第九話 アビゲイル
アスモデウス神が止めていた時間が動き始めるとウルティアは突然、血を吐いて倒れた。
意識を失い全身をビクンビクンッと痙攣させる姿を見て人々は悲鳴を上げ、そしてなぜ、突然、神官長が血を吐いて倒れたのか分からずに混乱した。
だが、俺にはその理由が直ぐに分かった。
呪詛返しだ。
時が止まる寸前、ウルティアは俺がアスモデウス神の祝福を受けることを阻止するために魔法を唱えていた。神に弓を引いたのだ。これはその報いだった。
俺は叫んだ。
「呪詛返しだっ! ウルティアはアスモデウス神を魔法で攻撃しようとしたが、呪い返しにあって自分の魔法を自分の身に受けたんだっ!!」
俺は慌てて駆け寄ると倒れたウルティアの体に治癒魔法をかける。
彼の顔に手を当てるとヒールLV.1を選択する。するとハカが自分の足首の霧傷を治した時と同じように俺の掌から光があふれ、傷ついたウルティアの体を癒そうとした。だが・・・・深く傷ついたウルティアの体に俺のヒールなど焼け石に水と言った感じでなんの役にも立たない。
俺では彼の力になれない。直ぐに判断し、狼狽えるばかりの周囲の人間に助けを求めるために一喝した。
「おいっ! 何をぼさっとしているんだっ!
治癒魔法が使える奴はすぐにウルティアを救えっ! このままではすぐに死んでしまうぞっ!」
すぐに死んでしまう。いや、すでに死にかけているのかもしれない。かろうじて息があるのは俺のチンケな治癒魔法が効いているおかげだろう。しかし、このままでは5分も待たずに死んでしまう。彼の顔に手を触れた俺は彼の死を肌で感じ始めていた。
俺に一喝され我に返った人達の中から治癒魔法が得意な者たちが駆け寄って来てウルティアの治癒を始める。
すぐにウルティアの体は目を開けているのもつらいほどのまばゆい光に包まれる。卓越した治癒魔法の使い手7人がウルティアの治癒を始めた結果だが、それでもその治癒は中々終わらない。
「どうした? 治せないのか? 彼は助からないのか?」
心配になって治癒を行っている一人の神官姿の女性に声をかけた。
彼女は涙ながらに答えた。
「これはお父様の得意とする進行性の破壊魔法腐食です。
治す速度と破壊の速度が釣り合っていて治しきれないかもしれないっ!!」
女性の神官はそう言って涙を流す。
彼女は言った。「お父様」と。
父親の悲惨な姿を前に自分の無力を呪う女性の姿に俺は言葉を失いかけたが、俺がしっかりしなくてどうする。
「治せないかもしれないじゃない。治すんだっ!
信じろ、あなた方ならウルティアを救えると。いや、あなた方が救わなくて誰が救うというんだっ!!」
俺の言葉に女性神官は泣きながらも力強く頷いて治癒を続けた。
魔法が使えるようになった今の俺ならわかる。治療を行っている者たちの治癒魔法のレベルの高さを。全員が信じられないほど高出力の魔力をウルティアに送っている。
しかし、恐ろしい事にそれほどの達人7人が力を込め続けて10分ほどたってもウルティアを死の淵から引き揚げるのが精一杯だった。
「急いでお父様を治療室に運んでっ!! 命は取り留めたけどまだ油断できないわっ!
今から二六時中の管理体制で治療しないと助からないわっ!」
治癒魔法の応急処置が終わり、魔力を使い果たしたウルティアの娘は疲労で霞む瞳のまま叫んだ。彼女の言葉を受けてすぐに数人の者が「はいっ!」と返事をしてタンカを持ってきて、ウルティアを運んでいく。その人達の反応からすると彼らは彼女の配下の者たちなのだろう。神官長の娘である彼女はそれなりに高い地位の神官なのだろうと俺は思った。
「あの人。助かるんだろうか?」
ウルティアの姿を見て美野里が心配そうに俺に聞く。
「信じよう。そして、彼の無事を祈ろう。俺達にはそれしかできない。」
「うん。」
美野里はそう返事して両手を合わせた。
本当、良い奴だなこいつ。
俺が美野里の優しさに感動しているところへ、疲労に息を切らせた神官の娘が近寄って来た。
「御見苦しいところをお見せして申し訳ございません。聖女様。勇者様。
今後の事をお話したいところですが、今は我が父の治療を優先させたいので・・・・」
「ええ。もちろんです。
俺達の話はお父上の容体が落ち着いてからまた後程で十分です。」
俺達は当然、彼女の申し出を受け入れる。ウルティアの娘は深々と頭を下げると配下の者たちに命令する。
「感謝いたします。
衛兵っ! 勇者様と聖女様を客室にご案内しなさいっ!
今晩の食事、風呂、寝床の準備も滞りなく済ませなさい。」
だが、彼女がそう言っても衛兵たちは、怖気づいたかのように恐怖に顔を歪ませて中々、俺達に近づいてこなかった。
その姿を見てウルティアの娘は苛立った声を上げる。
「どうしたっ! 何故動かないのですっ!! 我らの兵士は臆病風に吹かれてしまったのですかっ!?
先ほどの様子を見ていたでしょう? 勇者様は邪神の祝福を受けたとはいえ、我が父を救って下さった!
何を恐れることがあるのですっ! 勇者様は我らの味方ですっ! 失礼なきよう、早くご案内しなさいっ!」
「・・・・はっ・・・ははっ!!」
ウルティアの娘に怒鳴られた衛兵たちは顔を引きつらせながらも俺達の所へ駆け寄った。
「どうぞ・・・・勇者様。お部屋にお連れ致します・・・・」
『お連れします』衛兵はウルティアの娘に命令され嫌々、動いているのが丸わかりだった。顔を引きつらせながらも、俺に対する嫌悪感は拭えないらしい。しかし、さすがに父親を救われたウルティアの娘はその無礼にいち早く感づいた。
「お連れしますですってっ!? 馬鹿者っ!! 何処の世界に目上の人を『連れる』者がいるものですかっ!!
この場にいる全員にウルティアの娘アビゲイルが命じますっ!
我が父の命を救って下さった勇者様に対する無礼は許しませんよっ! 邪な考えを起こしたり行動した者は鞭打ち100回の上に奴隷堕ちの刑に処すっ!!
よいですかっ! 二度とは言いませんよっ!!」
ウルティアの娘・アビゲイルはそう一喝すると、再度俺に「本当にありがとうございました。出来るだけの事はさせていただきますので、部下たちの無礼をどうかご容赦ください。」と言い、衛兵たちがおかしな真似をしないようにと自分の腹心の部下だという二人の美少女を俺達の世話役に付けてくれた。
「こちらの双子の少女はリリアンとヴァイオレット。私が幼いころから躾けた腹心の部下であり巫女です。この二人は決して私の意に反しません。そのように教育してあります。どうぞ、なんなりとお申し付けください。」
リリアンとヴァイオレットという二人の美少女は中学1年生ぐらいの年齢だろうか? それぐらいの年齢に見えるが、着ている衣装があまりに露出が多すぎた。一枚だけ羽織っているシースルーの上着の下は薄い胸と細い腰を隠しているだけの下着姿だった。
そして、この騒動のせいで気が付かなかったが、アビゲイルも中々に派手な・・・・というか、いわゆる痴女衣装である。しかも幼い巫女二人と違ってかなり熟れた大人の女性の体つきをしている・・・・。
俺の男としての本能がくすぐられ、その目線があんまりいやらしかったのだろうか、美野里が俺の腕をつねる。
「見過ぎだよ、ばかっ!」
いや、だって。仕方ないだろうっ! この場合はっ!!