誤魔化す。追及の二の句が出る前に、態勢を整える。
うるさかったのか、身じろぎするので落ちそうになっていた。
「この子が大きくなっても、遊びに来てください」
「……本当に結婚するのか?」
「……冗談でも怒りますよ?」
「俺は、一瞬想像した」
存外、悪くないなと感じてしまった。きっと楽しいだろう。
いつもなら悪態を吐いてきそうなものだが、明後日を見ている。
心なしか、耳が赤くなっている。
「だがないだろうな、そんなこと」
妙な沈黙のまま、家まで辿り着いた。
「俺はここまでだ」
「ゆっくりしていけばいいですよ」
「夜も遅いしな。起きたら遊ぼうってせがまれそうだ」
「あり得ますね。ふふっ」
玄関の前で歩ちゃんを受け渡す。
そのまま手を振って、場を後にする。
「――あの! ありがとうございました! 楽しかったです!」
眠っている子にも時間帯も構わず、後ろから大声がする。
ヒヤヒヤさせるな……俺も楽しかった、久しぶりに。
言葉を返そうにも返せないので、もう一度だけ手を振った。
疲れた……歩ちゃんがいなくなった時は流石に肝を冷やした。
内心では、大焦りだ。予想が的中してくれたから良かったものの。
片桐家からしばらく離れた場所で頭を掻こうとする。
「……やばい」




