表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/81

第六十二話 エウレカっ! エウレカっ!

 俺達の闇魔法の修業はそれぞれに異なる課題が出された。

 パンは一人山に籠って駆けまわり、星の導きに従って魔法を感じろと指示され、

 ウィリアムは今のままでいいから兎に角、無心にぶっ倒れるまで魔法を発動させろと指示され、

 俺はと言うと精神修養を命じられた。


「剣一様の殺気は恐らくは生まれもっての物。先祖返りによるものか、元々そう言う気質なのかはわかりませんが、その殺気の強さが腐食魔法を単純にしてしまっているのです。

 もっと対象の物質をよく観察してください。結局対象を破壊するわけですが、破壊するために破壊することと、効率よく無駄なくよく考えて破壊するのとでは結果に大きく差が出ます。

 精霊の力はその人の気質に左右されます。壊すことに取りつかれた剣一様の魔力では精霊の力も単純にしか効果を発揮しないのです。

 さぁ、もっと殺気を殺して腐食させることに集中してください。」


 ウルティア師匠は細かな技術を多くを語らない。いや、この世界の魔法の質を考えれば当然だ。

 全ては感性。感覚だけの世界。それがこの世界の魔法。


 言われるがまま、俺は何度も何度も腐食魔法を発動させるが、師匠はその結果を見て「はぁっ」とため息をつくのが関の山。かと言って見本を見せられたら自信喪失になるほど見事だ。こんなことがもう3日も続いている。

 俺の腐食魔法は我が神(アスモデウス)の工夫のおかげで詠唱不要(いらず)で速射性は人類の限界を超えているだろう。だから瞬間的に一つの物体を(えぐ)るように破壊する。


 一方、師匠の魔法は発動こそ遅いものの、その腐食はドロドロとゆっくりすすみ敵の芯まで完全に破壊しつくす。それなのに俺よりも消費魔力が少ないので連発に強い。しかも時間をかけて進行するので治癒魔法も神殿の精鋭が7人かかっても食い止められず結局師匠を失明させてしまった。この魔法は本来、治癒魔法さえ難しいのだ。

 そう言う意味でも単純に敵を破壊するだけの俺の腐食魔法は無駄打ちと言える。


 何が違うというのだ? 否、どうすれば俺は俺の殺気をコントロールできると言うのだ?

 俺は自分が破壊した石像を見て思い悩む。あとで師匠が破壊した石像はもう跡形もなく溶けてしまっていた。

 俺の殺気問題は父親に剣術修行を付けてもらっていた頃からの永遠の課題と言っても構わない部分だ。ウィリアムと出会ってそれも消えたかと思ったが、新たな強敵を見ればその病が復活していた。


 俺は自分の狂気から解き放たれることはないのだろうか・・・・・?


 さすがに行き詰って落ち込んでいると、目が見えないはずの師匠はその空気を察知したのか、


「よろしいですか? 剣一様の闇魔法の一撃は私のそれを遥かに上回る威力です。

 表面上は。

 実際には私の足下にも及びません。それでは腐食魔法とは呼べないのです。この言葉の意味をよくよく考えて魔法を発動してください。

 一つの真理は他の真理にも通じる部分があるのがこの世の理。

 この理を得られればきっと他の系統の魔法も向上するでしょうし、柔軟に他の事に生かせられれば、場合によってはウィリアム様の剣を超えることもできるやもしれませんよ。」


「・・・・ウィリアムにっ・・・・」


 その言葉は俺の闘志に火をつける。

 確かに今、俺はウィリアムに剣術において溝を開けられている。この修行がそれにつながるのなら、やってみせる。


 俺は石像に向かって穴が開くほど見つめながら腐食魔法とは何かをじっと考えた。

 しばらくそうしているとリリアンが「そろそろお食事の時間ですよ」と、声をかけて来た。気が付けば俺は石像を2時間ほど睨みつけたまま立ち尽くしていたようだ。


「剣一様。凄い集中力でした。

 でも、ちゃんと休憩しないと・・・・」


「ああ。そうだね、リリアン。

 おかげで腹ペコだよ。」


 俺は軽口を言ってから食事の前に自室に戻って風呂に入って汗を洗い流す。ここは異世界に来た最初の夜に泊まった部屋だ。

 思えば最初にここで俺って美野里と一緒にふろに入ったんだよなぁ。男同士として。

 なんか今、改めて不思議な感じがするよ。


 あの時は美野里の性別が変わってしまうと知らなかったのに、結構、俺。ドキドキしてたよな。

 今、思い出しても美野里は可愛かったし、男の体にはとても見えなかったんだよなぁ。

 逆に本当は女の魂を持っていた美野里は正気を装っていたけれど内心ドキドキしていたんだろうなぁ。それなのに俺がリリアンとヴァイオレットのどっちがいい? なんて空気読まないことを言うから怒っちまうのも無理はない。

 

 おまけに一緒のベッドに寝て抱き合って泣いた・・・・・。

 あれから家族の事はほとんど思い出さない。俺は美野里を守ると、その為に生きると決めたから。


 そんなことを思い出しながら自室を出て、食堂に行くと師匠とウィリアムとパンは既に席について俺を待っていた。


「遅くなりました。」


 俺が席に着くと食事が始まった。今日はパンと牛っぽい動物の肉がたくさん入ったシチューにサラダ、フルーツにお茶が並べられていた。この世界の宗教は肉食禁止ではないのがいい。俺はパンを手に取って、ふとあることに気が付いてパンに尋ねた。


「これもパンというけど、お前の名前のパンってどういう意味なんだ?」


「同じ意味にゃんっ!! ぼくのお母さんはパンが大好きにゃんっ! だから生まれてくる我が子に大好きなパンってお名前を付けてくれたにゃん。

 それはつまり、ボクがお母さんにとって一番大切な子って意味にゃんっ!!」


 無邪気にも自慢げにパンは答えた。す、すごい回答だ。これはウィリアムも知らないことらしく、ものすごい微妙な顔をしている。

 俺も同じ気持ちだ。だって自分の子供に大福もちと名づけるようなもんだぞ。それ。

 

 だが、リリアンとヴァイオレットはパンがあまりに無邪気に答えるので「きゃ~~~っ!! か、かわいいい~~~っ!!」と、大興奮である。ま、その気持ちもちょっとわかるけどね。


「そ、そうか。いい名前を付けてくれた両親に感謝しないとな。」


「はいにゃんっ!」


 とりあえず当たり障りのないことを言って、その場をまとめてからシチューを口にする。切り方が大きい具だくさんのシチューだが、それにも負けないサイズの肉が好印象だ。肉を口に頬張ると、その柔らかさに驚く。


「リリアン。これはどこの部位だ?

 凄い柔らかいし、プルプルした食感が心地いいよ。」


「ありがとうございます。剣一様がお口にされた部位は恐らくすね肉の部分ですね。カットが四角いのがすね肉で、丸いのが肩の部位です。アキレス腱は円筒型で平べったいのが尻尾です。どれもそのままでは癖がきついのですが、血抜きをしっかりしてからお酒に一晩漬けこみ、半日火にかけてじっくりアク抜きをすればとっても柔らかい良い肉になるんですよ。」


「へぇ! 道理で日本人の俺の舌にあうわけだ。血抜きとあく抜きをしっかりしているのがいいね。

 俺達は血の味が苦手な人種でね。俺や美野里にはこういう肉を出してもらえると助かるよ。

 それに部位によって切り方を変えているのもいいね。火の入り方とか食感を意識してのことかな?」


「はいっ! 動物のお肉は部位によって切り方を変えると随分食感が変わるものなので。縦垂直方向に切ってあるだけではなくて、実は斜めに切ってあったり、横方向に長く切ってあったり工夫しているのです。」


「すごいな。リリアンたちは。仕事の合間、勉強の合間にこんなこともしているんだ。」


「まぁ、神殿の方達も手伝って下さりますので私とヴァイオレットはむしろそのお手伝い程度のことしかしていませんが・・・・・。」


「いやいや、それだって立派だよ。二人ともいいお嫁さんになるよ。」


 そんなことを言いながら部位ごとに切り方を変えるという肉の手間に感謝しつつ口に運ぶ。

 

(物事を上手く処理するというのは何事も合理的でならなくてはならんという事だなぁ・・・・)


 と、思った時。俺はハタと気が付いて「・・・・そうかっ!」と言って勢い良く立ち上がる。

 俺は気が付いてしまったのだ。自分の至らぬところについて。

 

「剣一様。何かお気づきになられたようですが、今はお食事中。お行儀が・・・・・」


 師匠はやんわりと注意したが、俺は『エウレカ』と叫んだアルキメデスの如く師匠の声も耳に入らずに食堂を飛び出して魔法の修業を始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ