8話 嘘
一晩明けて、2、3日が経過した後でも、僕らの間には不快なぎこちなさが残った。
正確にいうと、僕は全く元通りに戻ったのだが、あかねさんの様子がおかしすぎるのだ。
「や、柳川くんこれ食べる?」
「いただきます、ありがとうございます。」
特急電車のボックス席、対角線上に腰をかけるあかねさんは自分がつまんでいたポテチをくれるというのだが、おもちゃのマジックハンドを器用に使い、袋の中からポテチを一欠片つまみ上げると、僕の方へとやった。
僕はそれを食べながら言う。
「……なんですかそれ」
「マジックハンドだよ!さっき富山駅に売ってたんだ〜」
僕は我慢ができなくなって、声を大きくしてあかねさんへ言った。
「買ってたの見ましたよ!じゃなくて、あかねさんの態度です!」
そういうとあかねさんはビクッと体を震わせた。僕もこの一言を皮切りに、数日間溜めていた言葉をぶちまける。
「ここ数日間、わざわざ別のエレベーター乗ったり、食事は別テーブルでしたり、部屋まで2つ取ったり……変な気遣わないでください!途中、はぐれそうでまじで困ったんですから」
「な、なんのことかなー」
視線をそらし、プシュプシュと口をすぼめて口笛もどきを奏でるあかねさん。僕は両膝に乗せていた手を硬く結んだ。
……めんどくせえ!
あかねさんの行動から、なんとなく考えてることがわかった。
おそらく、僕のことを女性恐怖症か何かだと思っているのだろう。
僕にはとあるトラウマがあるだけで、千枚田の時にはそれを思い出しただけなのだ。
しかし、何も知らずにあのワンシーンを見ると、女性が苦手だと思われてもおかしくないなとは思う。
だから、その誤解をなんとかして解きたい。
ガタンガタン、ガタタンガタン……僕らの間に流れる鉄同士がぶつかる音と衝撃を感じながら、僕は妙案を思いつく。
「僕、実は高校で学年1位だったんですよ」
「……へ?あ、うん。すごいね」
あかねさんは意表を突かれた、と言わんばかりに口をぽかんと開けていた。
「自分で言うのはあれですが、どんなことでも容量がよくて、勉強で言ったら、テスト直前に教科書の内容を一度見れば満点取れます」
「すごっ!羨ましいな」
僕の話に少しずつ興味を持ってくれるあかねさん。この話は嘘ではない。実際、テストの成績だけならあの学校の誰にも負けない自信はある。
「ただ……便利すぎる力が故に、欠点があって」
「え!なになに?」
僕はあかねさんの反応が面白くて、少し芝居かかった話し方をした。
「たまに脳みそを強制停止しないと、爆発しちゃうんです」
「なにが!?」
「脳みそが」
あかねさんは「ぎゃあああ!」と頭を抱えながら背もたれに勢いよくもたれかかる。
その衝撃であかねさんと背中合わせになって座っていた男性が迷惑そうにこちらに振り返ってきたため、僕とあかねさんはその男性に頭を下げた。
僕らはいくらか声量を抑えながら会話を続ける。
「まぁ、爆発はしません。ただ、たまにああして意識が強制シャットダウンしちゃう時があるんですよ」
「なんだか、コンピューターみたいな脳みそしてるんだね」
「そうなんですよ。だから、この前の《《あれ》》は気にしないでください」
僕が言うと、あかねさんの顔は久しぶりに、あの太陽のような笑みを浮かべた。あかねさんはそのまま自分の席を立ち、僕の隣へと腰をかけた。
「柳川くん、女の人が苦手なんだと思った……ごめん、誤解してて」
「僕も、話せてなくてすいません」
お互いの間に流れるぎこちない雰囲気がふっと和らぐのを感じた。一安心するとともに、オルゴールのような音が列車内に響いた。
『まもなく、新潟、新潟です』
「お、やっとだ。降りる準備して柳川くん」
あかねさんは手早く座席に広げた荷物を片付けると、席を立った。同時に揺れも止み、周りの乗客も席を立った。