第八話 邪神様
爆音ともなう雷光と共に現れた黒い炎を全身にまとった真っ黒い神は、その炎の熱で床石を焼き溶かしながら微動だにせず、俺の行動を見て驚いたように目を剥いて見つめていた。
アスモデウス。拝火教に伝わる悪神が西に伝わり、やはり邪神として恐れられたその神が地球ではないこの世界にも存在したことは俺にとって大いに驚くべき事だった。しかも地球では醜悪で獣じみた姿形と伝わっていたのに、この世界のアスモデウス神はあまりにも美形だった。
破壊神的性格に相応しい筋骨隆々の姿に似合わぬ知的で端正な顔立ち。鼻は太く高く、眉は男らしく、目元は大きいが破壊神に似合わぬ優しさを感じさせる。その線の細い外形も合わせてみれば、何処かインドのシヴァ神やヴィシュヌ神を思わせる。
これほど容姿が伝承と異なるのならば、地球の神とは名前が偶然一致しているだけなのかもしれない。ただ、その身から溢れ出る邪悪な殺気は紛れもなく厄災神である事に間違いはなかった。
そんな邪神に崇敬の姿勢を示す異世界の存在が余程珍しかったのか、アスモデウス神は、しばらく動かなかった。
そして暫くしてようやく口を開いたかと思うと、
「お前の記憶を見せてもらうぞ。」と言って燃え盛る手で俺の頭を触った。
「あああっ! に、にげて剣一君っ! 燃えちゃうよっ!」
その様子を見た美野里が悲鳴を上げたが、俺もアスモデウス神もそのままだった。
神道に身を置く立場なら神の炎とはいえども受け入れねばならぬ。それで死ぬのなら、それが俺の運命ということであり、神の思し召しなのだとしか俺は思わなかったのだ。
しかし、炎は床石を溶かすほどの高温であるはずなのに俺の体は焼かれることなど一切なく、それどころか心地よさまで感じていた。まさに神の御業なのだろう、と俺はその時、考えていた。
暫くして、アスモデウス神は俺の頭から手を離すと信じられないと言いたげな表情をして、口元に掌を当てながら
「お前が異世界とはつまり、そういう事か・・・・?」と、言った。
そして次に
「随分と殊勝な心がけだが、にわかには信じられない信仰のあり方だな。
それにお前の心には理性がある。俺の眷属を思わせるその邪悪な殺気を感じたからこの場に来たのだが・・・・お前は戦いを欲する邪悪な願望を持ちながらも、慈悲を理解し正義の心を忘れぬ精神を持っている。
・・・・・・お前はなんだ? 何者であろうとする?」と、尋ねた。
俺は答える。
「自分はサムライでありたいと願います。」
アスモデウス神は俺の答えを聞いて「嘘偽り無きいい返事である。」と満足そうに言うと、突然、両手を広げて宣言する。
「宣言するっ!!
鬼谷 剣一。この者に祝福を与えるっ!
以降、このアスモデウスこそがこの者の守護神であり、この者に我が力の一部を与え、魔王を討ち果たす運命を授けようっ!!」
その言葉を聞いたウルティアは「ひいいっ」と、悲鳴を上げた。
「じゃ、邪神が勇者に祝福を与えるだとっ!! やめよ! 邪神め!
撤回せよ! 邪神に勇者様を汚させてたまるかっ!!」
ウルティアは、そう言って印を結ぶと何やら魔法を使おうとした。だが、次の瞬間。全ての時が止まった。誰もが微動だにせぬ世界に俺とアスモデウス神だけが生きていた。
「さて、鬼谷剣一よ。これから話すことは守護神と契約者のみ知り得ること。他言は許さぬ。」
「かしこまりました。」
跪いた俺は明星を仰ぎ見るようにアスモデウス神をみた。俺の返事を確認したアスモデウス神は小さく頷くと説明なされた。
「これより俺はお前に祝福を授ける。それは魔法の無い世界で生きてきたお前が魔法を使えるようにするための『工夫』だ。この工夫はお前の記憶を元に作られた物ゆへ、お前にとって大変なじみ深いものとなろう。
しかし与えるのは『工夫』それだけだ。お前はその工夫を活用して、ひたすら研鑽し新たな魔法、新たな戦闘技術を獲得せよ。さすれば我が母の体から生まれた我が弟にして今世の魔王イルルヤンカシュにも勝つことが出来よう。
しかし、心せよ。弟イルルヤンカシュは神にも等しい存在。弛まぬ努力を、研鑽の日々を過ごせ。」
アスモデウス神はそれだけ言うと、天を見、「そろそろ俺の気配を感じて天使共がやって来る。蹴散らすのは造作もないが、一々相手をするのも面倒だ。このあたりでお暇するか。」と言って、その姿を消し始めた。アスモデウス神の体はまるで陽炎に覆われたかのように揺らぎ、次第に目視できなくなっていく。
俺は、その全てが消える前に叫んだ。
「我が神よ、お待ちをっ!
教えてください。あなたは私のいた異界のアスモデウスと同じ神なのですかっ!?
それとも同じお名前なのはただの偶然なのですかっ!?」
しかし、その答えは教えてもらえることはなく、「それはまだ知る時ではない。」とだけ答え、アスモデウス神は完全に姿を消した。
・・・と、次の瞬間、俺の視界にRPGのステータス画面のような物が映っていた。
そこには、俺の全てが数値化されて示されていた。
生命力、魔力、使用可能な戦闘スキルに魔法。そして、次のランクアップまでの経験値。次のランクになったときに俺がアスモデウス神から授かるスキルや魔法が表示されている。
しかも、そのステータス画面内に書かれた文字は俺の思考と焦点が合えば色が変わる仕組みだった。
しかし、気になるのは、現在、習得している能力の中に神道虎伏妙見流以外に魔法まで存在している事である。
ヒールLV.1 ファイアウォールLV.1 スリープLV.1 ライトニングLV.1
この4つの魔法が書かれているのだが、俺は魔法なんか使えない。
どうしたものかと思っていたが、よく考えてみれば、もしかして表記された文字を思考で選択すれば使えるのだろうか?
などと考えついて、とりあえずファイアウォールを使ってみようと思い至った。
すると俺の思考が早いか魔法の発動が早いかのタイミングで俺の目の間に炎の壁が発生した。
「おおおっ!」
俺は、目の前に現れた炎の壁と生まれて初めて魔法を発動させた感動に思わず声を上げた。
なるほど。俺の記憶を元に作られた『工夫』とは、これのことか・・・・。RPG。確かにゲームというものは俺に親しみやすい。しかも実際に魔法を発動させてみて俺は自分の体に魔力が流れていることと、体に流れている魔力の扱い方を誰に習う事もなく理解できた。
俺がそうやって魔法の使い方を理解した次の瞬間、ウルティアが「あああっ!」と悲鳴を上げながら、両目両耳、そして鼻と口から血を吹き出して倒れた。
止まっていた時間が流れ始めたんだ。恐らくは俺が魔法を習得すると同時に時間が流れ出すようにアスモデウス神が仕組んだのだろうが・・・・同時にウルティアが血を吹いて倒れるとは・・・・
「い、いったい。何が起きたんだ?」
神殿内にいる者たち全員が倒れたウルティアの姿を見て困惑した。
しかし、俺には何が起きたのかわかる。これは呪詛返しだ。