第四話 128人目
「おっさん。いいかい?
あんたがたの科学レベルじゃ理解できないかもしれないがな、人間にはDNAってもんがあって、男は一生男で女は一生女なんだ。わかるか?
聖女様として扱えば聖女様になるって言うのは認識の問題であって、それは事実じゃない。
美野里はお前達から見て、どんなに可愛くても男なんだ。わかるか?」
俺がバカにするようにそう言うと、美野里が俺を肘でつつきながら「ちょっと、剣一君。言い過ぎだよ!」と注意する。
まぁ、確かに言い過ぎなんだろうけどさ。勝手に異世界に召喚するわ、聖女が男でも良いとか言い出すわで、俺は大概、頭に来ていたから反省する気は毛頭ない。
しかし、そんな俺に対してウルティアは
「ええと・・・ 美野里 様が『可愛い』というのは剣一様の主観でしょう。私達は美野里様が可愛いとは一言も・・・・」などと、むしろ俺を罠に嵌めるようなことを言う。
「え~・・・剣一君。君、同級生の男の子であるボクをそんな目で見ていたのかい?」
美野里は美野里で悪乗りするかのようにスカートの裾をにぎって恥じらいながら太ももを隠すしぐさをする。
やめろっ! そういうのっ!! 可愛いから。
「・・・・・じゃないっ! 人を変態みたいに言うなっ!
そもそもお前のことを女として見ていたのはこいつ等だろうがっ!」
俺は慌てて自分自身に言い訳じみたことを言いながら、さらにウルティアに言う。
「とにかくだ! 美野里は男だし、そんなものをわざわざ無理して聖女扱いするなんて合理的じゃない。
そんなことをするくらいなら、さっさと俺達を元の場所に返して、勇者と聖女にふさわしい男女を召喚し直したらどうだ?」
俺の言い分を聞いたウルティアは、残念そうに首を横に振った。
「申し訳ございませんが、女神レルワニは私達に召喚の魔法は授けてくださいましたが、あなた方を帰還させる魔法は与えては下さいませんでした。
しかも、召喚しやすい勇者様はともかく聖女様の召喚は300年に一度しか召喚できません。
美野里様には私たちの聖女様になっていただくしか道はないのです。」
聞き捨てならないセリフがあった。
「おい、帰還させる魔法が無いってどういう事だ? 帰す当てもないのに俺達を異世界に呼びつけたってのか?」
ウルティアは、何とも無念そうに目を閉じると深々と頭を下げて頼んだ。
「異界から人を引き抜く召喚魔法は神々にとって、異界の神々との契約を破る禁忌なのです。それほどの禁呪を容易く使用することもできませんし、異界の誰かを選んで召喚するような事も出来ません。
不都合があったからと言って、再び異界に気軽に干渉して帰還させるという身勝手。こちらの神々が許しても、向こうの神々がお許しにならないのです。
つまり、剣一様も美野里様も我らの神々の都合で召し出されましたが、元の世界の神々の怒りによって戻ることができないのです。
ただ、聖女様となるべくして召喚されたお人に限っては、その召喚魔法の力によってすべからく聖女様とおなりになられるのです。ですから美野里様は、どうぞ、お気になさらずに、これから聖女様としての修行をしてください。」
ウルティアは誠心誠意、頭を下げて頼んでいるように見える。しかし、それはあくまでも向こうの都合だ。
「そんな・・・・身勝手すぎるだろうっ!!」
俺がカッとなった時、美野里はウルティアの話の中で俺とは違う点がどうしても気になったようで、怒る俺を遮るようにしてウルティアに尋ねた。
「あの、ボクがいつか聖女になるという話は理解できたよ。何か修行が必要なのだろうという事も何となしに理解出来るのだがね?
しかし、どうだろう? アナタの話には一点。どうしても気がかりな点があり、それをアナタはまだ一切話してはいないのだよ。
つまりね、剣一君の事さ。
アナタは聖女と違って勇者は召喚しやすいと先ほど言った。それは異界との関わりに随分と矛盾が生じていると思うのだよ。ボク達の世界の神々を怒らせるというのなら、それは勇者であれ、聖女であれ同じ問題のハズだ。
それにアナタの言い分を聞いた感じ、何か追加で勇者を召喚できるように感じるのだけれども、その点についてお答えていただけるかな?」
これは気が付かなかった。「須賀院 美野里」。愛らしい風貌とは相反して中々、冷静で大人な思考をしている。俺はこのおかしな喋り方をするセーラー服姿の美野里の事を見直していた。
対して問われたウルティアは、若干、狼狽えながら。なおかつ、申し訳そうに俺を見ながら遠慮がちに答えるのだった。
「それは・・・・その。あの、全くもってご指摘の通りではございますが、実はこの召喚魔法は異世界から無選別に人を召喚する魔法であるとは言えども、やはり、地母神様の怨念によって汚された世界を浄化させるほどの光をもたらす聖女様候補となりますと、やはり、高次元の選別基準がございますゆえ、聖女様になられるお方は、向こうの世界でも霊的に優れた力をお持ちで、美野里様にご自覚なくても世界のバランスを保つのに一役かっておられたはずなのです。
つまり、向こうの世界でも霊的に貴重な存在。ゆえにそうそう異界から召喚する事は出来ないのです。
それで、その・・・・対する勇者様として呼び出されるお人は・・・・いえ、もちろんもちろん、この世界にとっては有り難い存在になるのですが、向こうの世界では、いわゆる無選別に召喚しても問題ない存在と言いますか、いなくなっても霊的に「ま、いっか」ですむ存在と言いますか・・・・」
「おい、ちょっと待て! なんかオッサンさっきから、めちゃくちゃ、俺のことをディスってねぇかっ!」
聞いてて段々、腹が立ってくると言うより、悲しくなってくるじゃねぇかっ!
つまり、アレか? 美野里は地球にとって貴重で、俺はいなくなっても問題ない有象無象ってことかよ、チクショー!!
「いえ、剣一様。こちらに悪意はございません。ディスるとかではなく、あくまでも向こうの世界にとって・・・・その、なんと言いますか・・・・貴重な存在ではなかったと申しますか・・・・」
「やめろ、その説明っ!!
なお悪いわっ!」
と、俺が一つのことに拘っていたのとは裏腹に美野里はある事に気が付いていた。
「しかし、それほどまでに勇者候補がどうでもいい存在なら、もっと沢山呼べるって事なのかい?
例えば、今、剣一君以外にもこの世界に勇者がいるのかな?」
美野里の質問はさすがだ。頭に血が上っていた俺には気が付かなかった。確かにそうだ。俺以外に勇者は居てもおかしくない。
するとウルティアはさらに答えにくそうに悲惨な事を言い出した。
「いいえ、剣一様以外に勇者様はおられません。勇者様はこの世界にお一人。つまり、勇者様が亡くなった後で無いと勇者様は召喚出来ません。
聖女様と違ってこの世界に君臨する魔王様と戦う宿命にある勇者様は、その任務の重さゆえに途中で命を落とすことが多いのです。
そして、剣一様は私達がこの40年の間に召喚した128人目の勇者様なのです。」