第七話 性、邪悪
「おいっ! どうした?
勝負ありだ。早く手当してやれ!」
ハカが俺に足首を切られ大怪我を負っていることを伝えても周囲の者は微動だにしなかった。
しかもハカは足首を押さえていてもその足首から大量に出血している。このままでは生死に係わりかねない。
死ぬまでやらせる気か? なんて奴らだ!
と、思った時だった。足首を押さえていたハカが何かしら呟いた。と、同時にその足首から光が放たれた。そして、次の瞬間にはハカの出血は止まり何事も無かったようにハカは立ち上がってきた。
ウルティアはハカが立ち上がってきたのを見届けてから俺に事情を説明する。
「驚かせてすみません。あの程度の傷なら魔法でいくらでも治せます。剣一様に分かっていただきたくあえて何も申し上げませんでした。
ですが、その目でご覧になったでしょう。お見事なお手前でしたが、少々の切り傷。ハカは死ぬことなく戦い続けられます。
まだ砂時計は落ちてはおりません。
では、両名。続きを。」
ウルティアに促され、ハカが剣を構える。まだやる気らしい。
否。まだやらせてくれるらしい。俺は、それを知って・・・・自分を抑えられなくなっていた。
「はははははっ! マジかよ。
いくら切っても魔法で治せるってことは、好きなだけ切り刻んでも大丈夫ってことじゃねぇかっ!!
いいぜ、最高じゃねぇかっ! さぁ、お互いの命が果てるまで切って、切って、切り結ぼうぜぇっ!!」
平和な日本に生まれた事を誇りに思っていた。その時代を築いた先人に、そして平和思想ももっともなことだと思っていた。
今までそうやって自分を偽り続けてきた。
本当の俺は、ずっと戦いたかった。
剣。槍。薙刀。手裏剣。弓。
俺がこれまで身につけて来た武術は現代では無用の長物だった。こんな武器は現代では戦争になったところで使い道がない。
だから俺は折角身に着けた技術を試す場がなかった。せいぜい竹刀と防具に身を包んだ剣道くらいしかない。それだって古流剣術の技術のおおよそ8割がルール上禁止されている競技でしかなかった。
実戦で、命を懸けた戦いを・・・・命懸けの狂気の戦いの中で俺の技術を試してみたかった。しかし、そんなものを試せる場など現代の日本にあるはずもなく、精々、身に着けた柔術を喧嘩で使うくらいだった。
それもいい。喧嘩も一つの実戦ではある。喧嘩慣れした奴らや体格に勝る相手や他武道経験者と真剣に喧嘩をするのも楽しくはあった・・・・。
しかし、俺は神道流だ。その本分はやはり剣術であり、それ以外の武器術である。
俺は本当は飢えていた。喧嘩では、この飢えを凌げない。
飢えて、飢えて、飢えて、飢えて・・・・・平和を尊びながらその実、俺はずっと心の奥底で戦を求めていた。戦いたかった。この手で持った剣を一つに敵と切り結び、ヒリヒリするような命のやり取りの中で自分の学んで来た神道虎臥妙見流を試したかったし、磨きたかった。
生きるか死ぬかの実戦の中でこそ、本当の成長も生まれるものだ。
今まで飢えてきたこの思いも今日、この日。この場で報われるのだ。
そう思っただけで体中の毛が逆立つほど俺の体が狂喜しているのがわかった。
途端に体から殺気があふれ出す。その殺気の強さゆえに俺の父親から戦いに飢えた俺の本性を見破られ、ついぞ免許皆伝を許されなかった。「殺気を抑えろ。自分をコントロールしろ」と何度も怒られていた。
しかし、もう隠す必要はないのだ。
この世界は俺の狂気を肯定してくれるのだっ!!
「さぁっ! 殺しあおうぜぇっ!!」
俺がそう言って剣を高々と掲げたとき、周囲の人の目が強張っていることに気が付いた。見覚えがある表情だ。強者の殺気に気圧された、そう言う人たちの目を顔を俺は町の喧嘩の中でも見て来た。
「な、なんて殺気だ・・・・」
「信じられない。なんという邪悪な殺気・・・・」
「狂ってる・・・・。戦いに酔いしれているんだ・・・・」
俺の戦いを見ていた連中は、強張った表情のまま口々にそう溢し、俺を見て恐怖する。そして、その後は決まって何か悪いものでも見たかのように俺を蔑むのだ。
(なんだ・・・・。デカい事を言っておきながら、お前らもそうなのかよ。)
俺は若干の失望を覚えつつも、俺との戦いを望んでいるハカに期待し、上段に構えた剣をそのままに再びツカツカと間合いを詰めた。
だが・・・・
「ま、参った!! 参りましたっ!
勇者様、どうかお慈悲をっ!」
ハカは恐怖の表情のまま剣を手放し、跪いた。
おい、嘘だろ? お前はもっとやらしてくれるんじゃなかったのか?
魔法でいくらでも治せるんじゃなかったのか?
お前は俺を満たしてくれるんじゃなかったのか?
俺の失望が頂点に達した。しかし、相手は降参した。勝負は最早これまでだ。
仕方なく俺は剣を納めて一礼をしようと思った。
が、その瞬間だった。
~ 何と言う邪悪な殺気だ。これが世界を救う勇者だと?~
という呟き声が神殿中に響き渡った。
次の瞬間、「何か」が雷光と爆音と共に俺とハカの間に出現した。
それが現れたその瞬間、俺の体が恐怖と嫌悪に全身の毛が逆立つほどの邪悪な殺気を感じた。
邪悪な殺気。先ほどまで周りにいた人間全員から「邪悪な殺気」と恐れられたはずのこの俺が。この俺がだよ? この俺が恐怖するほどの圧倒的に邪悪な殺気をその「何か」は神殿中に放っていた。
それは真っ黒い。真っ黒い炎を全身にまとった真っ黒い男だった。
「邪神っ!! アスモデウスっ!!」
ウルティアはその真っ黒い男を見た瞬間に恐怖と驚愕に声を引きつらせて叫んだっ!! その狼狽えぶりは見るもの全てに異常事態が起きていることを察知させることができるほどの慌てようだった。
そして、それは俺も同じこと。だが、俺は違う理由でこの異常事態に狼狽えたのだ。
「アスモデウスだとっ!?
ゾロアスター教の悪神アエーシュマの事かっ!?」
俺は恐懼の中にとっさに叫んだ。何故、異世界にゾロアスター教の悪神がいるのか、理解できなかったからだ。
しかし、アスモデウスは俺の驚く姿など気にも留める様子もなく、俺を指差し高らかに笑った。
「はははははっ! なんという邪悪な戦う意思っ!
まるでこの俺の眷族ではないかっ! これが人間の放つ殺気だと? バカげているっ!
気に入ったぞ、異界の少年よっ!」
アスモデウスがそう言うと、ウルティアは悲鳴じみた声で俺に逃げろと言った。
「いけませんっ! 剣一様っ!
そやつはアスモデウス。この世界の邪神ですっ!
性、邪悪。血と殺戮を好み、世界を創造したウルとアアスの闘争の果てに二人の殺意から生まれた神。
ウルとアアスのどちらにも属さず、ただ殺戮を好み両神に逆らい追われる身となった邪神なのです。
そんな邪神の祝福など受けようものなら、世界中の神から剣一様が狙われますっ! どうか、お逃げ下さいっ!!」
俺は、その言葉を聞いてあきれた。それでもこいつは神官なのかと。
「バカな。なんという罰当たりなことを。
邪神と雖も神は神。正しく崇め奉るのが人の務めだ。」
「なっ、何をバカなことをっ! お逃げ下さい、剣一様っ!
そやつは崇める価値などない忌むべき邪神なのですっ!」
ウルティアは必死で抗議したが、俺にその気はない。そも神道に完全悪な邪神という概念はない。厄災為す荒ぶる神も祀れば人を守るものだ。
俺はウルティアの言葉を無視してアスモデウス神の前に跪き礼拝する。
「恐れ多くも畏くも神のご降臨。有難くお礼申し上げいたします。」
アスモデウス神は、そこで初めて驚いたように美しい目を大きく開いて俺を見つめた。