第五話 共に生きている
「・・・・40年で128人を召喚した?
つまり今まで127人も魔王に敵わず殺されたっていうのか?」
俺の問いかけにウルティアは黙って頷いた。
「この大地は地母神アアス様のお体。そのアアス様のお体に住まわせていただいている我ら人類は、決してアアス様をお恨みいたしません。
そして魔王様は、そのアアス様から直接お生まれになられた神に等しいお方。敵対しているとは言え、我ら人類と魔王様とは霊的な階位が大きく異なります。
それが魔王様。
我らでは刃が立たぬので異世界から勇者様を呼び寄せるのですが、何分、魔王様は神に等しいお方。そう易易と倒せるはずもなく。返り討ちにあう。もしくはそれどころか魔王様の配下の者にさへ敗れて・・・・・」
ウルティアは心苦しそうに言った。
魔王はそう簡単に倒せない。それはそうだろう。魔王なんだから。
しかし・・・・
「じゃあ、勇者ってなんなんだ? 勝てない奴らを何の意味があって何人も呼ぶ出すんだ?
俺達の世界じゃあ、勇者ってのは魔王を倒す運命にある英雄の事だ。
そんなに勝ち目のない勇者って意味あるのか?
なんていうかさ! ほら、神の恩恵を受けて凄い力をばぁ~と使って倒したり、魔王を倒すことが約束されている聖剣の力で倒したりさぁ・・・」
俺の言葉にウルティアは、少しうんざりした表情を見せた。しかし、それには理由があった。
「ここに来られた勇者様は皆、口々にそう仰る。
実はその通りで勇者様は神の恩恵を受け事が可能です。」
「おおっ! あるんだ! 神の祝福っ!!」
それだよ、それこそファンタジー世界でしょ!と、俺が喜ぶ姿を見たウルティアが「待て」とばかりに右掌を見せて俺を制止する。
「確かに勇者様は神の祝福を得る事が出来ます。しかし、それは確実ではないのです。
真に勇者様として相応しい人だけに神は祝福を下さいます。」
「ちょっと待て。つ、つまり。勇者に相応しくないと神々に思われたら、例え勇者として異世界から召喚された者でも祝福されないって事?」
俺の問い返しをウルティアは肯定した。
「そうです。神の祝福を受けられない勇者様は過去に大勢おられました。そのような状態で魔王様との戦いに加わったところで・・・・・・神々の祝福を受けられなかった方々が召喚後にどうなったかは剣一様が召喚されている現状が答えになります。
問題はそれだけではございません。無数におられまする神々の中に祝福や恩恵を授ける神は決まってはおらず、優先権もありません。ただ、最初に勇者様を認めた神だけが祝福を与える権利があります。ですから、中には魔王様ほど強くない神が勇者様を気に入り、他の神々より先に祝福を与えてしてしまう場合があります。
さらに運良く強い神の祝福を受けたとしても、その授かった奇跡の能力を使いこなすには修練が必要です。
こういった事情があり、多くの勇者様が道半ばにして亡くなってしまわれたのです。」
俺は言葉を失った。俺の知っている勇者とはあまりにも違ったからだ。
アニメやゲームの勇者は死んだりしない。どんな苦境になっても必ず勝利し、魔王を打ち倒す運命に合う者の事だ。
しかし、そう思い至ってすぐに俺は自分の考えている事の矛盾に気が付いた。
これはアニメやゲームじゃなくて現実なんだと。
いくら異世界転移のような非現実的なことが目の前に起きているからと言って現実なんだと。
俺も美野里もこの空想じみた世界に来て、実際に生きている。だから全てが無常なのだ。いや、無常でなければいけないのだ。人が生きているとはそういう事なのだから。
俺が無常、リアル、現実などと言われているものに絶望している時、その無常の中にある非常に美野里は気が付いていた。いや。本来ならば、俺は最初にそこに気が付くべきだった。だが、自分が簡単に死んでしまう「勇者」だと聞かされたショックで気が付けなかったのだ。
美野里は言う。
「随分、他人事のように言うじゃありませんか。」
随分、他人事のように言うじゃありませんか。全く、その通りだった。こいつらは自分勝手に他人を異世界から呼び寄せて魔王と戦わせて死なせて・・・・それを慣習的にとらえて反省していない。そう感じた。
「随分と他人事なんだよ。異世界から多くの人を無理やり戦わせて、死なせて。それでいてまた懲りもせずに他人を異世界から呼び寄せて戦わせるというのか?
強い神の祝福なしでは勝てないとわかっていながら、そんなことを127回も繰り返して、あなた方は、それでも人間のつもりなのかい? 動物だってもっと同族には優しいものだよ。
おまけにボクは男なのに聖女様扱いされ、剣一君は、簡単に死んじゃう勇者様?
あなた達は、一体全体、どういうつもりでボク達がそんな訳のわからないシステムに従うって思ったんだい?
悪いがボク達には生きる権利がある。あなた達の戦争ゲームに従うつもりはないよ。」
美野里は意外と気が強いらしい。言うだけ言うと俺の手を繋いで外に出ようとする。
だが、その手が震えているのは俺の気のせいではない。こいつは確かに怯えているのに俺のために戦っているのだ。臆病だけど、気持ちが強い。気が強いのだ。
だが、歩き去ろうとする俺達をウルティアは、両手を広げて制止する。
「これはお遊戯やお伽噺では御座いません。
あなた方が望もうが否かは問題なく、向こうが我々を殺しに来るのです。この世界に生きとし生ける者、全ての者が戦わなければ生き残れない。
今はまだ、前の勇者様が善戦してくださったおかげで人間の生きていける領域が取り返せて、それで我々が生きていく土地が残されています。
ですが、戦わなければ。戦う力がなければ敵は大手を振ってやって来て我々を蹂躙し殺すのです。世界を魔物が生きていく世界に変えてしまう。
必要なのです。あなた方がっ!! 否。勇者がここにいる事実がっ!
そして、あなた方も異世界から来たとはいえ、もはや否が応も無く、戦わなければ生きてはいけないのです。それが、この世界の現実なのです!」
ウルティアは、そこまで言うと自分の衣服を脱ぎ始めた。
その脈絡もない行動に美野里は「な。何をする気?」と言って怯えた。
が、次の瞬間。ウルティアのその50歳前後の枯れた体に付けられた無数の烙印を見て、息を呑んだ。
ウルティアの体に付けられた烙印は見たこともない文字だった。だが、俺達はそれが不思議と自然に読めた。
アレクサンドル・イワノフ。エイドリアン・ウィルソン。エーリッヒ・ミュラー。ゴンザーロ・ガルシア。リー・ユーシュエン・・・・。
あまりにも多くの名前がその体に刻まれていた。
「他人事では御座いません。・・・・断じて他人事などでは御座いませんっ!
我々は彼らと共に戦い、彼らは我々の同士だっ!
この体にはこれまで私が呼び出し、死んだ者達の名が刻まれています。
先代の父と私の体には私達が呼び出した勇者の名前127人分が刻まれている。
我らが死ぬとき、彼らの名前も共に神のもとに召される。我らは勇者と共に生きているっ!
決して他人事などではないのだっ!!」
ウルティアは涙を流して訴えた。それは魂の叫びだった・・・・。