表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘルドゥラの神々:漆黒の女王  作者: 渡弥和志
終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/32

涙のあとに

 世界(メティル)から────影が、潮を引くように去った。


 クレストルの戦陣は、崩れる寸前だった。

 カイルは馬から落ち、泥にまみれ、それでも叫び、剣を振り続けていた。

 シリスはついに魔力が尽き果て、フィリオは母を支えて最後の力を振り絞っていた。


 その目の前から、『異形』たちが消えてゆく。

 ────救われたのだ。


「やったのですね……」


 シリスが呟き、カイルは拳を握りしめる。


「ガルド様たちが……やり遂げた……」


 折り重なる遺体の山の中で、生き残った者たちは手を取り合い、泣き崩れた。


「ヒトの選択──しかと見届けた」


 竜皇はそれだけ呟くと、空の彼方へと飛び去った。



 ────



 一年後──


 シル・エザリスの都、アラミラス。

 影の王から受けた傷跡は深かったが、復興が進み始め、人々は活気を取り戻しつつあった。


「……たくさんの人が、犠牲に」


 アディルの遠くを見つめる横顔を見て、目を伏せるダイン。


「……でも街は少しずつ、戻ってきてるぜ」


 彼女は胸に手を当て、祈るように頷いた。


「うん、前を向かなきゃ、ね」


 顔を上げるのを見て、ダインは息を吐く。


 そしてふと、口角を上げた。


「お前が守った街だぜ。なぁ?」


 アディルの肩を抱き寄せた。


「……っ! 調子に乗るな!」


 脇腹を肘で突かれ、悶絶する。


「……私のした事なんて、少しだけよ」



 ────



 アギサルの森、フォロア族の里。


 結界は綻びかけていたが、長イシリツォと術師たちの尽力によって、里は耐え抜いた。


 倒木は片付けられ、焼けた地面には、すでに若い芽が顔を出している。


 クリスは、その光景を黙って見つめていた。

 自分が守れたのは、世界のほんの一部。


 それでも、この場所が残ったことが、胸の奥に静かに沁みていく。


 ムゥが羽ばたき、後ろで小さく鳴いた。

 振り返ると、そこに母の姿が見えた気がした。

 そこで、確かに笑っていた。


「……ありがとう、ムゥ────お母さん」


 言葉にした瞬間、ようやく、ここまで来たのだと実感した。


 もう、守られるだけの子供ではない。


 それでも、帰る場所があることが、これほど心強いとは思わなかった。


 ムゥが肩にとまり、翼で少女の身体を包む。

 その温もりが、すべての答えだった。

 


 ────



 トルイデア領フィレアル。


 戦の傷跡がまだ残る城壁の下で、それでも人々は笑っていた。


 旗が翻り、花が撒かれ、子供たちの声が広場に響く。


 人々は知っている。

 この平穏が、どれほどの犠牲の上に成り立っているのかを。


 それでも今日だけは、悲しみより先に、祝福を選んだ。


 領主ガルド・メル・フィルと、ミリア・ラルスの婚礼の儀が始まる。


 鎧ではなく、正装に身を包んだガルドは、どこか落ち着かない様子で立っていた。


 その隣で、ミリアは小さく息を吸い、背筋を伸ばす。


 ふと、ガルドは想いを馳せた。


 ──本来なら、彼女も、彼らも、ここに立っていただろう。

 だがその席は、今も空いたままだった。


 一瞬、二人は誰かを探すように視線を彷徨わせた。

 しかし互いに視線が合った瞬間、ふっと緊張が解けたように、二人は微かに頷き合った。


 戦場では並んで立てなかった時間が、今、ようやくここで重なる。


 ジャクスが軍の隊列を整える。

 カイルの号令とともに、兵たちが一斉に剣を掲げた。


 その中央を、二人は並んで進む。


 剣をかざす兵の列を抜けるたび、歓声が波のように押し寄せた。

 守られた街と、守った人々が、確かにここにいる。



 その光景を、メドゥルは少し離れた場所から見つめていた。


 剣を持たぬ手が、わずかに握られる。

 それが震えていることに、彼自身が気づくことはなかった。


 祝いの声が上がるたび、胸の奥で、何かが軋む。


 ──あの場に立ったかもしれない娘の姿が、どうしても重なった。


 だが、もう、戻らない。


 もしも、あの時。

 ほんの少しでも違う選択ができていれば、と、考えずにはいられなかった。


 メドゥルは視線を落とし、深く息を吐いた。

 そして、誰にも気づかれぬよう、踵を返す。


 振り返らなかった。

 振り返ってしまえば、歩けなくなると、分かっていたから。



 ────



 ヴァルスは、誰の前にも姿を見せなかった。


 封印の光が消えたあと、彼は一人、遺跡を去ったという。

 追おうとした者もいたが、誰も見つけられなかった。


 それが、逃げだったのか。

 それとも、せめてもの償いだったのか。

 答えを知る者はいない。



 ────



 山間の小さな村に、ひとりの旅人がいた。


 名を尋ねられても、答えない。

 剣を持ってはいるが、決して抜かない。


 ただ、頼まれれば畑を耕し、壊れた家を直し、傷ついた者を運ぶ。

 子供に礼を言われるたび、なぜか胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 夜になると、村外れの丘に立ち、双子の月を見上げていた。

 毎晩、同じ場所で、同じように。




 ある夜、彼は夢を見た。


 幼い頃の、何でもない日。


 剣の稽古で転び、友が笑い、姉に労られ、父に頭を撫でられた。

 あの頃は、それが永遠だと思っていた。


 目を覚ますと、胸の奥がひどく痛んだ。


 だが、涙は出なかった。

 泣く資格は、もうないと、自分で決めていたから。



 それでも、朝は来る。


 陽が昇り、人が起き、今日を生きなければならない。

 もう、逃げる場所はない。

 剣を背負い、また歩き出す。



 彼が何を守り、何を失い、どれほどの夜を越えたのか。それを知る者はいない。


 ただ、確かなのは一つだけだった。

 世界が続く限り、彼は歩き続ける。


 それが贖いであれ、祈りであれ、立ち止まらず、生きることを選び続ける。


 そしていつか。

 遠いどこかで、再び大切な誰かの前に立つ日が来るかもしれない。


 その時彼の手は、剣を握るのではなく、ただ差し伸べられるだろう。


 それで良かったと、きっと思える日が来る──

 その時、どんな顔で空を見上げているのか。

 それは、まだ誰にも分からない。



 山の息吹は、確かに、春の訪れを告げていた。



  完




 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

 なにか少しでも心に残るものがありましたなら、それは最上の喜びです。


 もし本作が気に入っていただけましたら、ぜひ他の短編なども読んでいただければと思います。

 登場人物にスポットを当てたスピンオフを書いています。


 『漆黒の女王』編はここで結びますが、『ヘルドゥラの神々』の世界は、私の中でまだ果てしなく広がっています。

 機会がありましたら、また別のお話でもお付き合いいただけましたら幸いです。


 最後に、評価、感想などをいただけましたら、今後の大きな励みになります。

 ぜひ引き続き、よろしくお願いいたします。



  渡弥和志


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ