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第五十四話 告白

 狂気に駆られた攻撃は滅茶苦茶で、それ故に予想がつきにくい。

 だが、100年に一人の天才と歌われる天才剣士ウィリアムの目の前では単純な攻撃に過ぎない。激しい攻撃もヒョイヒョイと紙一重にかわすと、敵の間隙(かんげき)()うようにカウンターの切り技を重ねて鬼を切り刻んでいく。


「参ったな。化け物か、お前は・・・・。」


 まさに蝶のように舞い蜂のように刺す戦闘スタイルだった。

 剣術においてはそれなりに自負がある俺だが、完全に溝を開けられた感があった。


 たった一度の死線を乗り越えただけでウィリアムはその才能を爆発的に開花させたのだ。

 もはや鬼などウィリアムの敵ではない。いや、死神の様に敵を切り裂き、返り血を浴びて真っ赤に染まった姿。どちらが鬼か怪しいほどだ。


 俺はライバルの急成長に苦笑いを浮かべながらも襲い掛かる敵から注意を抜かずにいた。

 否。注意を抜けるわけがない。ウィリアムと違って鬼の狙いは完全に俺だ。残った3匹の鬼は俺にだけ向かって突撃してきていた。

 3体1。化け物どもによる三方向からの同時攻撃。さすがの俺も簡単にはいかない。

 一匹の鬼の攻撃をかわし切って動くことは、他の2匹の攻撃に対して無駄な動きになってしまうからだ。


 俺は大きく後ずさりしつつ、敵の攻撃を誘い出し反撃を入れるのだが、下がりつつの攻撃では一撃で敵を戦闘不能にするほどの手傷を負わせることは不可能だ。やがて、追い詰められた俺の体に鬼の棍棒が擦る様に当たる回数が増えて来た。


「くそっ!」


 焦る俺にウィリアムが加勢に追い来る。


「まってろっ!! すぐに行くっ!!」

「待てるか、バカ野郎っ!! 今すぐ助けろっ!」


 後退に次ぐ後退で、俺の精神と体力は削られていく。

 そうして、集中力が途切れた瞬間だった。ついに避けきれなくなった鬼の棍棒を剣で受け止めてしまった。


「ぐわっ!!」


 俺の体は剣ごと跳ね飛ばされて建物のドアにぶつかり、そのまま部屋の中に放り込まれてしまう。


(マズいっ! 今の一撃で内臓が躍っている。)

 

 俺は血の混じった胃液を吐瀉(としゃ)しながら、苦しみ悶えつつ、必死で身を起こす。 

 外ではなく、こんな室内では後退しながら反撃することは、不可能だ。

 かつ、俺の体力が回復する前に化物たちは部屋の中になだれ込んできた。


「ち、ちくしょう。」


 震える体をどうにか立たせて長剣を構えるが、その剣は今の一撃でグニャリと曲がってしまっていた。

 しかたなく、俺は小太刀も抜き取り二刀流に構えた。

 それとほぼ同時に狂ったように襲い掛かって来る鬼たちは今が勝負時だとわかっているのか、俺に付けられた切り傷も兵士たちに受けた矢傷も気にせず、最後の力を振り絞るような猛攻を仕掛けてくる。


「ふっ!」

 

 と息を吐きながら、俺は曲がった長剣を敵に投げ打つが、鬼はその剣に見向きもせずに刺さったまま突撃してくる。

 最初の一撃は風の魔法で作り出した壁で防いだが、続く二撃目でその壁は砕かれてしまう。そして、三撃目は小太刀で切り落とすも、4撃目はかわすことが出来なかった。かろうじて防御するために構えた小太刀の上から攻撃され再び跳ね飛ばされてしまう。


 俺が壁にぶつけられた衝撃で部屋中の(ほこり)が舞い、窓の外から差す光に照らされてその姿を見せる。


「!!」


 俺は、そこで一つのことに気が付いた。なんだ、そんな方法があるじゃないかと。

 ニヤリと笑う俺を見た鬼たちは、一瞬、動きを止めたが、すぐに狂気に満ちた目で襲い掛かって来た。

 俺はその見開かれた目を見つめながら勝利を確信する。


「ライトニングっ!!」


 勝利を確信した俺がそう叫ぶと目の前に閃光が走り敵の目を焼く。

 日差し舞う外の環境から室内の暗がりに入っただけでも目が変化に追いつかずに(くら)むというのに、暗がりに慣れようとする瞳が強烈な光を浴びせかけられたらどうなるか、説明するまでもないことだ。


「がああああああっ!」


 網膜を完全に焼き切られた鬼たちは俺を見失って、慌てふためき見境ない攻撃を繰り出すが、そんなものはいくら満身創痍の俺であっても食らうわけがない。それどころか、巨体の化け物が室内で暴れれば、同士討ちになるのは目に見えている。

 鬼たちは狂ったように棍棒を振るい、互いを傷つけあいながらも俺を探して暴れ続ける。


「全く、凄まじい執念だよ。お前ら、一人の戦士として尊敬するぜ。全くよ。」


 俺は彼らに敬意を表しながら、ファイアーボールとサンダーボルトの魔法を絶え間なく繰り出し、鬼たちの体を焼き尽くすまで続けた。

 部屋中に肉の焦げた匂いと煙が立ち込めた頃、ようやく全ての鬼の命が終わった。


「化け物か、お前は・・・・」


 魔法の乱発で巻き添えを食らう事を恐れたウィリアムは戦闘終了後にようやく部屋に入って来た。


「おせぇよ。バカ野郎・・・・」


 俺はそういうと血反吐をはいて倒れた。

 戦闘中の緊迫感から解放された途端に目の前がグルグル回って、体のどこが痛いのかわからないくらいのダメージが急に襲ってきた。


「剣一っ!! 剣一っ!!

 しっかりしろっ! 意識を強く持つんだぞっ!」


 ウィリアムは俺の名を呼びながら、俺を背中に背負って治癒室に運ぶ。


「へっ・・・さ、さっきと逆になっちまったな。」


「ぬかせっ! それよりも美野里様にすっごいご褒美をもらうんだろっ!?

 気をしっかり持ちつづけてろっ!

 死ぬんじゃないぞっ!!」


 ウィリアムは不吉なことを言うが、どうやらそれは大げさな話じゃないらしい。

 さっきから右手の感覚がない。

 戦闘後で燃え上がるようになっていないといけないはずの体が妙に寒い。

 目に映る景色もどこか虚ろだ。

 稽古で酷いパンチを貰ってキツい脳震盪(しんとう)を起こして昏倒(こんとう)した時でもこんなことになったことはない。


 ああ・・・・。俺は本当に死ぬかもしれない。


 俺は死を身近に感じていた。

 なのに朦朧(もうろう)とする意識は、その事を少しも恐れてはいなかった。

 治癒室に運ばれて、美野里の顔を見るまでは・・・・。


「きゃああああっ!! 剣一君っ!! 剣一君っ!!

 やだ、やだああああ~~~~っ!!」

 

 瀕死の俺を見た美野里が悲鳴を上げている。その姿を見た瞬間、俺は死にたくないと思った。


「み、美野里。死にたくねぇよ。

 お前と離れ離れになっちまうなんて・・・・そ、そんなの嫌だ・・・・。死にたくねぇよ。」


 情けないことに涙がこぼれて来た。情けないうめき声を上げて美野里の名を呼んだ。

 珍しく狼狽えたシンディー先生が治癒魔法を俺にかけながら「すぐにアビゲイルや治癒班の精鋭を呼び戻してっ!! 内臓がズタズタにされているのっ! 私一人じゃどうにもならないわっ!!」という悲鳴じみた声がどこか他人事のように聞こえているのだが、美野里の声だけはハッキリと耳に届く。


「死ぬなっ! 剣一っ!

 俺と一緒に強くなってくれるって約束したじゃないかっ! いいか、諦めるなよっ!

 必ず助けが間に合うっ!!」


 ウィリアムが泣きながら俺の名を呼んでくれている。ああ・・・・。お前もいたよな。

 俺を開放してくれた生涯の(ライバル)。死ぬもんかよ。お前に負けたまま俺は死なない。

 そう強く思っていても、シンディー先生の治癒魔法の効果が一向に発揮されない状況に絶望を感じざるを得ない。


 そうなった時。俺は何よりも美野里と離れることを恐れていた。 

 美野里を守るために死ぬ覚悟はできていたつもりだったのに、俺は美野里から消えることが何よりも怖かったんだ。


 どうして俺は侍のように生きたいと思っていたのに、死に臨んでこんなに怯えているんだ?

 どうして・・・・?


 答えは一つだった。今はの際になって俺は自分の気持ちを自覚する。それを口にするまでは、俺は死ねない。


「美野里・・・なぁ、美野里。

 聞いてくれよ。

 笑わないで聞いてくれよ。」


 美野里は俺の右手を掴んで「聞いてるよ、剣一君。なに? 何でも言ってっ!!」と言ってくれた。


「聞いてくれよ。

 まったく、馬鹿馬鹿しい話なんだけどよ。」


「うん。なに?」



「俺はお前のことが好きだ。

 俺は男だろうとお前のことを惚れちまったらしい。

 イカレているだろう? でも、本心なんだ。

 どうか、気持ち悪がったりしないで、俺の気持ちを聞いてくれ・・・・聞いてくれよ、美野里。」


 俺はとうとう告白した。

 ずっと自分を偽っていた。もしかしたら地球にいたときから、俺はコイツの可愛さにやられていたのかもしれない。でも認めたくなくて、俺は美野里を避けて、考えないようにしていた。

 なのに、勝手なもんだ。死を間際に俺は、自分の気持ちに気が付いた気になったんだ・・・・・。

 本当はずっと、大好きだったのにな・・・・。

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