第三話 男でもいいっ!!
美野里が男だと知ったウルティアの狼狽えようは、気の毒なほどであった。
「そ、そんなバカなっ!?」
ウルティアはとんでもない事実を知って慌てに慌てた。
「緊急会議を開きたいので、しばらくお待ちをっ!!」と告げて俺達を神殿に残したまま配下の者たちを連れて、そそくさとどこかへ行ってしまった。
よほど慌てていたのだろう。俺達の護衛や監視する者さえ残さずに全員が神殿を出ていってしまったのだ。
俺と二人きり、ポツンと残された神殿内で美野里は何とも言えない表情で「全く悪い冗談だよ」と、何度も呟くのだった。
しかし、それは俺の方も同じである。戦いとは無縁の日本に生まれ育ったというのに、この異世界で魔物と戦争しろってのか? 全く冗談じゃねぇって話だよ。
自分と同じようにうんざりした表情の俺を見て、美野里は自分の同士がいることを再確認して少し安心したのか、再び神殿の外に広がる異世界の風景を見て「ご覧よ。本当に異世界に来たらしい。」と言えるようになった。
「みたいだな。」
美野里に促されるようにして外の景色を見つめた俺に美野里は状況確認をするように尋ねた。
「めちゃくちゃな神話だったね。
神や精霊に魔法って、全く信じられるかい?」
俺は質問に呆れた。
「神社の息子にそれを言うのかよ?」
「あっ、そうか。剣一君。そういや君は神社の跡取り息子だったね。」
「まぁな。」
そう。俺は地元の神社の跡取り息子なのだ。神仏習合の信仰を廃仏毀釈の令の後も一族内部で隠してひっそりと現在まで伝承していた、ちょっと風変わりな神社なのだ。
そんな事もあって俺の家は何かと宗教に詳しい。神道や仏教はもちろんのこと大抵の神話の内容は諳んじている。
「不思議な話だ。世界観はまるで地球と違うのに宗教観は似ているんだ。
特に地母神の体が大地となり、山脈や谷が地母神の胸の膨らみだという信仰はユーラシア大陸~アメリア大陸の古代宗教に見られる伝承だ。
地母神と夫の神の闘争や、最終的に地母神が神々の敵になるところなんて、シュメール神話やギリシャローマ神話にも見られる話でな。
・・・・こんなにも違う場所なのに、同じ信仰に行き着くのか・・・・。」
俺がいつの間にか話し込んでいるのを美野里は、じっと大きな黒い瞳で俺を見つめながら聞いていた。
こんなやたらと出来の良い顔に見つめられるのは、いくら男と分かっていても妙な気分になるもんだ。
俺は、話を逸らすためにわざとおどけて見せた。
「おいおい、そんなマジになるなよ。
お話さ、お話。」
しかし、美野里は感心したと言わんばかりに俺の話に食いついてきた。
「剣一君。君って意外なくらい博識なんだね。
いや、何。ボクも役者を目指す身だし、色々な物語を読むのは好きなんだよ。君の話はとても興味深い。
でもさ。君は学園では、スポーツ万能で少しヤンチャしてる肉体派で有名だったから、君の意外な一面を見れて驚いたよ。」
俺は苦笑する。
「酷いな。一応、俺は勉強もかなり成績良いんだぜ? それに俺の親は神主であると同時に民俗学の教授だからな。神話関連の知識は豊富ってわけさ。」
俺がそう言うと美野里は意地悪な笑みを見せた。
「へぇ。でも、どうなんだろうね?」
「どうって、なにが?」
俺が問い返すと、美野里は俺を試すようなことを聞いた。
「君の家って神道だろう? なら、神道の国造り神話と相反する内容のこの世界の成り立ちってアイデンティティの崩壊とまではいかないかもしれないけれど、結構ショックなことなのではないのかい?」
なんだ、そんなことか。俺は美野里の質問を速攻で否定した。
「いや。全然。」
「?」
美野里は俺が即答で否定したのを見て不思議そうに首を傾げた。その様子は、まるで猫のように可愛らしい。だから俺は答えてやった。
「神道ってのは古代から続く日本の国家宗教だけど、その伝承は、大きく変遷してきたってことさ。
それは縄文時代の土偶を見ればわかる。アレが何かしらの信仰の対象であったことは間違いがない。しかし、知ってるか? 神道ってのは仏教と違って偶像崇拝をしない宗教なんだ。
御神体なんてものは本来、それ自体が神なのではなく神が降臨する際のヤドリ木なんだよ。もちろん古来、日本は海や山。川や岩や木と言った自然物を神として祀る信仰も存在したが、それは決して偶像崇拝じゃないんだ。人間が作り出した土偶を崇めるのは神道じゃない。
しかし、今から1万年以上前には確実に日本には偶像崇拝が存在した。土偶は何らかの理由があって途切れたが、偶像崇拝信仰がそこにあった動かぬ証拠だ。
と、すれば、神道が成立する過程の中で地母神が大地となった信仰も今は途絶えているだけでかつては存在した可能性はかなりある。
だから、この世界の成り立ちが神道を否定することは出来ないし、俺が信仰を失う事もないのさ。」
俺の長々とした説明を美野里は興味深そうに聞いた。
「お見事。さすが剣一君。君は本当にブレない人で、ボクが思った通りの男だね。
嬉しいよっ!」
面と向かってここまで褒められたら嫌な気にはならない。俺は思わず照れ笑いをしてしまう。そんな俺を見て美野里はクスクス笑った。
しかし、そこで一度会話が途切れてしまった。
仕方ない。俺達は今まで接点がなく会話することがなかったからな。
だが、沈黙というのは面倒だ。俺は、少しわざとらしくても会話のキッカケを作るために「今何時かな?」と言って服の中からスマホを取ろうとした。
そして驚いた。
「ああっ!! ス、スマホがっ!?」
何とスマホは何か高熱にさらされたかのようにグネグネに曲がっていた。当然、液晶画面も真っ黒で反応しない。
完全にぶっ壊れていた。
「ああっ! ボクのスマホもっ!!」
見ると美野里の手にあるスマホらしき物もグネグネになっていた。
「召喚魔法のさいに何か共鳴現象が起きて、熱を帯び・・・・いや。それだと俺達もタダじゃ済まないはずだ。」
「剣一君。やっぱり科学じゃないんだよ。
ボクはこのスマホと言う科学がこの世界に拒絶されたって事じゃないかと思うよ。」
突然起きた異変に俺達はアレコレ考えたが、答えを得られるわけがない。強いていえば美野里の言った通り、科学など当てにならない世界に俺達は来たんだ。俺達は顔を見合わせてそう納得した。
と、その時だった。緊急会議をすると言って姿を消したウルティアが帰って来た。
「よぉ。緊急会議って言ってたが、随分と速いな。
で、何が決まったんだ?」
スマホが壊れてしまった苛立ちもあって、ついウルティアの戻りの速さを皮肉ってやると、ウルティアは若干、ムッとした表情を浮かべたが、美野里の顔を見ると途端に機嫌を直して大きな声で宣言した。
「聖女様は男でもいいっ!!」
・・・・・・
・・・・・・・・・何喋ってんだ、こいつ。
ウルティアは突然、頭がぶっ壊れたかのような発言をした。そして、そのぶっ壊れ発言を聞いた俺達は、全く同じタイミングで「は?」「あっ?」と尋ね返した。
ウルティアは嬉しそうに答えた。
「長老が仰るにこれまでに男性が聖女様として召喚された例があるそうですが、男であっても聖女様として崇めれば、聖女様になるので、召喚される者は男でもいいということですっ!」
男でも聖女様として崇めれば聖女様になる?
そのまさかの発言に俺達は顔を見合わせて首を傾げ、俺は思わず美野里に向かって言った。
「おい。このオッサン、アホだぞ。」