第四十七話 にゃん、にゃあああああ~~~っ!!
翌朝、俺が目を覚ますとウィリアムはもうベッドから起き出して自分の部屋に帰っていた。
まぁ、他人に見られたいものでも無いだろうから、当然と言えば当然の事だ。
俺もベッドから起き上がると大きく背伸びをして、それから顔を叩いて気合を入れる。
(今からあのウィリアムが恐れたほどの魔物との戦いだ。気合を入れなくてはっ!!)
そう気合を入れた俺だったが、出発前の時間になったときに宣言通りに男子寮に来た美野里の姿に唖然とする。遠足にでも行くかのような大量の荷物をアビゲイル先生と付き添いの女生徒に手伝ってもらいながら運んできたのだ。
「おはようございます。不肖アビゲイルも護衛として、この度の遠征中、美野里様のお供することにしました。
お荷物の量なら気になさらないで下さい。女には殿方にはない準備が必要なのです。」
「はぁ。」
鉄面皮のジョーンズ大佐もその様子には流石に呆れたようにため息をついた。
何故なら昨日、ジョーンズ大佐が「お荷物を連れて行かないといけなくなった」と称した人物の手荷物は2人の量に比べてあまりにも少なかったので、説得力を感じなかったわけである。
そのお荷物とはシンディー・プレストン先生。手荷物はバッグ一つ分と言う少なさであった。
ジョーンズ大佐とシンディー先生とは旧知の仲。ハッキリ言って戦友で、シンディー先生が半身を失った時にジョーンズ大佐もその戦場にいたらしい。
シンディー先生は俺達の引率兼護衛としてジョーンズ大佐が任されたと知った時に自分も一緒に行きたいとゴリ押しして今日、やってきたというのだ。
ジョーンズ大佐にゴリ押しできるとは、シンディー先生も中々肝が据わっている。と、俺は思ったのだが、美野里の意見は違った。ジョーンズ大佐とシンディー先生が会話する様子を見て何かに気が付いたらしく、俺のそばに来て耳打ちする。
「・・・・ねぇ、剣一君。これはのっぴきならない事だよ。」
「あ? 何がだよ?」
美野里の言葉の真意が分からず、要領を得ない返事をする俺に向かって美野里はいたずらっ子のような笑みを浮かべてから、楽しそうに話しだす。
「二人が話し合う様子を見て気が付かないのかい? 鉄面皮二人の男女の仲としてはいささか近すぎるだろう?
特にジョーンズ大佐のシンディー先生を見つめる優しい目つき。あれはシンディー先生がついてくることをゴリ押しされて不承で納得した男の人の目じゃないよ。
きっと、二人はまだ形にこそなっていないけれども恋仲なろうとしている二人なのさ。ボクの予想だけど。」
「・・・・・はぁ? あ、あの鉄面皮二人が恋仲ぁ?」
あまりに突拍子もないことを言うので俺が思わず素っ頓狂な声を上げると、ジョーンズ大佐とシンディー先生は急に顔を真っ赤にして、そっぽを向き合ってしまった。
・・・・どうやら美野里の予想は当たっているかもしれない。
「・・・・・お前、スゲェな。
なんでわかった?」
俺がそう尋ねると、美野里は右手人差し指をくるくる回しながら、言葉を探している様子を見せてから答えた。
「・・・・ん~? ・・・・・女の勘ってやつかなぁ~・・・・?」
「何言ってんだ、お前・・・・。」
いや。女の勘って・・・・・・・。ん? いや、そうか。こいつは一応、聖女様だったな。男だけれど・・・・。
しかし、美野里の勘は思いの外、鋭く2人の関係を言い当てているのは事実だ。全く油断ならない奴だよ、こいつは。
となると当然、美野里の勘に頼って2人の今後について障害と成り得る事について尋ねてみた。
「それじゃ聞くけど聖女様。シンディー先生は『女としての人生を捨てた』と公言している女だ。
その感情って恋愛には障害だろ?
この先、うまくいくかな? 大丈夫かな?」
俺が心配そうに尋ねると美野里は困ったような笑みを浮かべて「まったく、君は他人の事なら色恋事情に聡いんだな。困った男だ。」と前置きをしてから、かなり自信があるらしく胸を張って答えた。
「大丈夫だよ。いくらシンディー先生の意思が固くてもジョーンズ大佐は男だ。どれだけ時間が掛かろうとも、シンディー先生の愛を手に入れるまで諦めたりしないさ。
それに見ただろう? 君の驚いた声を聞いて照れてしまったシンディー先生の姿を。
きっとね。ジョーンズ大佐はシンディー先生のどんな苦しみも背負って、受け止めて、包みこんであげているんだよ。そういうのって女の立場からしたら、たまらないよ。まるで恋物語のヒロインにでもなった気分になるもんさ。
いいかい? ボクの見た目じゃね。既にシンディー先生は陥落寸前さ。落ちるのは時間の問題。
君の心配は全く理にかなっているけれども、そうはならない。
必ず近い内にジョーンズ大佐の熱い心がシンディー先生を捕まえる。その時のシンディー先生の氷の心はすっかり溶かされて、女としての人生を再び歩み出すのさ。必ずうまくいく。」
「そ、そんなもんかねえ?
よ、よくわかんねぇけど、勘の良いお前が言うんだから間違い無い気がするなぁ。」
などと、俺が妙な感じに美野里のいう事に納得した時だった、場を乱されたジョーンズ大佐が襟を正すように咳払い一つしてから出発を宣言する。
「お荷物はこれで終りですかな?
それでは、諸君。出発しましょう。目的地への移動期間は馬車で凡そ10日。長旅になるので、各人、体調管理には気を付けるよう。
適度な睡眠。適度な食事。適度な休息。適度な運動を守るようにっ!」
ジョーンズ大佐がそう言った時だった。誰かが「僕達も連れて行ってくださいっ!」と、声を上げたのだった。
声がした方を見ると、それは団体戦の時に俺と共に戦ったパンとオースティンだった。二人は何処からか俺達の遠征を聞きつけ、皆の反対を押し切ってここに来たのだという。
「ジョーンズ大佐。懲罰は後で受けます。剣一様と共に行く許可をください。
いや、断ってもついて行きますよ。僕達はっ!!」
驚いた。あの臆病だったオースティンが鬼のジョーンズ大佐に向かって堂々とこんな大胆なことをしでかすなんて。
さらにパンもそれに同調して声を上げる。
「にゃん、にゃあああっ!! にゃあああああ~~~んっ!!
うなぁ~~~っ!! にゃにゃ~~~んっ!!
うにゃ~~~~~っ!!」
いや。意味わからんて・・・・・。
シッポがボンボンに太くなるほど恐怖しているようだが、それを押し殺して意見するパンは興奮してもはや猫語しか話さない。しかし、ジョーンズ大佐はそんなパンを睨みつけるように見ていたが、やがてその小さな猫頭をグリグリと撫でまわし、嬉しそうに笑った。
「うむっ! 臆病だった君がそんなにはっきり意見するとは、成長したなっ!。」
・・・・マジかよ。何喋っているのかわかったのかよ。
「これも剣一様と共に訓練していることの賜物か。正直言って感動ものである。
君達の気持ちはよく分かった。特別に二人だけ同行を許可する。
二人ともさっさと馬車に乗れ。今から出発するぞっ!!」
ジョーンズ大佐の特別な計らいでこうして無事に「お荷物たち」も移動を許可されたのだった。
元々、聖女様を運ぶことを想定していた馬車は豪華で乗客部は広く、お荷物が増えてもどうにか座り込むことが出来たのだった。ただし、本来、個々に座る予定だった護衛の人たちは外に出されてしまったのだが・・・・・。




