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第三十九話 ガーターベルトは危険

 剣術の合間に休日についての話をしていると、同時間に男子とは別れて家庭科の授業をしていた女子たちがそれぞれ手にお菓子をもって武術の見学にやって来た。

 女子は本日、クッキーに似た菓子を焼いていたようだ。

 戦場で戦えるようになるために学問所に通う男子と違い、結婚相手を見つけるために学問所に通っている女子たちでは授業内容が大きく異なる。


 そして、当然。目標も変わる。


 女子たちはそれぞれ家庭科の授業で作ったお菓子を手にもって『良さそうな男子』に声をかけていく。

 成績が良かったり見た目が良かったりする男子はモテモテで多くの女子からお菓子を貰える。当然、ウィリアムは女子全員から貰え、モテない男子は全くもらえないという悲しい結果になる。


「頑張ろう。俺、もっと頑張ろう・・・・」などと誰からもお菓子を貰えなかった男子のつぶやきが聞こえるくらい非情な時間である。


 だが、しかし。俺には確実に一人、クッキーをくれる子がいる。いや、むしろその子以外のお菓子など貰っても意味がないまである。

 そうして待っていると、俺の所にクッキーを持った他の女子と一緒に美野里が来た。


「はい。剣一君。ボク、初めてクッキーなんか焼いたもんだからさ。味の保証はとてもできないのだけれどもね。

 君に食べてもらえたのなら、ボクの苦労も報われるというものさ。

 どうかな? 君、この須加院(すかいん)美野里お手製のクッキーを食べてもらえないものかな?」


 相変わらず訳の分からない口調だが、その唇とクッキーを差し出す手が僅かに震えているのを見ると、それなりに真剣らしい。茶化すわけにはいかない。

 俺は他の女子が差し出すクッキーには目もくれず、「ありがとう。」と、一言いってから美野里の作ったクッキーを掴んで口に運ぶ。一口で口の中が甘くなるが、この甘さは訓練で疲れた体を(いや)してくれる。いや、だから美味しいという訳ではない。このクッキーを美味しく感じる一番の理由はもちろん・・・・・


「お味はどうかな? 剣一君。」

「もちろん美味しいさ。美野里、お前の作ったものなら何でも美味しいに決まっているさ!」


 俺がそう言うとクラスメイト達が「ヒュー」と口を鳴らして(はや)し立てるものだから、美野里は顔を真っ赤にしながら、肩をすくめて困ったように笑うのだった。


 そうして翌日の昼下がり。ついにこの世界における日曜日に該当する休日が来た。俺が女子寮に迎えに行くと門の前にはアビゲイル先生と制服姿の美野里が立っていた。今日も美野里は可愛い。

 しかし。美野里の姿には1点どうしても許せない違和感があった。


「おい、まて。何でタイツじゃなくてパンストなんだよ。ガーターベルトはどうした?

 嫌がらせか?」

 俺が割とマジで詰め寄ると、美野里は照れ臭そうに答えた。

「あ、あのね。今日は二人っきりになるから、アビゲイル先生が危険だからこれにしろって・・・・」


 テメ、この野郎。アビゲイル、テメこの野郎。

 と、叫びたいほどの怒りが満ちてきたが、アビゲイルは俺の気持ちを受け流すようにニッコリ笑いかけ、

「美野里様をよろしくお願いします。

 この間の団体戦以降、クラスの皆さんと打ち解けたそうですね。女子たちも剣一様への態度が変わり始めて、美野里様も気が気でないご様子。

 どうか、今日は聖女様として優しくエスコートして服を選んであげてくださいませ。」と言って送り出すだけだった。


 美野里はアビゲイル先生にそう言われて「そ、そういうのじゃないからっ!」と、何故か慌てて、よくわからない弁明をしてくるし、アビゲイル先生は美野里の態度に一切ツッコミを入れずに、その後は静かに女子寮の門の中へ入ってしまった。どうやら今日一日自由時間な俺達に気を使わせたくないらしい。


「じゃぁ、行こうか?

 折角の休日を楽しむために服屋以外にも色々と聞き調べて来たから、期待してくれていいぜ。」

 俺がそう言って右手を差し出すと、美野里は俺の右手をじっと見てから「今日のために色んな店の場所とか調べて来たの? 昨日の今日なのに?」と不思議そうに言った。


 ぎくり。いや、まぁ。全てウィリアムの入れ知恵である。

 昨晩、どういうわけかウィリアムは俺と美野里の休日のプランを詳細にメモにまとめて俺に渡してくれた。

 そこには美野里をエスコートする手順がびっしりと書き込まれていた。あいつ、マメだなぁ。ちなみにこの右手も聖女をエスコートする紳士として最低限のマナーだという。


「ま、今日はさ。流行りの服屋や美味い飯屋も聞いてきたから、大船に乗ったつもりでいてくれたらいいさ。」

 俺は男としての意地を守るため、その辺りはボカして町の情報を仕入れてきたことだけハッキリ伝える。

 勘の良い美野里は「ふ~ん?」と何やら俺がボカシていることに感づいているようではあるが、まさか今日のプラン全てをウィリアムが決めているとは思いもよらぬ事だろうから、不思議そうな顔のまま、何となく俺の手を取って付いてくることにしたようだ。


「じゃぁ、今日はしっかりボクをエスコートしてくれたまえよ。勇者殿。」

「はは。お任せください、聖女様。」


 俺達はそんな冗談を言いながらクスクス笑って歩き出す。

 店までは女子寮から男の足で歩いて30分弱ほど。ヒールの高い靴を履いた美野里の足の速度だから5kmに満たない距離だが、履きなれていない美野里にとっては大層な距離のようで、歩き方に疲れが見える。

 あと5分程の距離だが、予定を繰り上げて服を買った後に入る予定だった服屋の近くの茶店で休憩することにした。

 

「ありがとう。疲れていたから助かったよ。ハイヒールって慣れてなくてね。」

 俺がさりげなく下げてやった椅子に腰を下ろした美野里はため息をつきながら正直に疲れていると言った。美野里が音を上げるくらいだから、こりゃ、帰りは馬車が良いな。

 俺はそんなことを思いつつも「知ってるか? ハイヒール履いたら尻がエロい形になるそうだぜ。」となどと言ってからかう。

 美野里は一瞬、ムッとした顔をしたが、したり顔で「残念でした。スカートはいているからわからない。」などと言う。

 わかっていたが、こいつは男の視線がどれほどエロいかわかっていない。スカートの中が見えなくてもアウトラインでその人間のボディラインを想像して楽しめてしまう生き物なのだ。実際、最近の美野里の尻はエロいと思う。

 男のくせに家庭の事情で少々、こういった方向への興味が乏しく成長してしまった美野里らしい返しだった。


 さて、俺達は既に昼食を済ませた後なので紅茶と小っちゃいパウンドケーキのようなお菓子がセットになったメニューを頼むと、これからの予定について語り合う。

「これから行く服屋は、この世界の流行りの服が多いらしい。

 まぁ、制服を見る限りこの世界のデザイナーのセンスは何故だか先進的だ。美野里の好みの服があると良いけどな。」

「ボクは君の好みを聞きたいんだけどな?」


 美野里はどういうつもりか俺の好みを知りたがる。

「しかしなぁ・・・・下着ならわかるけど、服なんか男の俺にどこまでわかるか・・・・」

 俺はそう言って自分の「センスがない」とかあとで文句を言われないように予防線を張る。

 美野里はそんな俺の考えを見透かしているのかクスクス笑うと「ああ。構わないよ。この異世界に来たら、全ては頼もしい君任(きみまか)せだ。君のセンスで可愛いところを一つよろしく頼むよ。」などと言ってプレッシャーをかけるのだった。

「お前なぁ・・・・」

 俺は意外に美味しいドライフルーツが入ったパウンドケーキを口に入れながら、困っていた。


 小休憩が終わると迷うことなく服屋を目指して歩き、店に入った。すると俺達の入店と同時に店員が目ざとく声をかけて来た。


「その制服・・・・でも見かけない子達・・・・・ああっ!!

 もしかして、お客様。勇者様と聖女様ですかっ!?」


 その声で店内が(にわ)かに活気づく。どうやら先ほどの喫茶店の店員よりも気が回るらしい。

 俺達は「目立たないように静かに見させてもらってもいいかな?」と冷たい笑顔で頼むと店員は無言で何度も頷き、周りの人間が俺達に近づいてこないように、奥の個室に案内してくれるのだった。


 あれ? もしかして、この先。俺たち二人っきりになれる?

 うまく美野里を口説き落とせば、目の前で生着替え見れちゃう?

 

 俺は、そんな悪だくみを考えながら美野里と奥の個室に向かうのだった。

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