5品目:ギルドの待合室にて
朝の柔らかな陽射しが、街の石畳を照らしていた。
リュシアは、ふと思い立ち、街の中心にある冒険者ギルドへと足を向けた。
別に仕事を探しているわけではない。昨日の瘴獣討伐の件がどう扱われているのか、少し様子を見ておこうと思っただけだ。
「さて……どんな顔をするのかしらね」
ギルドの扉を開けると、中は相変わらず活気に満ちていた。
奥のカウンターでは依頼の受付が行われ、ホールでは冒険者たちが談笑しながら情報交換をしている。
リュシアは特に誰とも話すつもりはなく、端の待合室に腰を下ろした。
(最近の依頼、どんな感じかしらね)
ギルドの掲示板を眺めながら、周囲の冒険者たちの会話に耳を傾ける。
「おい、聞いたか? 瘴気の森の瘴獣が討伐されたらしいぞ」
「マジか? あれ、上位の討伐依頼になってたはずだろ」
「まだ詳細は出てねえけど、ギルドも確認中だってよ」
リュシアは軽く目を細める。
(もう噂になってるのね……まぁ、あれだけの異常瘴気だものね)
情報を集めながら、のんびりと待合室の椅子に座っていると——
突然、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「誰か、助けてくれ!!」
怒鳴り声とともに、二人の冒険者が仲間を担ぎ込んできた。
担ぎ込まれた男は、全身血まみれだった。
「こいつがやられた! もう息が……っ!」
ギルド内がざわめく。
「ヒーラーは!? 誰か治せるやつは!?」
だが、受付の職員が申し訳なさそうに頭を振った。
「……すみません。今、上位のパーティーは出払っていて、高位のヒーラーは誰もいません。」
「ふざけるな……!」
仲間を抱えた冒険者が、絶望した表情を浮かべる。
「このままじゃ死んじまう!! どうにかならねえのかよ!?」
リュシアは騒がしいギルド内を見渡し、溜息をついた。
(……目の前で死なれても困るのよね)
立ち上がると、静かに男の元へ歩み寄る。
「……どきなさい」
「は? なんだお前!」
「助けてほしいんでしょう? なら黙ってなさい」
リュシアはポーチの中を探り、淡い銀色の液体が入った小瓶を取り出した。
「……これを飲ませるわ」
「おい、それは何だ!? 変な薬じゃ——」
「うるさいわね。助けるか死なせるか、どっちがいいの?」
リュシアが冷ややかに言うと、冒険者はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……頼む、助けてくれ」
リュシアは無言で男の口を開かせ、小瓶の液体を流し込んだ。
——数秒後。
瀕死の男の体から、じわじわと血が止まり始めた。
「っ……!? 血が……止まった?」
冒険者たちが息をのむ。
「傷そのものは治らないけど、これで出血は止めたわ」
リュシアは冷静に言った。
「だが、もうかなりの血を失ってる。これじゃ……」
「だから、次よ」
リュシアはすぐさま新たなポーションを調合し始めた。
手際よく薬草を砕き、触媒を加え、素早く魔力を調整する。
冒険者たちは、錬金術士の調合作業を間近で見る機会がないのか、息をのんでその手さばきを見守っていた。
「これでいいわね」
リュシアは、淡い紅色の液体が入った小瓶を完成させた。
「……これは?」
「血液生成を促すポーションよ。これを飲ませれば、失血によるショック状態を防げるわ」
リュシアは再び男の口を開かせ、ポーションを飲ませる。
しばらくすると、瀕死だった男の顔に、わずかに赤みが戻り始めた。
「……おぉ……?」
「こ、これって……?」
リュシアは腕を組み、静かに頷いた。
「これでひとまず命は助かるわ。あとは回復魔法を使えるやつが戻ってきてから、治療すればいい」
「す、すげぇ……! お前、一体何者だ!?」
冒険者たちが驚きの声を上げる。
しかし、リュシアは微笑みながら、さらりと言い放った。
「ただの錬金術士よ」