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4話 石川/能登水族館

「柳川くんみて!すごい綺麗!!」


 あかねさんはハンドルを握りながらはしゃいでいた。時速90km出ている車体は彼女のテンションに合わせて左右へ揺れる。


 僕は助手席の手すりを強く掴んだ。

 

「こ、怖いので前向いてください!」


「君は昨日死んだんじゃないの?」


「言葉の文ですよ!死んでません」


 そういうとあかねさんは愉快そうに笑った。


 ここは石川県、千里浜なぎさドライブウェイ。石川県の市街地と能登半島の先端までをつないでいる。旅に出て最初の目的地は、僕の希望である「のとじま水族館」へ行くためだった。金沢駅前までは電車で移動し、能登半島まではレンタカーを借りて行くことにした。


「それにしても、柳川くんが水族館好きなんて、見た目からじゃ想像つかないなぁ」


「そうですか?」


「うんうん、イメージは図書館って感じ」


「どういうイメージですか」


「クソ真面目ってこと」


 そう言うとあかねさんはまた笑った。その言葉は今までも何度も言われた言葉だった。

 初対面の印象と違って、あかねさんはよく笑う人だった。昨日の生気がしなわれた彼女は全く別人のようだった。


「僕そんないい子ちゃんじゃないですよ」

「そうだね、だったら死ぬために旅してないもん」


 車は速度を上げた。





 車は1時間半走り続け、ようやく僕らは目的地へと到達した。

 しかし……


「ね、ねぇ、これ本当に営業してるの?」


「ホームページではやってるって書いてありますね……」


 不安になる程人がいなかった。『のとじま水族館』と言う文字とともにイルカやジンベエザメの描かれた陽気なゲートが目の前にはあるが、ここに来るまでに1台の車ともすれ違わなかったのは不可解なことだった。

 どうしてここまで人が少ないのか。僕がうっすらと考えていた原因を、あかねさんは言葉にした。


「地震の影響かもね」


 約1年前に能登半島で発生した震災。ここへ来る途中にも、道が何箇所か割れているところがあり、スピード狂のあかねさんとの相性は最悪だった。


「まぁ、とにかく行ってみようか」


「そうですね、そうしましょう」


 車はそのまま、ポップなデザインのゲートをくぐった。





「わっ、水槽でかい!」


「あかねさん、あそこにジンベエザメ」


「わ、わぁ!すごいすごい!」


 震災があっても、水族館は営業を行っていた。一部展示はまだ復旧していないそうだが、大水槽やペンギンなど、いくつかの生き物たちは避難先の水族館から戻されていた。

 そして、この水族館の目玉の一つであるジンベエザメも帰ってきていた。ジンベエザメを見られる水族館は日本だと数カ所しかなく、実際僕も初めて生のジンベエザメを見た。


「綺麗だなぁ」


 僕は独りごちた。目の前には空想の世界が広がっている。摩擦や重力を感じさせない彼の泳ぎは僕をぐんぐん現実から引き離してくれた。辛く希望の無くなってしまった現実。色々な力に縛られて動けなくなってしまった僕の心を忘れさせてくれた。


「柳川くんは水族館が本当に好きなんだね」


「はい。お父さんに『テストでいい点を取ったらなんでも買ってやる』って言われて、水族館の年パスを買ってもらったくらいには好きです」


「そっかぁー……」


 僕が水槽をうっとりと眺めている間、視界の端であかねさんの顔は数回こちらを見た。きっと「そっかぁー……」の先が、彼女が本当に知りたいことなのだと思う。

 だけど、まだ。あかねさんにはその先は言わなかった。


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