第三十四話 窮地
「剣一、何を狙っている?」
時間だけが過ぎていく状況を作り出した俺に苛立ち始めたウィリアムが大声を上げて離れた場所にいる俺に問いかける。
「言う訳ないだろ。言ったらお前に勝てるとはとても思えんからな。」
「もっともだなっ!」
俺の言葉にウィリアムは嬉しそうに返事をし、その後に勝利宣言にも似た発言をする。
「だが、今のセリフでお前は自分の作戦の弱点を言ったも同然だ!」
・・・・ハッタリだ。この段階ではまだ俺の作戦の真意がわかるはずがない。
だが、俺がそう思った次の瞬間、ウィリアムは俺の想像を上回る行動に出た。
たった一人。ウィリアムたった一人で陣地から出て来て、そうして4つある陣地の中央に位置する場所まで進み出て止まった。
そうして、3方にある陣地をジロリと注意深く睨む。
・・・しまった。
ウィリアムの狙いがわかった俺は自分の作戦の甘さを悟った。
俺達の戦力ではウィリアムと正面から戦って勝つことは難しいらしい。さらに3人で守る陣地を奪う事も難しい。
ならばどうするか? 簡単だ。ウィリアムは俺達の各個撃破を狙っているんだ。それもたった一人で俺達五人を。
何故、さっきまでそうせずに今になってそれに踏み切ったのか。それはウィリアムが先ほど言ったように俺の発言が原因だ。
ウィリアムは俺の魔法の実力が未知数であることを警戒していたんだ。
そこは流石と言わざるをえない。序盤の戦闘で俺が本気を出していた保証はどこにもないし、俺が魔法の天才だった場合、正面から数人がかりで襲われたらウィリアム自身が敗北するかもしれないという危機感を慢心することなく持っていたんだ。
今思えば、一騎打ちを望んだのも実は作戦だったのかもしれない。いや、それはわからないが・・・・ともかくウィリアムは気が付いてしまった。
俺がウィリアムと正面から戦う事を避けていることを。ウィリアムに敗北することを自認していることを。
『鬼谷剣一。警戒するに値せず』そう確信を得たウィリアムは悠々と俺達を倒す作戦を実行する。
俺達が守る3つの陣地にいる各員を睨むように見ながら値踏みする。
どの陣地が一番早くに潰せるか?
そして、どの陣地を奪う事が俺達の戦力を断つことができるのか。
聡明なウィリアムが各個撃破に最適な陣地が何処であるか判断するにかける時間はわずかだった。
すぐにアクセル・ボルトンを標的に定めた。
アクセル・ボルトン。俺のチームに来て開口一番「この人員構成ではもうダメだ。」と言うほど悲観的な奴だ。
これまでの人生でアクセルがすぐに勝負を投げ出してきたであろうことはこの時のセリフから想像できる。
恐らく戦う前からアクセルはウィリアムに勝てないと察して、さしたる抵抗もせずに負けを認めるだろう。
ライオンに一噛みされただけで抵抗をやめてしまう草食動物のようにアクセルは勝負を投げ出してしまう。
ウィリアムはそう判断した。だからアクセル・ボルトンを標的にした。
俺は直ぐに叫んだ。
「アクセルっ! 陣地を捨てて仲間と合流しろっ!
それから全員、俺の所へ集合しろっ!! 必ず勝たせてやるっ!!」
「・・・なにっ!?」
俺の言葉に動揺したのはウィリアム陣営だけだった。アクセルも他のメンバーも迷わなかった。
すぐに陣地を放棄して俺のいる陣地に集合した。
その様子にウィリアムだけでなく、試合を観戦していた生徒たちも困惑していた。
「なんだ? 折角とった陣地を放棄したぞ?」
「どうするつもりなんだ?」
「多数の陣地を取ってないとウィリアム君相手に優位に立てとはとても思えないが・・・・」
「邪神の使徒だ。何を考えているかわからないぞっ!」
銘々が思いつくことを騒ぎ立てる。丁度いい。そうしてもらった方が俺の作戦は上手くいく。
混乱すればするほど、ウィリアムの動きは止まる。
混乱しろ。悩め。
だが、俺の考えはわかるまい。
なんせ、ウィリアムに弱点を突かれてしまった今の俺は行き当たりばったりになっちまっているからな。
『どうするつもりなんだ?』だって? そんなもん、こっちが聞きてーよ。
ただ、ウィリアムが混乱すれば俺に次の作戦を考える時間が生まれる。・・・・生まれるよな。
だが、世の中そう上手くいかない。
「け、剣一様。この先どうやって勝つんですか?」
「本当にこのままで勝てるんですか?」
「さ、最初の作戦と違いますが・・・・」
すぐに次の作戦を指示しない俺に皆が動揺し、パンが怯えて「にゃあああん」と鳴く。
その様子を見ていたウィリアムは「俺に策無し」と判断してしまった。
ウィリアムは一度、空になった陣地を踏んでから、またすぐに中央の位置に戻り、それから自分の陣地にいるメンバーに向かって指笛を鳴らして呼び寄せた。
「・・・・・来るぞ。」
集まって来るウィリアムの仲間たちを見ながら俺がそう言うとアクセルが「もう、ダメだっ!」と言ってその場にしゃがみこんだ。
ウィリアムは総攻撃をかけてくるつもりだろう。陣地は二つ。もし仮に俺達に一つ取られてもすぐに負けは無い。だから、自信をもって俺達を攻撃できるだろう。こうなったらこちらは防御陣形で守るしかない。しかし、守るといっても、守り抜くことは不可能だ。
また、先ほどの戦いのようにどさくさ紛れにパンを陣地奪取に向かわせることも不可能だろう。ウィリアムはパンを警戒している。そしてそんな作戦を見た以上、誰一人として見逃すわけがない。
だが、守る以外に方法がない。守って敵の疲弊を待つしか・・・・いや。それもかなり勝算が低いがそれでもそれに賭けるしかない状況だった。
ならば重要になるのは陣形だ。
守りに徹して守り抜き勝つために最適の陣形とは何だ?
(考えろ、鬼谷剣一っ! 俺を信じてくれた仲間のために。見捨てたられたこいつらを見返させるためにも。)
だが、敵は俺の頭の中で色々考えている時間を与えてはくれない。
勝利を確信したメンバーがゆっくりと自信に満ちた表情で迫って来る。ウィリアム以外のメンバーは自分達が見下していた者たちに一矢報いられてしまった恨みもあって、表情が殺気立っていた。
「にゃあああん。怖いニャ・・・・・神様助けて・・・・」
敵の表情を見てパンが泣きだしてしまった。
だが、その一言が俺に策を与えてくれた。
「よし、聞け。ここからが本番だ。俺の言う通りに陣形を組むんだ。」
「け、剣一様っ!?」
「さ、策があるにゃっ!?」
にわかに活気立つ俺の陣営を見てウィリアムが不審に思って足を止めた。
助かる。僅かな時間だが、陣形を説明するには十分な時間を稼げた。
俺は自分の掌を広げてノート代わりにして、その上を指でなぞって陣形を指示する。
「この陣形で前に出て先ほどと同じように壁を築け。敵が攻撃して来たらこの陣形を守りつつ、後退する。わかったな?」
すると伯爵家の次男坊オースティン・マッキンリーが俺の狙いに気が付いた。
「こ、これ、金星の・・・・」と、言いかけたところで俺は掌でその口を塞ぎ敵に作戦が漏れるのを防いだ。
「しっ。皆、オースティンの反応を見てわかっただろう? 勝ち目はある。俺を信じて守り抜け。」
「わ、わかったにゃん。」
怯えていたパンも元気を取り戻して返事をする。
俺は仲間の内、土魔法が得意だが術の幅が少ないケレイブ・プールの肩を叩き
「お前の土魔法は術の幅が狭い。だが、先ほどの戦いを見た限り、お前の壁が一番硬い。頼らせてもらうぞ。」と頼った。
剣も魔法も平均以下。美形であることだけが取り柄のケレイブはまさかの一番頼りを任され、驚いた。
「か、壁が一番厚いって言われてもこの仲間内だけの話だよ。ウィリアム君のメンバーは精鋭ぞろいだ。直ぐに破壊されちゃいますよ。」
ケレイブはそう言ったが、俺は強く押す。
「大丈夫だ。俺を信じろ。」




