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彼には呪いの痣がある。
左の額から、蛇が暴れたような傷痕が口の端まで伸びる。
みんなは言う。彼は呪われたのだと。彼に近づけば呪いを貰うと。
だからだろう。
髪が銀色なだけで、特別ないわれもない私は呪いを受けてしまった。
――そして、私は彼の呪いになった。
§
高校二年生になった年の五月。
授業を適当に受けるふりをして、銀髪の先を弄りながら頭の片隅で考える。
『二年生になった君たちには、今から卒業した後の事を考えてもらいます』
急になのか、この時期に話すことなのか、そう教師は語りだした。
『受験勉強や就職活動は三年生からと思っているかもしれませんが――』
将来。漠然とこう生きているだろう、という想像はできる。
ただ、明確には思い浮かばない。果たして私は幸せになっているのか。
兎にも角にも私は、幸せと言う状態になりたかった。
成績不振でもないので就職するのも、大学に進学することも可能だろう。
『半端なことしちゃ駄目よ?』
私の将来を心配すると同時に、大学に行ってほしさを感じるお母さんの顔が浮かぶ。
良い大学に行けば、良い会社に入れる。そして、良い人に巡り会える。
当たり前の世間一般のレール。多くの人がそれで幸せになった。
だから片桐 巫代もそのありきたりなレールに乗る。
周りの授業態度。隠れてスマホを弄る者もいれば、真面目に受けている人もいる。
私が考えすぎなのか、いつもと変わらない。
そして――一人だけ異彩を放つのも変わらない。
時代に不釣り合いな片眼鏡(モノクルと言うらしい)。
視線を動かす度に落下防止用の鎖が揺れる。
浮いてるとは思う。と言うか浮いている。
あんな眼鏡、漫画でしか見たことがないですよ。
ただ、それより異質なのは顔の火傷痕。
顔の左半分。一か所ではなく広範囲に傷痕が残っている。
崖 彼芽さん。初めて同じクラスになったが、噂は聞いたことがある。
何でもあの傷は呪われているからだとか、復讐の代償だとか。
蛇の呪いだと言う人もいる。
何一つとして良い噂が存在しない。曰くつきの人。
見紛うことの無い異物。現に彼は腫れ物のように扱われている。
近づけば呪われる、と。
周りと違うからばい菌と非難する。小学生のする嫌がらせと同レベル。
かく言う私も、昔はその対象だった。
生まれつき髪の色素が薄くて銀色だった。雪女とか、凍て殺されるとか言われてきた。
ただ、私の場合は歳を重ねるにつれ、個性として受け入れられてもいた。
つまり、誰しも自分たちと違うのは気色が悪いのだ。
「――崖さん、少しいいですか」
ですが私は、そういう扱いが普通に嫌いです。
今までは話す機会が無かったから話さなかっただけ。
過去に話したことは数回。それも事務的な対応のみ。
何も言わずに背を向けたまま、帰路に着こうとする。
「あの、貴方に話しかけてるんですが?」
振り返って、一瞬だけ目をパチパチさせた。
「……あ、俺だったのか」
「この学年に崖さんは貴方しかいないです」
「そうか、悪い。滅多に話しかけられないからな。どうかしたか?」
……わざとやってるのか、それとも本気なのか掴みづらい。
「時間があればでいいので、勉強を教えてくれませんか?」
相変わらず表情に揺らぎが無い。感情を顔に出したのは見たことがない。
ですが一瞬、目を見開くような様子を見せた。
無理もない。成績が良いのも有名ですが、こうやって頼まれたのは初めてだろう。
こんな頼みをする理由は、単純に成績を上げたいから。
崖さんは一学年約百二十人の中で基本十位以内。理由はこれで十分だろう。
思案する表情に変化はない。考えているフリにも見える。
「――片桐さんに訊いてもいいか?」
さらっと名前を覚えられていた。ちょっとゾワっとする。
「点を取るだけの方法と、知識を身に付ける方法。どちらがいい」
「え……? えっと」
試されてるのか、あるいは勉強の仕方を問いかけているだけなのか。
ただ、その二択であれば答えは一つだ。
「後者です。私に必要なのはそっちです」
「……………………疲れた」
深く肩を落とす。落胆から来るものなのか。
ただ、私にはそれは拒否と受け取れた。
「そうですか……すみません、お時間を取ってしまって」
「そうだな。明日からでいいか? 今日は疲れた」
「はい、すみま……え、いいんですか?」
「条件は当然ある。教えている間、俺に何されても文句言わないこと」
「な……⁉ 私の身体が目当てですか……⁉」
大きく下がって、自分の体を守るように抱きしめる。
確かにか細くても出る所は出ていますが。
「違う。言い方を変える。片桐さんの肖像権を貰う」
「肖像権、ですか? 人権とかではなく? いや、人権も渡しませんが」
肖像権って、私の写真とかはどうこうされない権利ですよね。何のために……
私の疑問を無視して、条件を連ねる。
「後は、成績が上がらなくても文句は受け付けない。それを留意してくれればいい」
「それだけでいいんですか?」
「それだけでいい……じゃあ明日の放課後……図書室でいいか」
私が返事をする間もなく、踵を返す。
私への興味など微塵もなさそうな態度だった。
なのに、頼みは聞いてくれる。やはり人となりは掴めない。
初めまして。読んでくれてありがとうございます。書くのは初めてではないですが、初投稿です。
ようやく、最低限人に読ませられる程度の作品が生まれたと思ったので、供養のつもりで投稿しました。
拙い点が多いと思いますが、ちょっとでも気になった方はどうぞお付き合いをお願いします。




