第四十三話 可能性
アビゲイル先生は言う。
「聖女様は霊的に異世界を支えていたほど重要な存在です。そこを女神レルワニ様が引き抜き、清浄の光という力を与えています。こうなるとすでに聖女様はレルワニ様の祝福を受けているという見方をするのが妥当です。」
確かにそれはそうだ。清浄の光を使えるのは聖女だけだし、その力もレルワニ様が授けている。ならばアビゲイル先生が言うように聖女はレルワニ様の祝福を受けている信徒だと言える。
「だったら、美野里はレルワニ様に神頼みして魔法の才能を貰うって言うのはどうなんでしょうか・・・・」と言いかけて、俺は自分で即否定する。
「いや。そんなことが出来ないから清浄の光は会得に10年かかるわけだな。考えるまでもないことだ。」
美野里は俺達の話を聞いて納得したらしく「ま、そうだろうねぇ。全く、世の中はままならぬものだよ。」といって肩をすくめた。
そうして、その日も授業を終えて帰寮する途中、どういう訳か俺は美野里の言っていたことが気になっていた。
(しかし、どうなんだろうか? 本当に可能性は無いのだろうか?
レルワニ様によって召喚されたのは勇者も同じ。そして、勇者には神の祝福を得る権利が与えられ、聖女には清浄の光と言う奇跡が授けられる。
その清浄の光がレルワニ様の祝福だというのなら、やはり既に美野里はレルワニ様の祝福を受けていることになるのか?
だが、しかし。我が神が俺を祝福宣言をして初めてこの世界における俺の守護神としての資格を得ていた。宣言によって守護神の資格を得るのがこの世界の神々のルールであるのならば、美野里はどの神にも宣言をなされていない。
ならば・・・・?)
などと考えても答えの出ない事を悶々と俺は考えて悩みながら、自室の机に向かって座り、すでに何度も読み終えた兵学の教科書を読んでいた。
この教科書は兵学の教科書だけあって陣形の組み方や補給路の確保の仕方にとどまらず、過去の戦争の歴史が詳細に書かれている。どの地域の戦争でどの陣形で戦い、それがどのように戦況が変化して勝敗が決したのかまで事細かに書かれている。
さらに例題としてこの場合はどうすれば勝てていたか? ということも考えるようになっていた。
いずれ勇者として軍を率いることになる俺には必須の勉強である上に、俺はこの例題を解くのが好きだった。毎晩毎晩、色んな戦法、戦略をもって勝利に導けるように考えた。それはちょうどやり込みモードに突入したゲームに熱中しているような感覚だった。
だが、さすがに美野里のことを考えながら、例題を解いて考えがまとまるわけがない。
(やめよう。あれこれ悩んでいても直ぐに答えは出せない。かつ、俺には時間がない。
美野里には申し訳ないが、美野里の問題は美野里に解決してもらって、俺は俺のするべき役目を果たさねばならない。)
そう、思った時だった。
俺はもう美野里と合えないかもしれない可能性を思い出してしまった。
俺は戦いとなれば誰にも負けない。絶対に死なない。そう心で強く信じていても不安と言う物は消せるわけがない。どんなに優秀なボクサーでも試合前には必ず敗北する悪夢を見てしまうように、俺自身、自分が戦場で死んでしまう夢を見ないわけがない。
こちらが成長する前に想像を絶する敵に出会った場合。想定外の気象条件が重なって敗北する場合。仲間が裏切って逃げだして敵陣に孤立して死ぬ場合。
現実に起こったそれらの記録をまとめた兵学の教科書は、そういった知識も与え、俺の悪夢の原因にもなった。
その悪夢から俺を救ってくれるのが美野里だった。
俺は地球で酷い目にあってきた美野里を幸せにしてやると、抱き合って泣いた夜に誓った。その誓いは俺の覚悟となり、信念となり、いかなる困難にも負けない心の支えになっていた。
だから、俺は敗北しない。俺は美野里のために生き残り、戦いに勝利する。その強い意志が悪夢に震える俺の心を再び奮い立たせてくれた。
まさに美野里は俺の女神だった。
だが、その美野里ともうすぐお別れになる。
恥じらいながらも俺にガーターベルトを見せてくれた美野里。その美野里ともう会えなくなるのかもしれないことは、もうすぐ旅立たねばならない俺にとって死ぬこと以上の恐怖となりつつあった。
「まったく、どうかしてるぜ。男相手にさ・・・・
まるで恋する少年だ。」
自分でも自分の気持ちを整理できない俺は、もう何も考えたくなくなって、教科書を閉じ、窓辺に立って夜空を見上げた。
今夜は空が澄んでいてシャウシュカ様の宿星がいつもよりハッキリと輝いていた。
その輝きはまるで啓示であった。
俺は、ハタと気が付いてしまったのだ。
シャウシュカ様がいるではないかっ! という事にっ!!
翌朝、俺は居てもたってもいられずに女子寮まで美野里とアビゲイルに会いに行く。俺の姿を見たウィリアムも何故か付いてきたのが、意味不明。
しかし、そんな事も気にしている場合ではない。俺は突然の訪問に驚く二人に遠慮することなく尋ねた。
「この世界の勇者には一柱の神しか祝福を与えられない。それは天空神ウルの一族のルールによるものだ。
だが、天空神ウルの決め事を明星神シャウシュク様は関知しない。だからこの世界で邪神と呼ばれているアスモデウス様の祝福を受けた俺にでもシャウシュク様は力をお与え下さる。
だったら。だったら仮に聖女が既に女神レルワニの祝福を受けているのだとしても、シャウシュク様なら美野里に祝福をお与え下さる事は、出来るのでは?
シャウシュク様はこの世界の神のルールを関知しない神なのだから。」
「あっ! た、確かに。そう言う可能性はあるかもしれないね。」
「・・・・」
「・・・・」
俺の話を聞いた美野里、ウィリアム、アビゲイル先生の三人のうちで賛同したのは美野里だけで残りの二人は表情を曇らせた。
その理由は単純明快。非常に難しいからだ。
「剣一様。目の付け所は素晴らしいです。ですが、それを私達パノティアの民が考え、試したことがないわけではないのです。
しかし、それは不可能でした。いえ、不可能と言うのは語弊がありますね。正確に言うと非常に危険で難しい事なのです。」
「危険・・・なのか?」
アビゲイル先生は黙って頷いてから教えてくれた。
「明星神シャウシュカ様は非常に強大な力を持つ一方で非常に気性の激しい神であると言われています。
そもそもシャウシュカ様の星の力を頼った呪術陣形も、このシャウシュカ様の怒りに触れる行為を敵に強制的に行わせる呪いとして発達したものです。その逆鱗に触れたものは天罰を受ける。その発動条件は進行方向だけというのですから、誰にでも強い加護を授けてくださる慈悲深さの反面、基本的には荒ぶる神なのです。
そのような神に図々しくもこちらから祝福をくださいというのは危険すぎるのです。」
アビゲイル先生の話は筋が通っている。女神ほど気まぐれで気性が激しいものだ。その逆鱗に触れかねない行動に出ることはとてもリスキーだからだ。
ただ、アビゲイル先生の言葉には一つだけ腑に落ちない部分があった。
「・・・・気のせいでしょうか? 先生の言葉からは試す方法があるかのように思えます。
そう。とても危険だが、困難を乗り切ればシャウシュカ様の祝福を得るための方法が。」
俺の言葉を聞いた先生は目をまん丸に見開いて、しばらく固まってしまったが、やがて震える声で答えた。
「流石、剣一様。その聡明さには、つくづく驚かされます。
しかし、その好奇心は身を滅ぼします。
ご指摘の通り、シャウシュカ様の祝福を得られる方法はあります。この世界の神々のルールを無視して聖女様の守護神となっていただく方法が・・・・」
方法がある。そう聞いた俺は希望に満ちた声で尋ねた。
「あるんですか?」
しかし、先生の回答は絶望を意味するものだった。
「あります。ただし、試した全員が死にました。」




