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ヘルドゥラの神々:漆黒の女王  作者: 渡弥和志
第一章

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3. 双剣の傭兵

 ガルドたちは、北西の首府クレストルへ向かい、山道を急いだ。

 北の平野には、二つの街を繋ぎ人々の行き交うタム・アレス街道があったが、人目を警戒してこれを避け、西回りの古い山道を選んだのだ。


 鬱蒼とした森の中、頼りなく続く草むした道。

 間もなく日が落ちようとしていた。


「もう少しで『アラスバの砦』が見える頃じゃな……あれは捨て置かれて久しいゆえ、何が巣食っておるかわからぬ。夜を明かしてから進むのが良いじゃろう。」


 サルフェンが言うと、道の脇に手際よく野宿の準備を始めるカイルとジャクス。

 火を囲んだ四人は、歩き通しで疲れの見え始めた脚を休めた。



「ガルド様、これを」


 カイルが背負っていた革の鞄から包みを取り出した。

 ジャクスが何とか持ち出してきた食料だ。


「ああ、すまない。少しでも食べて夜明けには()とう」


 ガルドが包みを開き、僅かばかりのパンと干し肉を皆に配ろうと取り出した。


「お待ちくだされ。このサルフェンが役立つときですぞ」


 老神官はその手に持った杖を食料にかざし、古の言葉を静かに囁くと、それらが僅かに光を帯びたように見えた。


「これで一口も食べれば十分なはず。限りある食料は温存せねばの」


 配られた粗末な食事を手に、やるせない表情をみせるジャクス。


「こんな端くれで足りるわけが……あの時もっと持ち出せていればなぁ……」


 愚痴を漏らしながらパンの一片を口にした直後、目の色を変えた。


「うわっ、なんだこれ……!美味い!!」


 ガルドも一口かじる。

 乾いたパンとは思えぬ、高級なバターを塗って焼き上げたような、得難い味わいが口の中に広がった。

 干し肉はまるで炙り焼きにした新鮮な肉のように温かい汁が溢れたように感じられる。

 そして、馳走を平らげた後のような満腹感が広がった。


「これは……すごいな。神官にはこの様な術もあるのか」


 サルフェンは皺深いその口角を自慢げに上げ、満足げに目を細めた。


「お役に立てて幸いじゃ」



 その様子を木陰から窺う者がいた。


(領主クレドの嫡男か…? こんなところで何してやがる……)


 囁いた男は、長身に鍛え抜かれた体躯、腰に二振りの剣を()いており、軽装の革鎧には歴戦を感じさせる多くの傷があった。

 額当てから無造作に溢れる長髪から鋭い眼光が覗いている。



 男は、がさりと枝をかき分けて姿を現した。


「おい、いい匂いさせてんじゃねえか。

 こんな誰も足を踏み入れねえ森にしちゃあ、上等な晩餐のようだな」


 しゃがれた、しかしよく通る声だった。


何奴(なにやつ)!」


 カイルの反応は速かった。

 食べかけのパンを放り出し、腰の剣を抜き放つと同時にガルドの前へと躍り出る。

 ジャクスも慌てて立ち上がり、震える手で槍を構えた。


「ガルド様、お下がりください……! ただの旅人じゃありません!」


 カイルの叫びに、ガルドも警戒の色を強める。


「──傭兵か」


 男は、抜き身の剣を向けられても眉一つ動かさない。両手はだらりと下げたまま、佩いた二振りの剣に触れようともしなかった。


「おいおい、騒ぐなよ。 犬を繋いでおけ、坊主。俺は通りすがりだ」


 傭兵らしき男は値踏みするように一行を見回し、鼻を鳴らした。


「ガキ二人連れた坊っちゃん、それに……魔法使いのジジイか。

 こんな夜更けに『アラスバ』の近くでピクニックとは、随分と命知らずなこった」


「貴様には関係のないことだ。去れ!」


 カイルが切っ先を向けるが、男は(あざけ)るように(わら)う。


「関係ねえ? まぁそりゃあそうだ。だがな、ここから先は野盗どもの遊び場だぜ。そこを通ろうってんなら、死にに行くようなもんだ」


 ガルドは向けられた男からの視線に、敵意ではない何かを感じ取った。


「……ま、むさ苦しい男所帯に用はねえよ。お嬢ちゃんでも連れていりゃあ、話は別だったがな」


 吐き捨てるように言うと、男は踵を返そうとする。

 しかしその背中には、明らかに「呼び止めろ」と言わんばかりの隙があった。

 ガルドは、この男がただの不躾な傭兵ではないと直感した。

 暗闇とはいえ自分たちに気づかれずに接近した手腕。そして、野盗の存在を知りながら平然としている態度。



「——待ってくれ」


 ガルドはカイルの制止を手で抑え、声を上げた。


「『アラスバの砦』が野盗の住処になっているというのか?」


「——砦? ああ、今は『処刑場』って呼んだ方が正しいかもな」


 男は足を止め、振り返ることなく肩越しに答えた。

 ジャクスは足をすくませ、槍の先をカタカタと揺らした。



 アラスバの砦は、かつて隣国レシャンクと緊張状態であった時代の要衝であった。

 八司祭議会によりその役目を終え、さらに『魔境』の脅威が増してからは、駐在兵も引き上げていたのだ。


()()には、ろくでもねぇ腐った奴らが巣食って古道を塞いでる。通行料は金だけじゃねえ、身包み全部と……その命だ」


 その言葉に、ジャクスの顔色がさらに青ざめる。

 カイルは唇を噛み締め、剣を握る手に力を込めた。

 ガルドは毅然として言った。


「脅しなら無用だ。我々は通らねばならない。クレストル八司祭議会に用向きがある」


 その真っ直ぐとした言葉に、男はゆっくりと体ごと向き直った。

 その口元には、獲物を品定めする獣のように不敵な笑みが浮かんでいる。


「脅し? 親切心で忠告してやってるんだぜ。お前らみたいな、育ちの良さそうな連中が通れば、骨までしゃぶり尽くされるのがオチだってな」


 男の視線が、鋭くガルドを射抜く。

 ガルドの深く碧い瞳に緊張が走った。


「あんた、ただの金持ちの息子じゃねえな。その目、それに……その連れの兵士の立ち振る舞い。

わざわざ街道を避けてこんな道を通るたァ……何かワケありでクレストルへ急いでるって顔だ」


「……だとしたら、どうする」


 ガルドが問い返すと、男は愉快そうに喉を鳴らした。


「俺も用があるんだよ、クレストルにな。意味もなく野郎を連れて歩く趣味はねえがな」


 男が腕を組む。

 腰の双剣の柄が触れ合い、乾いた金属音を響かせた。

 緊張した空気が辺りを包み、焚き火の弾ける音がそれに続く。



「だが、取引なら応じてやらんこともない」


「……金か?」


「金? それだけじゃあな」


 男は吐き捨てると、一歩、ガルドの方へと歩み寄った。

 カイルが間に入ろうとするが、ガルドはそれを手で制し、男の言葉を待つ。


「——そうだな……俺が興味あるのは、クレストルの議長シリスの娘たち、ラルス家の三姉妹かな」


 唐突な名前に、ガルドは眉をひそめる。


「……ラルス家? なぜだ」


「噂じゃ、目が眩むほどの『いい女』揃いらしいじゃねえか。俺はそれを拝みたいだけだ。」


 にやりと笑みを浮かべた。


「……まあ、()()()()にちょっとした借りもあるしな」


 ふと視線が鋭くなったのを感じて、ガルドは訝しげにその瞳を見据えた。


「あんた、議会に用があるならツテがあるんだろ? 俺にその手引きをしろ。それが条件だ」


 言い終わるやカイルが激昂した。


「ふざけるな!! そんなふしだらな理由で我々に同行など!」


 カイルの剣の切っ先が近づいたが、男は飄々とした態度を崩さない。


「ふしだら? 男のロマンと言えよ。

 断るなら勝手に行きな。──ま、せいぜい砦の肥やしになるんだな」


 サルフェンが静かに進み出て、ガルドの耳元で囁く。


「ガルド殿。この男……戦場の匂いがしおる。わしの知る傭兵の中でも、最も危険な類。──不純な動機を語ってはおるが、その実力は本物じゃ。

 我らの素性も見透かされておる。ここは……」



 ガルドは逡巡した後、カイルの肩に手を置いて制し、深く息を吐き出した。


「……わかった。我々を無事にアラスバを越えさせ、クレストルまで送り届けるなら、その望み、叶えよう。我がフィル家からの謝礼も出す」


「交渉成立だな……!」


 男はニヤリと笑い、言った。


「俺はダイン・クレイズだ。

 フィル家嫡男は……ガルド、だったか」


「ガルド・メル・フィルだ。カイル・ハリトとジャクス・カルキ、それに……」


「サルフェン・サイレスじゃ」


 ダインはそれぞれ一瞥すると、焚き火のそばに勝手に腰を下ろした。


「じゃ、残りのメシをよこしな。腹が減ってちゃ、美人も拝めねえからな!」


 見回したが、そこには乾いたパンと干し肉のみ。


「なんだこりゃ!?」


「一口食べればわかるさ」


 ガルドは表情を緩めた。

 ダインは胡乱な目で干し肉の欠片を摘み上げると、放り込むように口に入れた。


「けっ、こんな木っ端みてぇな肉で……ん?」


 咀嚼した瞬間、ダインの動きが止まった。

 眉間の皺が解け、大きく目を見開くと、次はパンをむしり取って頬張る。


「……おいジジイ、こりゃ何の魔法だ?」


「ただの感謝の祈りじゃよ」


 サルフェンが涼しい顔で答えると、ダインは鼻を鳴らし、しかし口元には隠しきれない笑みを浮かべた。


「へっ、食えねえジジイだ……。だが、味は悪くねえ」


 ダインは欠片を平らげると、双剣を枕にその場にごろりと横になった。


「夜明けと同時に動くぞ。遅れる奴は置いていく。……それと、見張りはいらねえ。何かありゃ俺が起きる」


 言うが早いか、寝息を立て始めるダイン。



 ガルドたちは顔を見合わせ、苦笑しながらも、忘れかけていた温かい満腹感と共に、安堵の息を吐いた。


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