プロローグ
夜が静まり返るとき、誰かの息が止まる。
残るのは銃声と、ほんのわずかな温もり。
これは、殺すことでしか生きられなかった男の物語。
夜の東京は、雨に濡れたアスファルトが街灯を反射していた。
人の気配はあるのに、どこか現実感がない。笑い声も、クラクションの音も、まるで遠い世界の出来事のように感じられる。
志村朔人は、ホテル「アトラス」の最上階に立っていた。
黒いグローブを外し、濡れた手のひらを見つめる。血ではない。――雨だ。
それでも、その感触はいつも血と区別がつかなくなる。
足元には、一発の薬きょうが転がっていた。
わずかに焦げた金属の匂い。耳の奥に、いまだ消えぬ銃声の残響が鳴っている。
ターゲットは沈黙し、任務は完了。だが、彼の心は微動だにしなかった。
彼はゆっくりと懐から銀色のコインを取り出した。
片面には「α」の刻印。もう片面には、平議会の紋章。
それが報酬――この世界で生きるための唯一の通貨だ。
しかし、今夜は違った。
このコインの重さが、妙に胸に引っかかる。
――“感情を持つな”、それがアルファの掟。
それでも、雨の中で倒れた少女の顔が、脳裏から離れない。
「……悪夢は、まだ終わらないか。」
朔人は小さく呟くと、ホテルの窓を背に振り返った。
硝子越しに映る自分の瞳が、まるで他人のように冷たい。
あの事件――青龍会の夜から、彼の中で何かが壊れたままだ。
どこかでサイレンが鳴った。
しかしその音も、もう彼には関係がない。
任務が終われば、ただ消える。それが彼の「生き方」だった。
――銃声のあとに残るものは、いつも沈黙だけ。
だが今夜だけは、その沈黙の奥に、微かな「痛み」があった。
読んでいただきありがとうございます。
本作《銃声のあとに残るもの》は、現代日本を舞台にしたハードボイルド暗殺者ドラマです。
平議会が支配する「秩序ある殺し」の世界、
その中で感情を封じて生きる男・志村朔人。
そして、規律を壊し、狂気に堕ちたもう一人の暗殺者――イシカワ・アキヒロ。
二人の暗殺者の軌跡が交わるとき、
“銃声のあと”に残るのは、沈黙か、それとも救いか。
次章より本編が始まります。
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