第五十二話 大攻勢
城外の魔物たちは川を利用した堀に飛び込み特攻を仕掛けてきた。
鎧を身にまとった彼らの身体は水に沈み溺れる。
それでもなりふり構わず魔物たちは次から次へと川に飛び込み、先に飛び込んで溺れた者を踏み台にして次から次へとなだれ込んでくる。
そんな事をしても川に流される者はかなりの数になるというのに、一切の迷いが感じられない。全ての魔物は、鬼王のような強い意思を持って突撃してくるのだった。
その様子を城壁に駆けつけたウェストン侯爵は一目見て、叫んだ。
「これは敵の玉砕戦であるっ!!
総員、城壁を死守せよっ!
敵の目的は恐らく勇者だっ! あの鬼王の断末魔の雄叫びは敵に勇者が来たことを知らせるものだっ!
いいかっ! 一切の油断はするなっ! 全ての敵があの鬼王と同じ狂気を持っていると思えっ!
命令を待たなくても良いっ! 総員直ちに敵が死に絶えるまで弓を引き続けろっ! 石を投げ続けろっ! 魔法を撃ち続けろっ!
絶え間なく攻撃し続けろっ! 一匹でも場内に入ってきたら何をされるか分からんぞっ!!」
ウェストン侯爵の声は鬼気迫るもので兵士全員が今、とんでもない事が起きていることを悟った。
「誰か、俺の弓を持ってこいっ!
それから、そこのお前っ! 弓の腕は確かかっ!?」
ウェストン侯爵は背中に弓を背負ったオースティンを指差し指名する。
ヘンリー師範が即答する。
「彼は幼少期から狩りに出て、弓の腕前は十人前っ!
頼りになりますっ!」
「よしっ、私とともに東壁に来いっ! あそこは先の戦闘で手薄だっ! しっかり働けっ! いいなっ!
旅のもので他の者はジョーンズっ! お前が指揮しろっ! 猫の手でも借りたい時だ。しっかり頼むぞっ!」
と、ウェストン侯爵は口にしてから、パンの頭を撫でつつ「スマン」と言ってから駆け出した。その背中に向かってパンは敬礼しながら「うにゃーっ!! うにゃにゃにゃーっ!」と吠えた。
何言っているか分からんが、どうやら気合い充分らしい。
「よしっ、敵が多い中央部を応援するぞっ!
パンっ、君は誰よりも俊足だ。城壁を駆け下りて、そのまま真っ直ぐ端へ向かった先にある宿舎に移動している私の部下を連れて来いっ!
それから剣一様。ウィリアム君を背負って宿舎に向かってください。そしてシンディーとアビゲイルを治癒班と合流させてください。あの二人の魔法が必要になります。」
その命令を受けてすぐにパンは駆け出していく。だが、不満を覚えた俺は、命令に不服を唱える。
「何で俺も下がらされるんですかっ! 俺もここに残って皆と戦いますっ!」
すると直ぐにジョーンズ大佐のビンタが飛んで来た。
「貴方の居場所が敵にバレたら敵がそこに集中してしまい味方が危険に晒されるんです。
ここは軍隊で戦場なんです! 命令に従えないクズは要らないっ!
わかりましたかっ!?」
その一喝で、のぼせ上がっていた俺は目が覚めた。敬礼して「了解っ!」と返事すると城壁の階段を駆け下りて広場で横たわるウィリアムを背中に背負って宿舎に向かう。
宿舎までウィリアムを背負って走っていると、もう宿舎から引き返してくるパンの姿が見えた。
「流石、猫科だ。とんでもない俊足だ。」
俺は呆れたように言いながらも、パンの行動を頼もしく思った。人一倍臆病だが、決して味方を見捨てて敵前逃亡するような卑怯な真似はしない。臆病でも彼は勇敢なのだ。そのように成長したのだ。
俺は友の成長に感動しながら、宿舎に入っていく。すると先にパンから報告を受けたアビゲイル先生は既に治癒班と合流に向かったとのこと。
俺はウィリアムを入り口近くのソファーに寝かすと、今度はシンディー先生を背負ってアビゲイル先生の後を追う。巨漢のウィリアムと違って細身のシンディー先生は羽のように軽く、俺はあっという間にアビゲイル先生に追いついた。
すると、そこには美野里も一緒にいた。
「美野里っ!」
俺が思わず叫ぶと美野里は無傷の俺を見て安心したように笑ってから「ボクも行く。魔法は使えないけど止血や傷口を洗い流すとかの御手伝いくらいはできるからね。」と言うのだった。
全く、戦場にいると言うのに勇敢なことだ。いや、やはりこの子は優しいんだ。傷ついた人がいるのに、自分一人隠れていることなんかできないんだ。
「わかった。俺も手伝うよ。」
そう言って治癒班が控える治療室に入ると、既に首に矢傷を負った兵士が一人、治療を受けていた。矢を抜きながら治癒を行うのは危険だ。一歩間違えば鏃で動脈を切って死にかねない。
しかし、兵士は治癒を受けながらも俺に戦況を報告してきた。
「ああ。勇者様っ!
敵の猛攻凄まじく。さらに今は、攻撃を中央に集中させて壁をよじ登りながらでも弓を打ってきます。未だほとんど流れ矢みたいなものですが、この攻勢が続けばどうなるかわかりません。
奴ら後退の可能性はなく一心不乱に突撃してきます。どうぞ、ご油断なくっ!」
「わかった。もういいから治癒に集中してくれ!
死ぬぞ。」
俺がそう言った瞬間だった。兵士は突然、口から血反吐を吐いて体をビクビクッと揺らした。その衝撃で鏃が体内の動脈を切り、やがて死んでしまった。
「・・・・クソッ! 新種の毒だっ!
クソッっ、クソォーーーッ!」
治癒班の兵士は悔しそうに叫ぶと、部下数名を引き連れて城壁に向かった。新種の毒の治癒は対策が完成していないから時間との勝負らしい。言われるまでもなくアビゲイル先生もそれについて行く。
残された俺達で毒以外の治療を行わなければならない。こうなるとシンディー先生がここでは一番位の高い人間となり指示を出すことになる。歴戦の勇士であるシンディー先生は今の状況に慌てることなく指示を出す。
「総員、聞きなさい。慌てることなく呼吸法を整えなさい。私達がするべきことは治癒です。
いつ重傷者が出ても即時に治せるように魔力を蓄えておきなさい。ここからは時間と精神力の勝負です。」
半身を失い、痩せた小さな体だったが、その眼には威厳があり兵士たちにとって頼もしい存在として目に映っていた。
それから暫くの間、とくに動きが無かったが、やがてパンが慌てて駆け込んできた。
「城壁にへばりついた敵の一部が高い場所にまで上がってきているにゃん!!
もう仲間も何人もやられて、上で対処できない兵士をこっちに送るとアビゲイル様がっ!!」
パンは伝令役だった。その俊足にはうってつけの仕事だった。だが、俺はパンの伝令を聞いて「くそっ」と、言わずにはおれなかった。皆が戦っている時に自分が何もできないなんて、歯がゆくて仕方なかった。
しかし、そんな俺に美野里は言う。
「戦いに行きたいんだね? 駄目だよ。君がいけば戦場がより混乱するって言われたんだろう?
だったら、剣一君はここでボクと一緒にいないとダメだ。」
正論だった。そして、そんな美野里の言い分に賛成する声が聞こえた。
「美野里様の言う通りだ。剣一、自分のなすべきことをしろ。もうすぐ重傷者が押しかけてくるんだろう?
だったら、助けるのも立派な仕事だ。やり遂げろ。」
「ウィリアムっ!! 目が覚めたのかっ!?」
一声聞いてそれがウィリアムだとわかった俺は慌ててウィリアムの所へと詰め寄り、傷の具合を見た。
「おい、だ、大丈夫かっ!? どこか痛いところはないか?」
「あっ!? こ、こら。顔が近すぎるっ!! 体をまさぐるなっ! ど、どこも痛くないからっ!
こ、こら~~~っ!!」
事故などを起こした後は気が動転して痛みを感じないなんてことはよくある。俺はウィリアムの傷の治りを確かめるために全身をさすって確かめるのだが、ウィリアムは顔を真っ赤にして怒るのだった。
「・・・はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・
ま、全く・・・・・・油断も好きもない。」
息を荒げて怒るウィリアムに俺は「ご、ごめん。いや、無事でよかった。」といってその体を抱きしめてやると、ウィリアムの体はすーっと力が抜け落ち、「全く、お前って奴はぁ・・・・・」と小言を言いながらも怒りを鎮めるのだった。




