7品目:笑わない娘
雑貨屋を出たリュシアは、ゆっくりと工房へ戻ろうとしていた。
(今日はもう、余計な仕事はしたくないわね)
ギルドでは騒がしい依頼に巻き込まれたし、雑貨屋ではミレーネに絡まれた。
これ以上誰かに付き合う気はなかった。
だが——
コツ、コツ、コツ……
工房の扉を叩く音が聞こえた。
(……誰?)
こんな時間に訪ねてくる客は珍しい。
リュシアは小さく息をつき、扉を開けた。
「すみません、錬金術士さま……!」
立っていたのは、年の頃40代半ばほどの小柄な男だった。
薄茶色の髪に、仕事で日に焼けた肌。街の商人らしい、こざっぱりとした服装をしている。
「……何かしら?」
「お願いがあります! どうか、娘を助けてください!」
リュシアは静かに目を細めた。
「……娘?」
商人は深く頭を下げると、必死の様子でまくし立てた。
「娘が……もう半年も、笑わないのです!」
その言葉に、リュシアは小さく眉をひそめた。
「……笑わない?」
「はい! 最初は気のせいかと思ったのですが、どんなに楽しいことがあっても、どんなに面白い話をしても……娘はまるで感情を失ったように、笑わなくなってしまったのです!」
リュシアは男をじっと観察する。
(ただの心の問題なら、医者や聖職者に相談するはず……)
「医者には診せたの?」
「ええ! 何人もの医者に診てもらいました! ですが、皆『心の問題でしょう』とか、『成長の一環かもしれません』とか……」
男は苦しげに頭を抱えた。
「でも、私は違うと思うのです! 娘は、まるで“何かに取り憑かれた”かのように、笑えなくなっているのです!」
リュシアは静かに考える。
(“取り憑かれた”……ね)
普通なら、「ただの思い過ごしでは?」と言うところだろう。
だが、リュシアは「何かが原因で感情に影響を与えるもの」を知っている。
(錬金術や呪術には、“感情を抑制する”効果を持つ薬や術式もある)
これは、単なる精神的な問題ではなく、何かの影響を受けている可能性が高い。
リュシアは男を見据え、ゆっくりと口を開いた。
「……分かったわ。あなたの娘を診てみましょう」
商人の顔がパッと明るくなった。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
リュシアは淡々と扉を閉め、道具袋を手に取る。
「じゃあ、案内して。娘さんに直接会って、判断するわ」
そうして、リュシアは“笑わない娘”の謎を探るため、商人の家へと向かうことになった。