表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘルドゥラの神々:漆黒の女王  作者: 渡弥和志
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/32

3. 黄昏の魔導士

 ────レシャンクの王都、レシャンクレイ。

 世界メティルの中でも古い歴史をもつ家柄のひとつ、グラムドレフ王家が治める魔導の都。その外郭は、王宮魔導士による結界と、魔導騎士たちによって守られており、街の中は未だ怪異とは無縁だった。



 ガルドは街の門に立つ魔道剣士に告げる。


「八司祭特使ガルド・メル・フィル、メデス・グラムドレフ王にご拝謁を賜りたく!」


 旗章を確認した衛兵は古の言葉を唱え、結界の門を開いた。


 王宮までまっすぐ続く大通りに、人々で賑わう街並みが軒を連ねている。

 黒みがかった石材が使われた建築、石畳。道の脇には魔水晶の街灯が並んでおり、それはフィレアルともクレストルとも異なる、不思議な趣があった。



「王宮へ急ごう」


「俺は酒場ででも聞き込んでみるぜ。夜にはそこの宿前で落ち合おう」


 ダインは言うと、雑踏の中に消えた。



 二人の八司祭騎士に荷馬車の番を任せ、四人は黒き王宮の階段を上がる。

 衛士のひとりが、ガルドの名乗りを聞いて王への報告を走らせると、程なくして中へ案内された。

 王宮は黒魔鉱石の石造りで、磨き上げられたその表面は鈍く輝き、あちこちに古の文字が刻まれている。


「重々しい城ね」


 アディルが呟く。


「守りの術が張り巡らされてる……」


 ミリアが言うと、サルフェンは頷いた。


「この城そのものが王都の結界の要なのじゃ」



 王座の間へと続く、長く広い回廊。

 多くの宮中魔導士や魔道剣士たちがこちらの様子を伺っている。

 大きく重い扉が、衛士の術によってゆっくりと開いた。



「──特使ガルドどの。此度(こたび)は何用にて参られた」


 メデス王は玉座の肘掛けについた腕に顎を乗せ、気だるい様子で言った。

 栗色の髭を蓄えたその面持ちには威厳があったが、その眼差しには力がなく、疲労に満ちていた。


「我が国は南方の魔境(エヴィラ)から『異形』が増えて対応に忙しいのだ。八司祭議会は議論ばかりでついぞ動かんしの」

 

 アディルが抗議しようと一歩踏み出したが、それを抑えたガルドは毅然として尋ねる。


「トルイデアに派遣された、魔導士ナルバについてです」


「ああ、クレド殿────貴殿の父君が議会を通じて要請されたものか。

 わざわざ議会特使を名乗って、その文句を言いに参ったのか?」


「──文句とは」


 ガルドはあえて事の次第は話さず、聞いた。


「やつのことだ、大した役に立っておらんのだろう。あの青二才、魔導士団内でも扱いに困っておったのだ」


「──!?」


 意外な言葉にガルドは動揺したが、つづけた。


「五神の伝承に通じ、中でも魂を司るヴィリド神の知識に長けるとのことで──

 フィレアルでは『異形』、そして『魔境(エヴィラ)』対策の要人として歓迎を」


 メデスは目を丸くした。

 宮殿の高い天井に王の笑い声が響き渡る。


「なんと、あやつ。そのような戯言(たわごと)を」


 王は、戸惑いを隠せないガルドの目を見据えた。


「そのような大それた知識を持ち合わせてはおらぬはず────まして、それほどの人材をトルイデアにやる義理は無い。

 議会の要請ゆえ、言葉通りに魔導士を一人派遣しただけのこと」


 ガルドは眉をひそめ、アディルは拳を震わせながら怒りを堪えている。


「特使殿はその苦情を伝えに来たのではないのか?」


 王が何かを隠しているのか、図りかね、迷った。

 


「──特使殿、城内を歩くことを許す。宮中の者どもに聞いてみるがよい。ナルバの人となりが分ろう。

 だが、確かに魔導士を派遣したのだからな。責められるいわれはない。」


「あんたねえ! 大人しく聞いてれば──」


 言いかけたアディルを、ガルドは遮った。


「あとひとつ──」


 慎重に言葉を選んで尋ねた。


「──『宝玉』に、変わりはございませんか」


 王は怪訝そうに眉を寄せた。


「宝物殿の最奥に固く封印しておるのだ。変わりがあろうはずがない」


「念のため、(あらた)めさせて頂けますか。それも我々の任です」


「……まあ、よかろう。特使殿の頼みとあらばな」



 王の間を出てから宝物殿までは、わずかな距離のはずだった。だが歩みを進めるほど、まるで空気そのものが層を重ねていくように、ガルドは胸の奥に重みを感じ始めていた。


 回廊は黒い石で組まれ、光を受けて淡く輝く。けれどもその輝きがどこか冷たく、足音さえも吸い込まれていくようだ。

 壁際には魔術による水晶灯が据えられ、内部で淡い光が脈動している。ミリアがふと足を止め、その光の揺らぎを目で追った。


「……魔力の流れが揺らいでる」


 アディルが肩をすくめる。


「気のせいじゃない? 何百年も魔導士が手入れしてるのよ」


 ガルドは、すれ違った女官が小声で囁くのを耳にした。


「……あれが特使だって。あの一団……」


 声を潜めながらも、視線は露骨に好奇と警戒に染まっている。

 次の角を曲がると、宮廷魔導士と思しき男たちが立ち話をしており、こちらを見るなりひそやかに会話を切った。沈黙だけが尾を引く。


 サルフェンは気づいているのかいないのか、白髭を撫でながら回廊を観察している。

 アディルはそんな彼を一瞥しつつ、低く呟いた。


「……落ち着かない場所ね。背中がむずむずする……」


 一同は自然と口数を減らし、石畳を踏む音だけが続く。

 宝物殿の重い扉が視界に入ったとき、ようやく彼らの呼吸が少し緩んだ。


 幾重にも扉をくぐった宝物殿の最奥────

 王の瞳から、みるみるうちに血の気が引いた。

 結界とともに『玉』が忽然と無くなっている事に、愕然としたのだ。


「週に一度は結界を確かめさせているのだぞ! こんなことが……!!」


 サルフェンが結界の据えられていたであろう箇所を検分する。


「結界の魔力は外部から破られてはおらぬ。内側から、術式そのものを崩壊させることなく解呪されたようじゃ」


 ミリアが瞼を閉じ、光の術を展開させながら呟く。


「なにか──人を呼び寄せる意思の残響が、かすかに……」



「議会へ報告を。由々しき事態です」


 ガルドはそれだけ告げると、一行は宝物殿をあとにした。

 


 夕日に照らされた回廊の窓が見えた瞬間、ガルドは思わず深く息を吸い込んだ。

 石造で密閉された宝物殿から解放され、外の風がようやく肺へ流れ込んでくる。


 けれども胸のざわつきは収まらない。



 ミリアがそっと呟いた。


「王様の顔、あれ、本気で驚いてたのかな……」


 サルフェンは眉を寄せる。


「驚いておった。わしには、取り繕っておるようには見えなんだ。だが、それが〝何に対して〟なのかは分からん」


 アディルが鼻で笑う。


「大事な宝が消えたからじゃ? 王が何か隠してる可能性でも——」


 ガルドが静かに制した。


「不用意に決めつけるのは早い。だが……嫌な違和感だ」


 王宮にざわめきが感じられた。兵らが慌ただしく宝物殿へ向かって行く。

 一行を見てひそひそと話す女中たちは、目が合うとそっと姿を隠した。


「王宮の空気が張りつめておる。『宝玉』の喪失は、王家の威信そのものを揺るがす事態……王宮の者らも動揺しておるのだ」


 サルフェンの言葉に、ミリアも小さく頷いた。


「やっぱり魔力の流れも、ほんの少しだけ乱れてる……まるで、どこかで“穴”が開き始めてるみたい」


 その言葉に、サルフェンは唸り、沈黙が流れた。


 日が傾き始めた今も、王都の灯りは明るい。

 人々の声も笑いも、昼間のように絶えない。

 しかしその下で、なにか重いものが蠢いている——

 そんな確信だけが、彼らの胸に冷たく沈んでいった。


「宮中でナルバについて聞いてみよう」


 ガルドは皆を促した。



 ────



「ナルバ?あの黄昏(たそがれ)ナルバか。トルイデアへ行ったんだって?」


「宮中勤めだってのに遊び回って、黄昏時にはそそくさと帰るんだ。我々は夜中まで術式の改良に勤しんでるんだぞ」


「毎日仕事をサボっては、城内の女魔導士や女中に声をかけて回っておった。魔導士の風上にも置けん奴じゃ」


「まあろくでもない奴だけど……話は面白いし、どこか憎めないのよねえ」


「魔導の素質、特に魔力への感応性はかなり高いのにな。勿体ないよ」


 どれも、耳を疑う噂ばかりだった。


「そういえば──」


 魔導士の一人は言った。


「出立前の晩、『声が聞こえる』とか言って宝物殿のほうへふらふら歩いてたわよ。

 朝は私達の見送りに現れず、旅の荷物も持って行かなかったの。

 わざわざ私達が用意してあげたのに。よっぽど気落ちしたのかしら」



 ────



 ガルドたちは王宮を後にし、約束の宿屋前へと街を歩んだ。既に太陽はその姿を山間に隠している。

 目前に広がる街は、点々と魔力の灯りが灯されており、他に見たどの町よりも明るい。日が落ちても街はまだ眠らないようだった。



「ガルド、収穫はあったか。こっちはな──」


 ダインは呆れたような顔を浮かべた。


「──聞いてた情報と違いすぎるぜ。酒場を点々としては女たちに声をかけてたみたいだ」


 ガルドは苦い顔で首を振った。


「こちらでも似たような話を聞いたよ。一体どういうことだ……」


「……本当に、同じ人なの?」


 ミリアが呟き、サルフェンは唸る。


「何者かが成り代わっておるのか、それとも操られておるのか──」


 皆がしんと静まり返った。



 沈黙を破るように、ダインがぽつりと口を開く。


「……そういやナルバとは別だが、ちょっと気になる話を拾ってな」


「気になる話?」


 ガルドが促す。



「酒場でな。傭兵どもが言ってたんだ」



 ────



 その時の空気が、ダインの脳裏に蘇る。

 煙草の匂い、薄暗い照明、汗と皮革の混じった荒い気配────

 王都の南端にあるその店は、昼間でも薄闇が支配していた。


 二人組の粗野な傭兵が酒瓶を傾けながら言う。


「最近よ、トルイデアが傭兵を集めてるって噂だ。それに、やけに物資がフィレアル城下へ運び込まれてるんだと」


 ダインは近寄り、傭兵に声をかけた。


「お、おう。『禿鷹』のダイン様じゃねえか」


 傭兵らは少し臆したようだったが、ダインから一杯を奢られると口を開き始めた。


「あれは騎士団長メドゥルの差し金らしいぜ。なにせ金払いがいい……俺らの仲間も引き抜かれた」


「戦の準備かもしれねえ……おたくの団にも声がかかってるかもだぜ」


「なんでも、行先はサリスファだって噂だ。あの独立城塞都市のな。

 あそこは長く他国との関りを絶ってきたが、まさかトルイデアが……考えたくねえな。この『異形』で大変な時によ」



 店主がぼそりと漏らす。


「異形が増えてるって話も、南だけじゃない。トルイデアでも……何かが蠢いてる」


 その場の空気は淀み、背中に冷えるものを感じた。



 ────


 

 回顧を終えると、ダインは重々しく言った。


「ナルバの変化に『宝玉』、トルイデア領主の失踪……メドゥルの動き。全部、裏でひとつに繋がってる気がする」


 ガルドは思い詰めた様子で視線を伏せた。


「父上は……どこまで予見なされていたのだろう」



 拭えぬ疑念は、まるで嵐の前触れのように重くのしかかった。

 しかし、未だ闇の訪れを知らぬ魔道の王国は、夜の賑わいを絶やすことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ