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夏休みに入って少し。七月ももうすぐ終わろうとしている。
今日は少し厄介な課題に取り組んでいた。
この辺の地図を広げて、ネットの情報を書き込んでいく。
「おっきなちず。なにしてるの?」
「これはな、安全な場所を記録してるんだ」
質問に慣れた様子で崖さんが返答する。
歩も歩で、この人がいることに疑問を抱いていない。
それもそのはず。何せこの人が意図的にやってるからだ。
最近わかったことですが、出来る限り私と二人っきりを避けているらしい。
「親御さんに心配させたら、勉強どころじゃないからな」
と、至極真っ当な理由を述べていた。
俺が血迷ったら殴れ、と本人のお墨付きを貰った。
これは私の憶測ですが、歩がいる時はよく来てくれる。
たぶん、嫌味半分で歩が楽しみにしてるって言ったのが原因ですね。
あんまり気にしてないように見えて、妙に気が回る。
「この辺はどれだけ水が溜まるか。この辺はどこが危険で安全か記録してるんですよ」
要するに、地形についての科学の授業。
――は、ついで。生徒たちに避難場所の再確認を促す為の課題である。
「それをしらべてどうするの?」
「例えばですね……災害とかあれば学校に避難しますよね?」
「うん、はしらない、しゃべらない、おさない、もどらない」
「見てください、私の妹を」
何ですかその薄っすら開いた目は、文句があるんですか。
「それを真顔で話すから怖いんだ」
そのままノートの空いている部分に、落とし穴のようなものを描く。
「例えばここに大量の雨が降ったら、どうなる?」
「……おぼれちゃう?」
「そう。学校も必ずしも安全とは言えなくて、災害によって避難する場所は変わる」
ちんぷんかんぷんと言うのが正しく当てはまっていた。
賢い妹ですが、流石にまだこのお勉強は早いみたいですね。
その後、意地になって説明していた。
「……つまり、歩ちゃんのお姉ちゃんはみんなを守る勉強をしてるんだ」
「うーん? お姉ちゃんすっごーい!」
わかったような、わかっていないような、そんな様子だ。
抱き着いてくるので受け止める。
詳しく説明しても通じない。そう判断し、わかりやすい目的に置き換えたようだ。
私にぶん投げたのは許せませんが、今回は大目に見ましょう。
「――ちょっと外す。すぐ戻る」
外の空気を吸いにでも行ったのか、外に出ていった。
一緒に微笑みながら、一旦休憩を挟んだ。
盗み見るつもりはなかったが、ふとスマホの画面が目に入った。
この辺の地図が表示されていて、色んな所に×印が書き込まれていた。
これ全部、危険な場所の印なんですよね。
勤勉と言うか、私には真似できない。
「お姉ちゃん、歩たちはどこにいるの?」
「え? えっとですね――」
歩の質問に、そんな思考も掻き消えていた。
崖さんが帰っていった、その日の夕飯時のこと。
「お姉ちゃん、ダブルやってダブル!」
宿題に使っていた鉛筆を二本渡してくる。
受け取って、両手でペン回しをする。
学校で流行っているらしく、試しに両手でやってみせたら好感触だった。
それ以来、時々ですが、せがまれるようになった。
「ねぇねぇ、歩これいきたい!」
沢山はしゃいだ後に、一つのチラシを見せてくる。
「夏祭り、ですか?」
花火が大々的に描かれたそのチラシは、近所の神社での祭り。
もう、そんな時期ですか。インドアなので行事にはいつも疎い。
「私は問題ないですが……どうですかー?」
手を拭きながら、お母さんがやって来る。
チラシを手に取って、難色を示す。
「この日はお父さんもお母さんも、同じ時間から用事があるのよね……」
一緒に隣で見ていたお父さんも、困ったような顔をする。
歩はしょんぼりと俯いてしまった。
「私が一緒に行く、では駄目ですか?」
「それも考えたけど、夕方からでしょう? 人も大勢いるだろうし……」
「巫代と歩だと女の子だけだしね。最近は良くない噂も聞くから」
「じゃあ、だめなの?」
うるうるとした瞳に、全員が露骨に胸を抑える。
我が家族ながら、この子に死ぬほど甘いのだ。
「駄目ではないのよ? 駄目ではないけど……」
完全には否定しないが、ハッキリと許可出来ないと言った様子。
行ってもいいが、出来れば二人の意思も尊重したい所ではある。
「――夏祭り? 人混み疲れるから好きじゃないんだが」
「それは私もなんですが、そこを」
案の定というか、嫌そうな感じだ。
今日は母が家にいる代わりに、歩が友達の家に遊びに行っているので私の部屋だ。
「お前外に出たくないんじゃなかったか?」
「私も出来れば出たくないですが、歩の為です」
それとなく経緯を伝えると、今度は渋柿食べたような微妙な感じ。
最初と違い、即決で却下ではないが、行きたくはないと言う顔だ。
「それなら俺じゃなくて御園さんに頼んだらどうだ」
「星摩さんは友達と予定があるそうです」
何か逃れる術は無いかと、片眼鏡を弄っている。
「言いたくはないが、俺とお前だと悪目立ちするぞ」
「そこは大丈夫です、私たちは慣れてますから」
寧ろあの子は胸を張るだろう、自慢だと。
「手伝ってくれたら、一日だけ私の時間を上げます」
「不用意だぞ、その発言」
「誰にでも言う訳ではありません」
普通に説教された。これでも多少の信頼からの発言なのに。
「……いつまでだ?」
「えっと、確か……七時頃に花火が上がるので……八時前には終わると思います」
「八時か」
一瞬だけ、眉を動かす。
「祭りだけだぞ」
「いいんですか。あ、でも、あまりエッチなことは」
「しないし、いらない」
「それでは私が納得できません」
「面倒臭い……」




