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第三十七話 挑発的な唇

「めちゃくちゃ使わせてもらった。すっごい出た。

 お前なに? 夢魔(サキュバス)なの? 枯れ果てるかと思ったわ。

 本当にありがとうございました。」


「朝の挨拶の代わりに何を言い出すんだっ! 君はっ!」


 翌朝。登校時に顔を合わせた俺は美野里にヒソヒソ話で昨日の報告をすると、真っ赤な顔でビンタされた。

 そして、俺の胸倉をつかんで引き寄せると「ぜ、絶対に誰にも言わないでよ。」と念を押された。


 言うものか。あれはお前と俺の美しい思い出だ。

 あの恥じらうようでそれでいて何故かどこか嬉しそうな微笑みを湛えたお前は美しかった。世界中のどんな女よりもあの時の美野里は可愛く、美しく、そして尊かった。マジで一生使えると思っている。

 一人部屋を与えられて本当によかった。存分に楽しめてしまう。


 しかし、俺と美野里の距離感に違和感を覚えたアビゲイル先生が眉間に(しわ)を寄せながら美野里を問いただす。


「あら? 今日はいつもにも増して距離感が近いですね。

 美野里様。まさかとは思いますが、なにか駄目女に堕ちる階段を下りたりしませんでしたか?・・・・」

「ち、違う違う。な、なにもしていないよ。

 ボ、ボクと剣一君は未だタダの親友のままだよ。

 ねぇ、剣一君。」


 詰め寄られた美野里は慌てて俺に助けを求めた。どうやら口裏を合わせてほしいらしい。

 もちろん、こちらもお願いして見せてもらった立場だ。美野里に喜んで協力しよう。

 しかし『まだ、タダの親友』とはこれ如何(いか)に?

 男同士なのだから、それ以上の関係性が存在するものだろうか?


 そう、俺と美野里は親友だ。それ以上にはなれない。

 ・・・・

 ・・・・・・・くそ。何故だかわからんが、ちょっとイライラしてきたぞ。俺は。


「当たり前ですよ。先生。そんなことよりも今日も特別授業をお願いします。」


 俺がぶっきらぼうにそう答えると、アビゲイル先生は肩をすくめてため息をつき「わかりました。信じましょう。」と言うと本日も魔法の授業を始める。


 アビゲイル先生は空気を変えるために「うんっ」と咳ばらいをすると、授業を始める。


「剣一様。シンディー先生から聞きましたよ。転入生の歓迎でご学友たちと魔法団体戦を行われたとのこと。

 しかもウィリアム様と互角に戦われたとのこと。昨日今日、魔法を覚えた方とは思えない大活躍ですね。やはり貴方様は(わたくし)の目した通り千年に一度の天才かもしれません。

 ・・・・・いえ、あるいは邪神アスモデウスの授けた祝福とは、もしかすると・・・・・いえ。それはどちらでも構いませんが、それよりも魔法戦を通じて何か気が付いた点はございませんでしたか?」


「あるっ!

 ウィリアムの攻撃速度が異常でした。とても呼吸法を用いているとは思えませんでした。

 あれは、どういう理屈なのですか?」


 美野里の可愛いガーターベルト姿に脳をすっかり溶かされていた俺だが、先生の質問で我に返って疑問に思ったことを思い出し、思わず叫ぶように聞いてしまった。

 そして、それに美野里も同調し、「うん。彼、本当に凄かった。あれはボクも不思議に思っていたところなのだよ。」と言った。


 アビゲイル先生は「戦闘中によく冷静に観察されていますね。流石でございます。」と感心し、それから酷く単純明快な答えを教えてくれた。


「剣一様。例えば一息で沢山話すときにどうなさいますか?

 一声で息を全て吐き切るような話し方をなさいませんよね? できるだけ長く話せるように息を調整なさるでしょう?

 それと同じですわ。魔法も体に蓄えた精霊の力を一度に使い切らねば、連射も可能でございます。

 一度に沢山の精霊を体に取り込み最大火力をぶつけるのも一つ。一度に沢山取り込んだ精霊を小出しにするのも一つ。

 それには一度に沢山精霊を取り込めなくてはいけません。

 今後はそういったことも鍛錬していかねばなりません。」


「な、なるほどっ! 当たり前の話だけど、なるほどっ!」

「そうか! その手があったか!

 いや、そうでなければ戦闘では使い物にはならないかっ!

 毎回毎回魔法のために息吸っていられないもんな。もちろん生身の戦闘と違って魔法を準備するまでの時間は短縮することは出来ないが、魔法を発動するタイミングはかなり変化を付けられるな。」


 美野里と俺がそう言って納得するのを確認してからアビゲイル先生は言葉続ける。


「そして、剣一様にはもう一つ課題がございます。それは他の者にはない剣一様だけの課題・・・・・

 アスモデウスの祝福を受けてしまわれた剣一様はほとんどの神々の祝福を受けられないことです。」


 俺はそれを聞いて頷いて答える。


「シャウシュカ様のことですね。」


「その通りでございます。

 剣一様はアスモデウス以外ではシャウシュカ様のような祖神ウル様・アアス様と同列の神の力ではないと加護を受けられません。

 ですからこの先、剣一様が身に着けるべき魔法はそう言った神々の魔法と知識です。」


 アビゲイル先生はそこまで言うと教科書の間にしおりのように挟まれた一枚の紙きれを取り出した。


「というわけで本日の授業はそれに関することになります。

 体調を理由に本日の授業に出られないシンディー先生からの伝言です。

 ”剣一様と美野里様の自習ですが、基礎が何よりも大切です。

  剣一様は魔法を効率よく発動できる体を作るために休む間もなく、倒れるまで魔法を発動させてください。

  美野里様は精霊を体に取り込めるように倒れるほど呼吸法を練習していただいてください。”

 とのことです。」


「ええええええ~~~~~っ!?」

「マジかよっ!? !?」


 その後、俺達の特別授業はシンディー先生の伝言通りの内容となった。

 まぁ、俺としては古武術の鍛錬でぶっ倒れるまでって言うのはそれなりに経験あるし、美野里と違って1年後には実践の場に出る身であるから、これぐらいでピーピー泣き言いっていられない。

 これは学校の部活動じゃないんだ。俺は兵士であり、所属するのは軍隊なんだ。ならばこれぐらいのことは当たり前で、普通にやり遂げなくてはいけない。


 ただ、美野里はかなりきつそうだ。その細く小さな体から察するに激しい運動なんかはした事がないだろう。

 演劇部ではあるもののお姫様キャラである美野里が周りからチヤホヤされていたことは想像に難くない。

 それだけにこの厳しい訓練は相当答えたようである。


「はぁっ・・・・はぁっ・・・・・

 はぁあん・・・・もう、やだぁ~~・・・・」


 授業が終わるとその場に座り込み、そのまま本当に倒れてしまった。

 呼吸法と言っても3時間ぶっ続けである。息は切れ、心拍数も相当上がっているだろう。

 美野里は頭がくらくらしているのか、しばらくは起き上がれそうにない。


「ほら、可愛い制服が汚れちまうぞ。」


 倒れた美野里の体を抱き起してやるのだが、美野里は「はぁっ、はぁっ」と浅い呼吸を繰り返すだけで精いっぱいという感じである。

 


 その姿が何ともエロ過ぎるのだっ!!



 汗ばんだ肌。乱れた呼吸と髪。はだけたスカートから覗く黒いパンストに彩られた柔らかそうな太もも。

 そして紅潮する肌と疲れに(うる)む瞳。

 これに○起しない男がいるだろうかっ!! 否っ! いるはずがないっ!!


「美野里。ありがとうございます。今のその姿も使わせていただきます。」

「ば・・・・バカ野郎・・・・」


 弱弱しくもそんな暴言を吐く姿ですら可愛らしい。いや、マジで。

 肩で息をしながら、体を起こしてやっている俺に無自覚に寄りかかって来るところとかも反則的に挑発的だ。

 誘ってんのか? え? 誘ってんのかよ?


 改めて美野里をじっと見つめると、目を閉じて苦しそうに息をしている。

 その姿を見て俺は、「今ならキス仕掛けてもばれずに成功するんじゃねぇのかっ!?」と思ってしまうのだった。


 そう思ってみていたからだろうか?

 俺はいつしか唇を美野里の顔に近づけていたのだった・・・・。

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