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第三十話 団体戦

 シンディー先生は男子たちが美野里にほだされるのを見て楽しそうに笑ったが、しかし、そこは流石の鉄面皮。すぐに表情を厳しいものに戻し冷たい声で言った。


「それでは自己紹介も終わりましたので、授業を始めましょう。」


 シンディー先生がそう言ったときだった。一人の生徒が挙手をして意見を申し出た。


「シンディー先生。僕たちは昨日の体育の授業では勇者様と交友を深めるために試合を行いました。

 できれば魔法学科でも交友を深めるために団体戦をしたいと思います。

 聞けば、勇者様は既に四種の魔法も習得為されたとのこと。十分、団体戦も可能であると思い提案します。」


 その声は昨夜のヒソヒソ話をしていた一人の声に間違いない。なるほど、魔法ならば初心者の俺よりも奴らの方が圧倒的に有利だ。俺に恥をかかせてやるというのはつまり、そう言う企み事か。

 

 シンディー先生は提案を受けて少し考えていたが、「流石に早すぎる・・・・いえ。勇者様ならこの程度の試練、乗り越えてもらわなければ困りますね。」と納得するように呟いた。


「いいでしょう。団体戦、すぐに始めます。では、全員。速やかに魔法訓練場へ移動なさい。」


 さすが実践主義者のシンディー先生。直ぐに試合を了承し、机をバンバン叩いて俺達に急ぐように命令した。


「美野里。俺達も行こうか。」

「う、うん。団体戦って何をやるんだろうね?」


 団体戦という過激な言葉に魔法未収得の美野里は不安そうな顔をするが、シンディー先生が直ぐにフォローを入れてくれた。


「大丈夫です。美野里様。

 団体戦とは、その名前の通りクラスメイトで小隊を作り、模擬陣地を奪い合う戦争訓練のことです。

 ですが、体育の時と同じく女子の仕事は男子の応援です。聖女様であらせられる美野里様に戦闘訓練などしていただくわけにはまいりません。決して危険なことはありません。ただ、他の女子と共に男子がやる気が出るように応援して下さればよいのです。」


 その一言に美野里の(くも)った表情が和らぎ、いくらかの安堵(あんど)が見られたがシンディー先生は続けて俺に向っては厳しいことを言う。


「勇者様には戦闘訓練は必須。ここで惨めな結果になれば居残り授業がありますので、お覚悟を・・・・。」


 刺すような視線の瞳は俺に文字通り釘を刺すような迫力がある。さすがは厳しい死線を生き残った戦士。まだ真の死線を乗り越えたことがない俺には無い気迫を感じる。

 そんなシンディー先生の言葉を心配したのか、美野里は俺の袖を軽くつかんで「大丈夫?」と小さく尋ねる。


 ・・・・・どうしよう。美野里が恋人だったら今すぐ抱き締めてキスしているかもしれん。

 仕草の一つ一つが可憐で可愛すぎる。

 もしかして美野里が受けている聖女としての(しつけ)は俺の理性の天敵かもしれん。


 俺は自分の性の衝動を抑えつつ、「大した事ねぇよ。戦いとなったら俺は負けねぇ。またお前に良いところ(・・・・・)見せてやんよ。」と自信たっぷりに言ってカッコつけるのだった。


「で? シンディー先生。俺は団体戦のルールは知らない。何をどうすればいいんですか?」


 俺がやる気を見せるとシンディー先生は少し嬉しそうに口元を釣り上げて笑うと団体戦のルールを説明してくれた。


「男子で6人一組の小隊を4小隊作ってもらいます。そして、その4小隊で訓練場の四隅、東西南北に別れて陣取ってもらいます。

 戦闘ルールは簡単。四隅に立てた旗を奪うか、敵を全滅させたチーム、もしくは30分の試合制限時間内により多く陣地を奪ったチームが優勝です。

 ただし、これは魔法の授業ですから敵を攻撃する場合は魔法を使ってください。」


 その説明を聞いて俺は驚いた。

 いくらなんでも危険すぎるからだ。魔法は木刀などとは違い打撲程度では済まない。火の魔法は皮膚を焼くし、氷の矢は深々と肉体を貫くからだ。


「ご心配には及びません。何故なら団体戦を行う場合、30分だけこの訓練場の精霊たちの絶対数を極端に少なくさせることが可能で、精霊の数が少ないから魔法の威力を下げた状態で試合ができるのです。また、魔法操服は耐熱、耐火、魔法耐衝撃に優れています。試合制限時間30分以内ならまず安全です。」


 俺の心配を予想していたかのようにシンディー先生は事情を説明し、さらに「攻撃を三回受けた者はその時点で死亡認定され脱落します。」という実戦を想定したルールも付け加えて説明してくれた。


 シンディー先生の説明を聞いて勘の良い美野里が首を傾げる。恐らく俺と同じ事に気が付いている。戦闘頭が良い。というわけではなく頭がいいんだろうな。

 美野里はすぐに疑問点を尋ねた。


「先生、先ほど訓練場の精霊の数を少なくするから魔法の威力が下がって安全だと仰いましたね。

 そのような事が可能なら、敵がこちらの魔法を弱体化させるために戦場の精霊の数を下げる手段を取る可能性があるのではないですか?」


 美野里の指摘を聞きシンディー先生は満足そうに頷いた。

「素晴らしい推察です。真にそのような戦術は存在します。

 例えば、敵の小隊の構成が魔法使いに(かたよ)っていて味方が戦士を多く抱えた小隊の場合、精霊を追い払い魔法使いを無力化すれば肉弾戦に持ち込めば勝利することは難しくありません。

 ですから軍隊において隊の編成、そして配置はとても重要になります。

 ただし、精霊の数を少なくするには二つの条件を満たす必要があります。もっとも大事な条件として、この魔法訓練場のような密閉空間であることです。開放的な環境では精霊の数を一瞬減らせたとしても外の空間から精霊は風のように次々に流れてきます。また世界はそうでなければこの世界の森羅万象(しんらばんしょう)が動きません。

 密閉空間であること。そしてその密閉空間に精霊の数を減らすことが出来る魔法処理が出来ている事。

 この二つの条件を満たせば30分ほどの時間は魔法を極端に弱めることが出来ます。」


 俺は、納得して3回ほど頷いた。


「なるほど。地の利ですね。そして、逆に言えば肉弾戦用に編成した戦力に対して30分持ちこたえる防御陣形をようすれば逆転の可能性もあり得る話ですね。」


「その通り!一を聞き十を悟る。剣一様は武芸を(たしな)んでおられたというだけあって理解が早いですね。

 この世界の子どもでも中々そこまでは直ぐに思いつかぬこと。

 ただし、それは不可能ではありませんが、恐ろしく困難な事を付け加えておきます。戦場は甘くありませんよ。」

そう言いながら、シンディー先生は義手を見せながら俺を睨むように見つめて言い、少しの間も置かずに「では、魔法訓練場へ急ぎましょう。論理ではなく実際に戦っていただきます。」


 そう言って歩き始めたシンディー先生に俺と美野里は駆け寄るとその体を支えながら歩いた。

 魔法訓練場に着くとシンディー先生は「ありがとうございます。」と手短に礼を言い「それではチーム編成を行います。名々で声を掛け合って仲間を作ってください。」と指示を出す。


 ウィリアムが先ず俺に「一緒にやろう。魔法戦は初めての事だから分からないことも多いだろう。」と言ってくれたのだが、途端に周りの者が「ウィリアム君と剣一様がチームを組むのは不公平です。」とシンディー先生に訴え反対した。


 シンディー先生も「勇者様ならこの程度の不利は乗り越えていただかねば困ります。成績優秀なウィリアム君とは別のチームになってください」と俺に更なる試練を課すのだった。

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