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第五十六話 大地と稲妻

『女の子になれて本当によかった。』須加院 美野里は、そう言った。

 それは単純に自分の性別に関することの意味だけではなく、俺の愛を受け止められる。俺に愛される。その両方を満たすことが出来る事への歓びの言葉であることは言うまでもない。


 須加院 美野里は歓喜の涙をポロポロ(こぼ)す。

 そう、美野里は文字通り聖女様になってしまったのだ。


 そして、それは俺に大きな衝撃を与えた。



「つ、つまり・・・・・

 こ、この感触はっ!! ブラの下に入れたパッドではなく、本物の乳房ってことかっ!!」


 腕をあてがわれただけでは満足できない俺の掌は自然と美野里の乳を揉みしだく。

 かなり小ぶりではあるけれどもしっかりとプニプニした柔らかい水風船のような感触っ!! これに抗える男子はなど存在しない。


「きゃああああっ!! ど、堂々とオッパイ揉むなぁッ!!」


 反射的に美野里は悲鳴を上げながら俺を拳でバシバシ殴りながら押しのけようとする。

 しかし、それでももう一つ、俺には確かめなければならないことがある。


「つ、つまり、最近。急にエロくなったケツもハイヒールのおかげだけじゃなくて、ガチでデカくなったってことかっ!!

 おおおおっ!! 本当だっ!! このラインっ!!

 ヤバいくらいでかくて、丸くて、パンパンじゃねぇかっ!!」


 俺が続けて美野里のケツをガシッと掴んで撫でまわすように揉みしだくと、美野里は「大きくないっ!! 女の子に向かって失礼な事言い過ぎだぞっ!! バカ野郎っ!!」と言いながら俺の鼻頭にヘッドバットをしてくる。

 その衝撃にあふれ出す鼻血。


 だが・・・・・それで怯むほど男の性欲は甘くない。一度、動き出したら止まらない永久機関っ!!

 それが男の性欲だということを美野里はわかっていない。


「でも、お前。メチャクチャスケベな体してるぜっ!! プニ乳に細い腰。それに不釣り合いな成熟したサイズのケツっ!!」


「や、やぁああ~~~んっ!!」


 俺にしつこく迫られと美野里は悪い気はしないようで、やがて抵抗をやめ、口だけ「嫌、嫌」というだけになっていく。その声がどこか甘ったるいのは、俺に求められていることを喜んでいる証だ。


 今なら、いける。

 大人の階段上っちゃう~~~っ!?


 そう思って美野里を抱きしめながら優しく押し倒すと、押し倒されたのにもかかわらず朱に染まった美野里の顔は困ったような憂いを帯びつつも、どこか男を誘うような小さな微笑みを湛えている。

 あの時、俺にガーターベルト姿を見せてくれた日のように。


 だが、美野里のその可愛らしい反応に俺の心臓が破裂しそうなほど昂った時だった。


「さっきまで瀕死だった奴が何やってんだっ、バカ野郎っ!!」


 部屋に戻って来たウィリアムが俺の頬っぺたにマジビンタをしながら、吠えた。


「・・・・おお。ウィリアムか。

 聞いてくれよ、美野里の乳。マジですっごい気持ちいいんだっ!

 すげえよっ! 女体っ!!」

 

「うるさいっ!! 一々、説明すんなっ聞きたくないっ!!

 それよりも二人とも戦争中だってことを忘れるなっ!!」


 はーはー、言って怒るウィリアムのいう事はもっともだった。いや、俺達が非常識だった。・・・・もとい、俺だけが非常識過ぎたわけだが。

 今は確かに戦闘継続中だ。生き返った歓びと美野里の女体化に感激は、あくまで個人的な都合であり、非常事態下ではこれに浸れる余裕なんかないのだ。


「スマンっ! それで戦況はどうなった?」


 俺がウィリアムに頭を下げると、遅れて部屋に戻って来たシンディー先生が睨むように俺を見ながら説明してくれた。


「剣一様。今は城壁の兵士たちの懸命な防衛の結果、敵の玉砕戦は失敗に終わりました。

 敵は全滅です。」


 俺は最初、シンディー先生が俺の痴態に怒っておられるのだと思った。

 だが、そうではなかった。

 シンディー先生は続けて俺の顔を指差しながら、こう言ったのだ。


「それより剣一様。

 その額の角は・・・・・一体?

 一体、何が起きたのですか?」


「は? 額の角?」


 激昂するウィリアムや、俺にほだされていた美野里は気が付かなかったようだが、シンディー先生に指摘されて初めて気が付いた。

 俺の額の両サイドから二本の角が生えていたのだった。


「わぁ、剣一君。見てごらん。

 龍みたいな角が生えているよっ!!」


 美野里が驚きの声を上げてから、胸の内ポケットから手鏡を出して俺に見せてくれた。


「本当だ・・・・。鬼の角って言うよりもこの形状は龍の角だ。」


 俺は驚きながらも、我が神(アスモデウス)の言葉を思い出していたが、鬼神の血を引く俺の頭に龍の角が生えていることを不思議に思った。

 しかし、鬼に角が生えているイメージが確立したのは13世紀以降のことでそれ以前の鬼の絵には角が生えていないことさえ多い。だから、鬼と角は必ずしも結びつくものではないことは明らかだ。


 俺は自分の姓の由来について、今一度、思い出してみる。

 鬼谷(きずみ)。それは鬼の住む谷の意。

 谷は龍神や大蛇(おろち)の支配領域であり、またそこを縄張りにする牛鬼と呼ばれる鬼も一応は存在する。


「つまり・・・鬼谷一族とは水神系の鬼の末裔ってことか?」


 ぼそりと、そう呟いてから俺は自分の魔法の属性が「雷」と「闇」であることを思い出す。

 雷とはすなわち「神鳴り」のこと。水神の神威の一つである恵みの雨を連れてくる雷は、それ故に「稲妻(いなづま)」という。雨は稲の発育を助ける存在であり、大地に落ちる雷とは地母神を孕ませ豊作をもたらす存在としてもてはやされた。

 ならば、水神系の鬼である俺の神威が雷であることも闇であることも説明がつく。暗雲立ち込めるイメージは闇そのものだからだ。


 そして、それをトリガーにもう一つのことに気が付いた。

 俺と美野里がこの世界に同時に召喚されたことが偶然ではないという事を我が神が仰っておられたからだ。


「美野里・・・・それは野里(のざと)に美しい実りをもたらす者・・・・・

 ・・・・・・お前は・・・・・・地母神系の末裔だったのか・・・・」


「・・・? ねぇ、剣一君。大丈夫かい?

 さっきから、何一人でブツブツ言ってんのさ? 目も虚ろだし・・・・・。そ、それにその角。

 剣一君が考え込みだしてから、どんどん(しぼ)んで行ってるよ? 大丈夫なの?」


 一人で考え込む俺を心配して美野里が声をかけてくる。

 どうやら俺が考え込んでいる間に俺の角は萎んで額の中に納まっていったらしい。鹿のように立派だった角は今や親指ほどの長さのそれがニョキっとはみ出しているに過ぎない。


 だが、そんな角の変化など気にしている場合ではなかった。俺はとんでもないことに気が付いてしまったからだ。


「いや・・・・そうでなければ説明できない。聖女とはその世界を霊的に支えるほどの存在。

 その聖女の中にあって、規格外の魔力を持つ美野里がただの女であるはずがない。

 ・・・・となると我が神がシャウシュカ様を訪ねよと仰ったのは・・・つまりっ!!」


 確信を得た俺はベッドから起き上がると、その感動を抑えきれずに美野里を抱き寄せて、熱いキスをした。


「やっ! ま、まって・・・・剣一君・・・・み、皆が見てるよぉ~~~

 あっ・・・・んんっ・・・だめだったらぁ~~~」


 抵抗すると見せながら、甘ったれた声を上げてキスを受け入れる美野里。

 俺はキスを終えると美野里にツッコミを入れる。


「いやいや言いながら喜んでるじゃねぇかっ・・・・。」


「もう、ばかぁっ・・・。」


 俺がキスを終えるとウィリアムは驚きながら言う。


「お、おい。剣一・・・・お前、また角が生えてきているぞ。

 どうなってんだ。それは・・・・」


 やはりそうか・・・・。俺が水神系の鬼ならば、美野里は大地に実りをもたらす地母神。

 稲妻と大地。

 この角は俺の精神の高ぶりに合わせて大きくなっているのだ。

 憶測が確信となった今、俺はその場にいる者たちに告げた。


「今、わかった。

 俺と美野里は異世界の雷神と地母神の末裔。

 この世界を雷で焼き払い、大地を浄化し、実りをもたらす者たち。

 この角はその証左の一つである。」

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